第2話 僕と先輩と長雨と⑴
今年も、天気予報に傘のマークが並ぶ季節が来た。傘を持って登校しているのは、何日前からだろうか。雨が降っていても、いなくても、外がうす暗くて、なんだか気分が上がらない梅雨の季節は、あまり好きではなかった。
それにもうひとつ、僕には雨が降ることが嫌な理由があった。
雨が降る=外で活動できない=図書室へ行こう!となる生徒が一定数いることである。図書室に人が来れば、先輩は本の貸し借りの手続きをするために、カウンターから離れることが出来ない。今日も20人程度の利用者が来館していた。僕は、1人で読書をすることにした。
しばらくして、図書室にいた最後の生徒が本を借り終えて出ていった。先輩は両手を上にあげて、「ふぁーっ。」と言う間の抜けた声とともに伸びをした。
「お疲れ様です。」
僕は、そう言った。先輩が伸びをした際に、セーラーの裾からのぞいた先輩の細いウエスト。それを見て、ドキリとしてしまったことを悟られてしまいそうで、必要以上に声色を落ち着かせた。
「本当、お疲れだよっ。」
でも、先輩は活き活きとした表情を浮かべている。雨の日の先輩は、いつもより明るい気がする。雨で僕のテンションが下がるから、相対的に明るく見えるのだろうか。
「先輩、雨だとテンション高いですよね。」
と、僕が口にすると、
「そ、そうかな。沢山人が来て疲れちゃったな。」
あはは。と先輩は誤魔化すようにして笑いながら、僕から背を向けて本棚の方に歩いていき、
「今日は、何読もっかな。」
と、いくつかの本棚をみて回る。そして、先輩は夏目漱石の小説集を手にして、いつも通り僕の斜向かいの席に座った。
「漱石、好きなんですか。」
と、問うと、
「好きだよ。」
と、先輩が急に真面目な声色で言って、
「特に理由はないけどね。」
と、いつものトーンで付け足した。
「そうですか。」
と、僕は素っ気なく返事をして本へ目線を落とした。自分に向けられたものでなくても先輩の「好き」という言葉に心臓が小さく跳ねた。僕は、先輩の言葉への動揺を文章に溶かすように夢中で文字を追った。でも、さっきの先輩の表情や声が脳裏にしっかりと焼き付いて離れない。静寂の中、僕の心臓だけがやけにうるさかった。
そのまま約1時間が経った。そして、最終下校時刻まであと10分ほどになったので、僕達は本を戻して下校することにした。図書室から校門までは、いつも今日読んだ小説の話や、読んでいるシリーズの新刊の話などをしている。今日もそのはずだった。だが、昇降口で僕が靴を履き替えていた時、事件は起きた。
「あれ、私の傘がない。」
桜と楓と楠と 柊 彩蘭 @ayatomousimasu
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