第7話

「矢沢さんのクラスでは、数学はどこまで進んでいますか?」



「えっと、5ページ目です」



成り行きで特別学級の授業を受けることになった私は、さっきの女の子、景子ちゃんの隣の席に座っていた。



ここでは席の順番は決められていないようで、毎回好きな場所に座るらしい。



「それじゃこっちのほうが少し早く進んでるのかな」



先生が教科書を確認して言った。



「え!?」



思わず声を上げて驚いて、注目を浴びてしまう。



私は慌ててうつむいた。



「このクラスの子たちは頭がいいからね。どんどん先に進んじゃうんだ」



先生は今度は困ったような声になって言った。



そうなんだ。



特別学級というくらいだから、授業についていけていない子もいるのかと思っていた。



でもそうではないらしい。



とことん自分が誤解していたことがわかってきて、恥ずかしくなった。


「先生! どうして特別じゃない子が一緒に勉強しているんですか!?」



後方からハキハキとした声が聞こえてきた。



振り向くとおかっぱ頭の小柄な女の子が手を上げている。



表情はわからなくても、男子生徒と同じように怒っているのがわかった。



やっぱり私はここにいるべきじゃないんだ。



こんな冷やかしみたいに授業を受けていたら、みんなを怒らせてしまうに決まっている。



「あ、あの先生。私やっぱり教室に戻ります」



今から教室へ入るのはさっきよりももっと勇気がいる。



だけどここの空気を悪くしてしまうのは嫌だった。



「気にしないで矢沢さん。そうだみんな。矢沢さんに自分たちの病気を教えて上げてくれないか?」



途端にそんなことを言い出した先生に私は目を見開いた。



そんなこと、できずはずがない。



今始めて出会ったばかりの私に自分の抱えているものを見せるなんて、そんなこと!



「私は生まれつき視力が弱いの。メガネと、この道具があればどうにか黒板が見えるけどね」



そう言ったのは一番前の、真ん中の席に座る女子生徒だった。



女子生徒の手にはミニサイズの望遠鏡みたいなものが持たれている。



「俺は聴覚。これがないと聞こえない」



金髪の男子生徒が補聴器を取り外して、手に乗せて見せてきた。



金色のストーンで彩られていてとても補聴器には見えない。



さっき大きな声で怒鳴っているように聞こえたのは、自分の声が聞こえにくかったからみたいだ。


それから他の生徒たちもなにも気にする様子も見せずに自分たちの障害を説明しはじめた。



そこに隠す様子は少しも見られなくて、私はただただ唖然としてみんなの告白を聞くことしかできない。



「で、お前はなんかあんの?」



金髪の男子生徒に質問されて、私は一瞬先生へ視線を向けた。



先生が頷くのが見える。



「私は、あの……」



一瞬、中学時代のことを思い出した。



病気を告白した途端に腫れ物を触るような扱いを受けたこと。



クラスメートたちに気を使わせて過ごしていた日々。



「大丈夫。ここではみんな同じだから」



先生の声に心が震えた。



みんな、同じ。



私だけが特別なわけじゃない。



みんなが特別だから、みんなが同じになれる。



ここはそういう場所なんだ。



気がつけば私は自分の病気について説明していた。



それだけでなく、今のクラスでは病気のことを打ち明けられずにいて、なかなか馴染めないでいることまでも。


特別学級の生徒たちはみんな静かに私の話を聞いてくれていた。



誰も笑ったり、からかったり、慰めたりしない。



みんな同じだから、あぁ、あなたはそういうことなのねと、単純に受け入れてくれる。



「それなら、ここで勉強すればいいじゃないですか」



景子ちゃんがロボットのような口調で言う。



「ここで……?」



私は教室の中を見回した。



みんなも私を見ている。



「それはいい案だな。A組に席を置いたままでも、気が向いた時にだけここへ来るのもいいと思うぞ」



先生が明るい口調で言った。



A組に席を置いたままでも、こっちで勉強をする。



そんな選択肢があるなんて考えてもいなかった。



「あ、えっと……親と相談してみます」



私はどうにか声を振り絞ってそう答えたのだった。

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