第6話

みんなが授業を受けている中1人だけ教室に入るのは勇気がいる。



私は教室後方の戸の前で一度立ち止まり、深呼吸をした。



戸を開けたときのみんなの反応が目に浮かんでくるようだった。



蔑んだような笑い。



かわいそうという同情の声。



そして、せせら笑いだ。



戸に手をかけようしていた右手を思わず引っ込めてしまう。



ここで教室へ入れば自らを傷つけてしまうことになるだけだ。



かと言ってどこにも行く場所はない。



しばらく呆然としてその場に立ち尽くしていたが、クラス内から突然どっとあふれるように聞こえてきた笑い声に体がビクリとはねてしまった。



先生がなにかおもしろいことでも言ったのかもしれない。



余計に教室へ入りづらい雰囲気になってしまい、私は下唇を噛み締めてA組の前をはなれたのだった。


それから私はとろとろと廊下を歩いて普段は使わない渡り廊下を歩いていた。



教室から聞こえてくる喧騒が消えて周囲はとても静になる。



渡り廊下はB館へ続いていて、そこは体育館や図書館などからなる館になっていた。



入学式の時に入って以来だ。



行く宛のなくなった私はまた亀が歩くようにのんびりと足をすすめる。



B館へ続くドアを開けた瞬間冷たい空気が流れて出てきた。



ここは空気も匂いも本館とは違う。



それはまるでみんなとは違う私自身のような気がして、肌なじみのよう気がした。



絡みついてくる別の空気を感じながら歩いていると廊下の奥の教室から光が漏れているのが見えた。



近づいて確認してみるとそこには『特別学級』というプレートがかかっていて、思わず足を止めた。



特別学級。



私が入っていたかもしれないクラスが、やっぱりこの学校にもあったのだ。



私はゴクリと唾を飲み込んで戸についている四角い窓から教室の様子を確認した。


机が並んでいて、10人程度の生徒たちが教科書とノートを広げて勉強している。



みんな私と同じ制服を着ていて、同じような勉強内容を熱心にノートに書き写している。



それを見て私は思わず口をポカンと開けていた。



両親の話しから聞いていたイメージと随分違う。



特別学級に入る子たちはみんななにか病気を抱えていて、陰湿で、ときには奇声を上げている。



なんて妄想をしていたのだ。



だからこそ私は特別学級に入ることを拒んできた。



でも、この教室にいる子たちはなにが普通と違うのかわからないくらいだ。



その時だった、生徒の1人がこちらを向いた。



私には能面の少女に見つめられているような感覚で、慌ててしゃがみこんで隠れてしまった。



「どうしたんだい?」



戸が開かれて先生が声をかけてくる。



私は勢いよく立ち上がり「な、なんでもないです!」と、駆け出そうとする。



しかし逃げ出す前に教室から女子生徒が出てきて私の手を掴んでいた。


「はじめまして。私は景子です。よろしくお願いします」



私の手を握りしめたまま丁寧に自己紹介をする少女。



その声はクラスメートの誰のものとも似ていなかった。



まるで機械的な、そう、決められたプログラムのような話し方だ。



「やめろよ景子。その子怖がってる」



景子と名乗った子の後ろから男子生徒が顔をのぞかせた。



男子生徒の髪の毛は金髪で、口にピアスをつけているのがわかった。



声は怒っているようで大きくて、自然と身構えてしまう。



「君はA組の矢沢さんだよね? うちのクラスになにか用事?」



先生が穏やかな声で質問してくる。



私は左右に首を振った。



「いえ、ただ、偶然ここを見つけて、なにをしているのかなって、思って」



「でもお前今は授業中だろ? なんでこんなところにいるんだよ」



男子生徒がズバリ質問してくるので「それは、えっと」と、口ごもってしまう。



素直に話すべきなんだろうけれど、うまくいかない。



「興味があるなら、少し一緒に勉強してみる?」



先生からの提案に私は目を見開いた。



「え、でも私は」



「遠慮しない遠慮しない」



私は女子生徒と先生に促されるようにして、特別学級に足を踏み入れたのだった。

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