息つく間に



瞬く間に部屋中に何合もの剣が合わさる激しい音が響く。ニンブスは夢中でオーロールの剣をいなしていた。部屋が暗めなので剣の反射光がやけに目についた。


(打撃は重くはないが……スピードが速く手数も多い)


少しでも気を抜くと皮膚が裂けそうだ。それほど彼女は剣速が凄まじい。


(しかしまだこの程度なら手に負える)


そうは思ったものの、いくらか彼女の力を侮っていたらしい。強いとはいえ女の筋力はさして強くないと思っていたが、筋力を徹底的にスピードでカバーしている所を見ると、剣術に筋力はそれほど大事な要素でもないようだ。


(せめてしっかり見極めたいところだが……中々それも難しいか)


何せ速すぎてあまり動体視力が追いついていないのである。観察している間に一本取られるかもしれない。


(うん、手加減なんてできない)


相手の剣筋を観察してから攻撃に入るのは実践不足だと叩かれたこともあったが、今回はそんな悠長なことは出来ないだろう。さすがは十三師団長。本人にとって不得手な剣術でもこの技量だ。並の人間よりずっと強く騎士としても十分通用するとニンブスは思う。


(仕方ない……)


わざと隙を作り、オーロールの剣を胸元へと誘導する。スローモーションのように白刃が自分の胸元に吸い込まれていくのを見ていた。


(かかった!)


新たな金属音が響く。オーロールは一瞬何が起きたか分からなかったが、自分の剣が弾かれたのは重い手応えで理解していた。


(本気で行くか)


ニンブスの左手には背中に負っていたニ振り目の剣があり、それがオーロールの剣を弾いたのだった。





(何なのあれは!)


剣を弾かれて腕がしびれた。まさか剣をニ振り使うなんて思っても見なかったのでひたすら驚愕で頭が一杯だった。


(二刀流なのは別にいいんだけど……)


「まさかの二刀流なのね……しかも、そのサイズの剣を2振りも? やはり怖いもの知らずかしら」


そもそも二刀流を使える人なんて限られる。全くいない訳ではないのだが、その場合は通常扱う剣よりも短めな物を2振り持つのだ。剣は以外と重たいものである。騎士が普段使う剣は十キロ近くあり、両手で持って敵に叩きつけるのだ。

十キロ近い剣を二振り持って戦うなんて正気の沙汰ではない。常人離れした筋力とセンスが求められる。スタミナもないと長く剣を振り回すのは大変だろう。双剣にもメリットがないわけではないのだが、使う側には多大な負担がかかるので、実際に使い手が前任者以外にいるのは考慮の外だった。さらにニンブスがそんな人物には到底思えない。


「慣れたもんですよ。これくらいの大きさの剣を二振り持った所でバテません」


ニンブスの勝ち誇った笑みを見てオーロールは無性に腹が立った。理由は不明だが何としても叩きのめしたくなる。


「その鼻っ柱、叩き折ってあげるわ」


柄にもなく熱くなっているのはひとえにニンブスの得体のしれなさのせいだ。そう思うことにする。


(とは言ったものの、腕が辛い……)


オーロールはニンブスに選択肢を与えたことを後悔していた。そもそもオーロールは明らかに力押しの戦術は使えないし、リーチも短い。実際にオーロールは騎士に化けることは少なく、もっぱら暗殺や諜報を行っていて大して筋力がついていない。暗殺や諜報には筋力よりも、相手をいかに油断させるか、気配を消せるかが大切になるのでひ弱に見せる必要があり、普段から大して鍛えていないのだ。


(そしてそのツケが今に来てるのね……)


オーロールはその敏捷さを生かしてスピードと手数を重視した剣術を身に着けている。泣き所はいかんせん非力なので重たい剣を振るうとスタミナが追いつかずバテるのが早い点だ。長期戦になればなるほど不利である。それでもオーロールは剣速を活かして相手の不意をついて勝利をおさめてきた。思い切って相手の懐に飛び込めば高い確率で不意をつけるのである。


(しかしそれも今は使えない、か)


相手が双剣持ちだとこの戦術も使えるかどうかも怪しかった。前任者が双剣を扱っていたのだが、手合わせのときは本当に辛かったのである。双剣の強みは攻撃と防御を同時にできるのと、隙が最小限であることだ。片方の剣と結んでいる間にもう片方の剣の動きも気にしなくてはいけないし、それによりこちらの手数も劣る。それを繰り返されると防戦一方になり、結果的に負ける。つまりオーロールの戦術と相性が最悪なのだ。そうなる前に双剣持ちがバテるならそこに活路を見出せるのは確かだが、生憎双剣を扱っていた前任者には一度も勝てたことはない。


(考えたって仕方ないわ……心は休めて体に動いてもらいましょう)


腕の痺れがおさまった。それを待っていたのか、ニンブスは人の悪い笑みを浮かべた。


「さあ、第2ラウンドといきましょうか」


オーロールが下段に剣を構えると今度はニンブスから仕掛けてきた。


(一つ一つの剣撃が重い!)


剣筋はしっかりと捉えている。正面から切り結ばずに剣をいなす。いなしてもなお彼の剣は重く手首を痺れさせて来た。


(さすが男爵をすっ飛ばして子爵を賜っただけある)


二振りの剣は今や恐ろしい怪物となってオーロールに襲いかかっていた。もう何十合切り結んだか分からない。それなのに全く隙が見えずに防戦一方を強いられていた。


(間違いなく天才だわ……悔しいけど)


舌打ちする元気はまだ残っていたらしい。さすがに下品なのでしなかったけど。


(隙がないなら作ればいいのよ。見てらっしゃい)


やや危険が伴う賭けだったが、もうそれしかオーロールには方法がなかった。ニンブスがやったようにわざと彼の剣を左肩に誘導する。二本の剣が左肩に刺さるのを踏みとどまって見届けたのだ。


(痛い!)


しかしそれで驚いて一瞬手を止めたのはニンブスの方だった。その僅かな隙をオーロールは見逃さない。熱くじくじくと主張してくる左肩を完全に無視してオーロールはニンブスの左肩に剣を刺した。


「があっ!」


見開いたニンブスの黒玉がオーロールの緋色と合う。オーロールはすぐさま剣を抜き、ニンブスの首筋に剣を当てようと飛び込んだ。


「あっ」


それと同時にニンブスの剣もオーロールの首筋に当たった。お互いに剣を突きつけている状態になる。二人共しばらく動けなくなった。


「引き分け、ですねこれは。双方動けませんし」


オーロールが口を開く前にニンブスが断言する。


(助かった……このまま続行なら危なかったわ)


一瞬不満そうな表情をしたオーロールはニンブスの言葉に頷き、剣を引いた。オーロールの首筋への冷たい感触も消える。


剣を収めたら少し気が抜けたのか、膝をついてしまった。


「流石ですね。カーマイン殿は途中でバテそうだったのが丸わかりでしたが、まさかあんな風に隙を突くとは」


傷口を押さえてニンブスが口を開く。彼が全く息が上がっていないのでオーロールは驚いた。こっちは額にびっしり汗をかいているというのに。両手も痺れているし。


「ニンブス殿こそ……さすが実力で子爵を賜っただけありますよ。あんな剣技は見たことがありません」


(思いっきりこちらの事情が漏れてたのね……)


「ごめんなさい。ニンブス殿、手当をします」


立ち上がってニンブスに近づき、傷口に手を当てて治癒魔法を発動させる。ほんのりそこが温かくなったと思ったら瞬時に傷が塞がっていく。ニ、三度そこを撫でると破れた服まで再生された。付着していた血糊もいつの間にか消えている。ニンブスは驚きを隠せない。


「これは……カーマイン殿、ありがとうございます」


今しがた目にした光景が信じられずにいたニンブスは、治療されたというのにしばらく惚けていた。礼を言ったのはその十秒後である。


「いえ……私も久しぶりにざっくりと切りましたので」


よく分からない答えが返ってきた。彼女自身もどう言葉をかけたらいいか分からなかったのだろう。


「そこにお掛けになって下さい。お茶を用意します」


涼しい顔をしている彼もひょっとしたら疲れているかもしれないと思い声をかけたが、何だか嬉しそうな表情をしているニンブスと目が合って何となく落ち着かない気分になった。


「ではお言葉に甘えて……」


勧められたとおりソファーに腰掛ける。しばらくして紅茶を2つ運んできたオーロールは向かいに腰掛けた。


「カーマイン殿、怪我を……」


ニンブスがオーロールの左肩に手をのばす。視線のみ下にして傷口を一瞥する。大した怪我ではない。出血はやや多いものの、傷そのものは浅い。


「……ああ、治すの忘れていました。何か痛いなと思ってたんですよ」


オーロールが自身の左肩を撫でると瞬時に傷が消えた。破れた服はそのままである。もちろん服も血染めのまま。ニンブスは眉を顰める。


(自分の扱いが雑過ぎるな)


「どうぞ……」


部屋に紅茶の良い香りが広がる。喉が乾いていたので正直この申し出はありがたかった。


「美味しいですね。香りも良い」


感想を述べると間抜けな顔をしているオーロールと目が合った。


「……良かったです」


(こんなやり取りは慣れていないのか)


すぐに彼女の目が逸らされた。顔だけでなく耳まで赤いのに彼女は果たして気づいているだろうか。褒めてもらうのが初めてなのかもしれない。


(俺が初めてなら悪い気はしない)


「決闘は引き分けでした。ニンブス殿、今後のことを話し合いましょう」


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