第5話
高校に上がって1っヶ月半が過ぎていた。
教室内では仲のいいグループが出来上がっていて、クラスカーストも出来上がっていた。
そのどのグループの中にも私は属していなかった。
ただみんなのことを遠くから見ているあぶれ者。
それだけならまだよかったかもしれない。
クラスメートの顔も先生の顔もろくに覚えられない私は『バカ』というレッテルをはられることになってしまったのだ。
重たい気持ちで学校へ向かうと机にラクガキをされていた。
『バカ』
『記憶力なし女』
『クズ』
こんな私はカーストトップの子たちからすれば格好の遊び道具になるのだろう。
後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきて、それは坂下さんと上地さんのものだとすぐにわかった。
だけど私は振り返らずに雑巾で机を拭いた。
「知奈ちゃん」
時々鈴の音が私に声をかけてきたけれど、それは心配そうな声色でいつも震えていた。
せっかくのキレイな声が私のせいで震えている。
「私に近づかないほうがいいよ」
鈴の音が泣き声になってしまわないように、私はそう言って雪ちゃんと突き放した。
それしか、今の私にできることはなかったから。
ずっと1人でいてなにをされても文句を言わない私に、イジメは更にエスカレートしていった。
体育の授業の準備をしていると、体操着が切り刻まれていたり、上履きがゴミ箱に捨てられていたりする。
それでも私は自分の中だけでとどめておいた。
誰に何かを相談しても、誰に相談したのかわからなくなってしまうからだ。
先生や両親になんて絶対に言えない。
言えば大きな問題にされて、仕返しされる可能性もある。
それに、この年になってイジメられていますなんて言うのは恥ずかしかった。
小学校だった頃の私は高校生が随分と大人に見えていたものだ。
だけどいざ自分がなってみれば、幼い頃となにも変わっていないと感じられた。
「あれ?」
化学教室の前までやってきた私は教室のドアにカギがかかっていることに気がついて首をかしげた。
次は化学の授業のはずなのに、周囲に生徒の姿も見えない。
私が時間割を見間違えたんだろうか?
授業開始まであと3分ほどしかない。
すぐに教室へ戻ろうと踵をかえしたとき、「矢沢?」と声をかけられた。
この男の人の声は担任の先生だ。
すぐに気がついた私は立ち止まって振り向いた。
白いシャツにエンジ色のネクタイが見える。
「先生……」
「どうした? 次の授業は教室で数学になったはずだぞ?」
「そ、そうなんですか」
腕時計に視線を落とすとあと2分で始まってしまう。
今から走って教室へ戻ればギリギリ間に合う。
しかし、先生に引き止められてしまった。
「聞いてないのか?」
先生の声が怪訝そうになる。
「いえ、私の勘違いです」
「本当か? もしかして、クラスでなにか困ったことでもあるんじゃないのか?」
質問され、答えられなくなってしまった。
別になにもないですと言って教室へ向かえばよかったけれど、できなかった。
私の病気のことを知っているのは先生だけだ。
なんでも相談するようにと、入学したときにも言われている。
うつむいて押し黙っている間に数学の授業が始まるチャイムがなり始めてしまった。
私は肩を落として先生の顔を見た。
どんな表情をしているのかわからないが、きっと真剣な目をしているのだろうということが、雰囲気で伝わってきた。
「……授業の変更って、みんな知っているんですよね?」
聞くと、先生は頷いた。
この場に誰もいないのだから、当然のことだ。
「クラスのメッセージグループで伝えてもらったんだ」
「メッセージグループ?」
思わず聞き返してしまって先生が息を飲んだ。
「まさか矢沢」
そこまで言って言葉を切る。
最後まで言えば私が傷ついてしまうからだろう。
クラスのメッセージグループがあるなんて、私は知らなかったのだから。
みんな私の知らないところでつながっていたのだ。
もしかしたら、私の陰口を沢山書かれていたかもしれない。
「なぁ矢沢。病気のことをみんなにも説明してみないか? きっと理解してくれる」
そうかもしれない。
でも、そうならないかもしれない。
すでにイジメに逢っている私にはどういう結果に転がっていくかわからなかった。
黙り込んでしまった私を見て先生は深くため息を吐き出した。
先生を困らせてしまっていることが痛いほど伝わってきて、私はなにも言わずにクラスへと戻ったのだった。
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