四 竹林
ちまたでは「羅刹の変」と称されることになったあの一夜から、すでに三ヶ月。短い秋を越えて、すっかり冬の空気に変わっていた。
帝崩御に都は揺れた。光昭は子供がいなかったため、光昭の腹違いの弟が次の帝として即位した。だがその影響で、朝廷内の権力争いが勃発したのだ。朝廷は武力組織と戦争している場合ではなくなった。
また羅刹の変により、浄の脅威は世界中に認識されることとなった。全世界で浄を駆除しようという流れになってもおかしくなかったところ、それをとりなしたのは梧だった。
駆除しようとすれば大損害は免れない。ならば、彼を御しきれる者と共に健やかに暮らしてもらおう、と。梧いわく、触らぬ神に祟りなし、ということだ。
おかげで藤と浄は、松柏ホ近くにある竹林の家に戻り、静かに暮らしている。
浄を松柏の地に置くことに対し、白虎と六堂から不満の声は上がったが、松柏組の者は竹林に一切近づかないという誓約の元に鎮まった。
しかしながら梧が浄を手中に置いているのは揺るぎない事実であり、その梧の声かけで白虎と六堂の戦も一時停止した。よってこの世界は今、束の間の平和にある。
藤は家の回りの掃除を終え、縁側に腰掛けて、のんびりと竹林の様子を眺めていた。
先程まで使っていた竹箒を持ったまま、支えにするように地面に立てている。体調が優れない訳ではない。傷はすでに癒えている。
竹林は広葉樹と違い、冬になってもその色が変わることはない。けれども竹の表面はどこか白んで見えて、確かに季節の変化を感じるのだ。
竹林に蹄の音が響き、藤はそちらへと顔を向ける。鹿毛に跨った浄が帰ってきた。
「おかえり、浄」
短く声をかけると、浄は僅かに形の良い眉を寄せた。家の前につくと鹿毛から降りて、縁側へと近寄ってくる。
「ただいま。お前、そんな薄着で何をほうけている」
手を伸ばして藤の肩に触れる。藍色の木綿の着物がひんやりしているのを感じ取り、浄は自分の羽織を脱いだ。そのまま、藤の肩に羽織らせる。布にうつっていた浄の体温が、じんわりと体に染みる。
藤の傷が癒えるまでの間、優も足繁くこの家に通ったが、買い物などは主に浄が務めた。結果、藤の傷が癒えた今でも、浄が出かけるのは普通のことになっている。今日は今まで、作り溜めた竹細工を売りに出かけていたのだ。
藤は浄を見上げながら、かけてもらった羽織を撫でるように、自らの腕を擦る。その左手首には、浄が贈った竹の腕輪がはまっている。
「ありがとう。竹細工は完売か」
「ああ、盛況だった。行くたびに女どもがうるさくなっている気がする」
浄の言葉に、藤はくすりと笑う。
「この目で見たように想像できる」
「松柏の女はああいうものなのか?」
「それもあるが、ここではお前は大隊長ではないからな」
村の者も皆、羅刹の変のことは知っている。だが、よもやその羅刹が竹細工を売りに来る浄だとは思っていない。
浄の見た目は否応なしに目立ち、人を惹き付ける。白虎では大隊長という立場にあったため、また足繁く娼館に通っていたのもあり遠巻きにされていたが、それもない今、浄は松柏ホの女たちの間で時の人となっていた。
「次からはまた、藤が売りに行ってくれないか?」
「外に出たかったのではないのか」
「俺は前からそんなこと、一言も言った覚えはないが」
「ん……」
藤は少し視線を落とし、思案する。と、浄が動いた。体温の高い大きな掌が、藤の額に触れる。
「先刻からどうした、体調でも悪いのか」
藤がはっと顔を上げると、顔を寄せていた浄と至近距離で視線がかち合う。空気が止まったかのような、不自然な間。
竹箒が、乾いた音をたて地面に倒れる。藤もまた彼に向けて手を伸ばした。だが、その手が体に触れる一瞬前に、浄が身を引いた。
「鹿毛の世話をしてくる。お前も早く家に戻れ」
短く言葉を残し、浄は鹿毛を引いて厩へと向かう。その後ろ姿を見送り、藤は思わず溜め息を漏らす。
竹林の家に戻ってから、いまだに一度も体を重ねていない。藤も己の体の傷が癒えるまでは全く気にしていなかったが、全快した今となっては、そのことが妙に胸にわだかまっている。
藤はもう一度大きく息を吐いてから、家の中へと入った。
日が暮れると、竹林に雪が降り始めた。
厚い雪雲に覆われて月光も弱々しく、辺りは闇に沈んでいる。奥の部屋に、少し離れて敷かれた二つの布団の上。藤はもう一度寝返りをうつ。
本日幾度目かも分からぬ溜め息をついたところで、隣の布団から声がかかった。
「眠れないのか」
瞼を開けて視線を向けると、暗闇の中、それでも夜目のきく藤の目には、己の方を向いている浄の様子がうっすらと判別できた。
藤は口を開きかけ、閉じる。そしてためらうように唇を舐めてから、もう一度口を開いた。
「お前、わたしが都で言った言葉を、何だと思っている」
言葉を聞いて、浄が息を呑む気配がした。浄もまた長い沈黙を続けた後で、ようやく返事をする。
「俺がこの家を出ていった時、俺は……」
「浄」
藤は言葉を遮った。言わんとしていることは、藤にも分かる。だが、その先の言葉は不要だった。ただ名前を呼んだ後は、浄に背を向けるように、再度寝返りをうつ。
「……寒い」
短く告げてからの、永遠にも思えるような沈黙。
不意にしはじめた衣擦れの音。それから畳を歩く、重量感のある足音が続き、浄が布団に潜り込んできた。一瞬冷えた空気が布団の中に入り込むが、すぐに背後から温かい体に包まれる。
両腕を腹部に回され、藤は大きく息を吐く。今度は溜め息ではなく、心地よさから漏れ出たものだ。
項に浄の唇が押し当てられる。小さく肌を啄む音がして、くすぐったさに首をすくめると、今度は唇が耳に移動した。
耳殻を舐め、耳朶を食まれる。耳の中へと自然と吹き込まれた息に、全身が粟立った。
「ぁ……」
小さくも甘い声が漏れた。そっと藤の襦袢の合わせから潜り込んだ掌が、生々しい傷跡が残る腹部を優しく撫でる。
「痛くはないか」
問いかけられ、藤は小さく笑う。
「もう治った」
藤が足を擦り寄せると、浄の手は腹部のさらに下へと伸びていく。そこはすでに熱を持ち始めていて、浄の掌に包まれると、ピクンと震えて反応を示した。
浄は藤の昂ぶりを優しく揉みしだくように扱く。藤は荒くなる呼吸を抑えるように、布団に顔を押し付ける。
その様子に気づき、浄の片手が藤の顎を引いた。後ろへ振り向かせられ、浄の肉厚な唇が、唇へと重なる。
「っん……」
舌を差し出せば、すぐに絡められる。体勢ゆえに深まりきらない口づけは、しかしその分淫靡な音が漏れる。久しく聞いていなかった水音に、藤は体の芯から熱くなっていくのを感じていた。
浄の手が、さらに奥へと進む。漏れた先走りに濡れた指先が蟻門渡をなぞり、窄まりを撫でる。襞の一つひとつを確かめるように幾度もそこを擦ってから、ようやく中へと指が入ってきた。
内壁をなぞる指先の感触に、藤は目を閉じ、熱っぽく息を漏らす。
「藤」
しばらく、されるまま中をいじられていたが、ごく小さな声で名前を呼ばれた。低く響く色っぽい声の欲する所を察して、藤はこくりと頷く。臀部に、浄の昂ぶった熱が触れている。
布団の中で襦袢がめくりあげられ、双丘の谷間に直接浄のものが擦り付けられる。熱だけでなく滑りのも感じるのは、すでに鈴口に先走りが浮いているからだ。
「よく我慢できたものだ。毎日していたのに」
早鐘のように鳴る鼓動を無視して、藤は平然を装って話しかける。光昭にも同じことをされたが、胸に満ちるのは、あの時とは全く違う感情だ。
浄は、中へ招き入れるようにひくつく窄まりに、雫が垂れる昂ぶりの先を押し当てる。そして浅く笑った。
「俺を色情狂のように言うが、俺にだってお前と出会う前があったのだからな」
「女を抱くことはできるのか」
「まぁ……」
浄の歯切れの悪い曖昧な返事に、藤は目を瞬いた。
「まぁ、だと? っ……あ、ああっ」
藤は先を問い詰めようと言葉を返したが、同時に中へ浄の怒張が埋められ、声が溶ける。熱く狭い肉癖を割り開いていく質量と熱さに、大きく息を喘がせた。
丁寧に解されたおかげで痛みはないが、苦しさがある。藤は歯を食いしばりながら、目の前の布団をぎゅっと握りしめる。
久しぶりに藤の中へ迎え入れられてしまえば、浄は己を止めることができなかった。奥まで肉棒を埋めると、間を置かず体を揺すりはじめる。
お互い重なり合いながら布団に横になっている体勢だ。大きな動きはできないが、腰を臀部へと押し付けると、みっちりと奥深くまで繋がるのが深い快感を生む。
「あっ、ん……は、ぁあん」
浄が体を揺すり続けると、藤の、はじめは苦しげだった声に次第に甘さが滲む。その声にまた煽られて、浄は藤の項に唇を押し当てながら、幾度も藤の名前を呼んだ。
臀部の奥には、快感に直結している場所がある。そこを擦られると否応なしに昂ぶってしまうが、浄と性交をして藤が感じるのは、直接的なものを越えた快感だ。
どこに当たると良いとかいうのを飛び越えて、入れられても抜かれても、浄に触れているところの全てが気持ち良い。臀部に腰があたり、深々と突き入れられると、奥の隘路をこじ開けられる感覚がして、また悶える。
「浄……じょう、気持ち……いい」
鼻にかかった甘えた声で、藤が快感を訴えた。その瞬間、浄は低く呻き、一際強く腰をぶつける。
声にならない声を上げながら、藤は白濁を放った。同時に、中へ注がれる熱い飛沫を感じる。うっとりと息を漏らし、荒い呼吸を繰り返しながら、藤は自分の腹部をそっと撫でる。
傷跡を感じる皮膚。その奥に、愛しい男がいる。
藤の仕草に気づき、浄もまた藤の手の上に手を重ねて、強く抱きしめる。
結局、この後も浄は、藤が都で言った言葉に返事をすることはなかった。
ただ藤には、己を離すまいと包む腕の強さが、言葉よりも雄弁に感じられて。
しんしんと雪の降る竹林の家が寝静まったのは、すっかり雪が降り積もった、明け方になってからだった。
万人の災厄を愛して 三石 成 @MituisiSei
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