剣舞の間に
「私と決闘をしましょう。ニンブス=プランタジネット子爵殿」
いきなりの申し出にニンブスは混乱する。
「は? 決闘、ですか? 今ここで?」
目を白黒させているニンブスを見てオーロールは少しだけ溜飲を下げた。
「はい。部屋がボロボロになっても修復はできますから心配は無用です」
修復というよりは時間を巻き戻して損傷をなかったことにする方が正しいが。
「え、そんなこともできるのですか……」
呆気に取られているのを見やったがオーロールは無視した。
「ええ。貴方が勝ったら私の情報を教えましょう。私がが勝てば貴方がここに来たことを王に報告致します」
(あれ? それだと俺が負けてもカーマイン殿に不利では?)
「王に報告して……どうするんです?」
話が全く読めないし、こんな条件は彼女にとってデメリットだらけだろう。そう考えて質問するととんでもない答えが返ってきた。
「死体損壊罪で告訴致します。つまり社会的に抹消ということになりますね」
(死体?!)
なんて罪名だ。確かに十三師団長は死者扱いされるが、さすがにこれは酷いのではないか。国のために行動する者が一切の日の光を拝むことを許されないのはあんまりではないか。
「めちゃくちゃな罪名ですね……。それでも受けて立ちましょうか。せっかくここまで来たんです、俺は狙った獲物は逃さないタチなんですよ」
ニンブスは凄んだが、オーロールは眉を少し跳ね上げただけだった。
(変な人……)
人との関わりが希薄なオーロールには目の前にいるニンブスが知らない生き物に見える。このまま淡々と毎日を過ごすのだと信じていたのにいきなり侵入者が現れたせいでオーロールの心は酷くかき乱されていた。ニンブスに興味がないと言うと嘘になる。どんな人間か見極めたいのはオーロールも同意見だ。
「ではどうしましょう? 貴方の得物で私を倒しますか? それとも魔法で戦いますか?」
魔法と選択されると少し困る。彼女を凌ぐ魔法使いはいない筈だからだ。騎士らしく剣で戦うのは苦手である。オーロールは大して身長が高くない。剣は手足が長い者に有利にできている。槍なら得意だが目の前の彼がそんなものを持っているとは思えない。
「……まさか選択肢があるとは思わなかったです……。魔法はあまり自信がありませんので剣で」
貴方は最強の魔法使いでしたよね? と付け加えるのも忘れない。魔法を選択した時点で負け戦が確定する。こちらも負ける訳にはいかないのだ。
(やっと……やっと見つけたんだ……逃しはしない)
「分かりました。あれこれ知っている貴方のことです。魔法を選ぶとは思ってもいませんでしたが」
「ではどうして選択肢など与えたのです?」
「特に理由はありません。敢えて言うなら確認を取りたかった」
「確認……ですか。律儀ですね」
てっきり血も涙もない対応をされると思いこんでいたニンブスは小さく息を吐く。
(調子が狂いそうだ)
「でも、ありがとうございます。貴方は正々堂々と言う言葉がふさわしい。あまり諜報に向いてるとは思いませんが」
ひょっとしたらこの確認作業は彼女の気遣いなのかもしれないと思う。彼女の評価は改めた方が良さそうだ。
「……余計なお世話です」
ふい、とそっぽを向くオーロール。照れた顔も悪くない。オーロールはクローゼットを開き、中からやや小ぶりな剣を取り出した。何故クローゼットに剣を入れているかは不明である。
「では改めて名乗ります。私はオーロール=カーマイン。小娘ながらお相手致します」
深々とお辞儀をするのを見届けてニンブスも名乗る。
「はい。俺はニンブス=プランタジネットと申します。どうぞお手柔らかに」
ニンブスも腰を曲げる。互いの瞳が合った。しばしそのまま見つめ合ったが、次の瞬間激しい金属音が部屋に響いた。
***
この世の物とは思えないほど美しいと思った。
まさかそんな風に思える日が来るとは。
ドアを開けた後に見えた人物はまるで氷の国の女神のようだった。部屋が暗めだったがはっきりと見える。
プラチナのような髪
抜けるように白い肌
桜桃色の唇
彼女のその見た目は群を抜いていた。彼女のような人は見たことがない。顔立ちは中性的なので性別が迷子であるがそれでも美しいことには変わりはなかった。俺の予想だと女性であると思った。名前の響きもそうだが、少し揺さぶりをかけた時の反応が女性っぽい。
(甘い人だ。こういう人間は瞬時に殺さないと)
ナイフを突きつけられても見惚れていたが、あの時にすぐに俺を殺すべきだったと思う。自分で言うのも何だが、怪しい侵入者であることは自覚している。常に警戒を怠る人物だろうと思っていたが、ナイフは仕舞うし会話もするしでかなり拍子抜けした。もっとも、油断させてから殺される可能性は残っているけども。
(ますます興味が湧いた。あんまり人と接するのに慣れていない感じはするけど……ひょっとしてお客さん第一号は俺なのかな?)
厳重に隠されていた彼女のことだ。きっとこの部屋を訪れる人がほぼ皆無なのだろう。それなのにいきなり俺のような人間が来たら狼狽えるのも道理である。すぐに殺されなかったのはそれが理由の可能性がある。
(しかもいきなり決闘とか言い出すし)
ついつい笑みがこぼれてしまう。案外彼女も俺のことに興味を持っているのかもしれない。そうであるなら尚更都合が良いと思った。だからわざわざ決闘なんて言い出したのだろう。全力でぶつかって人となりを見極める為に。剣筋には使い手の気持ちも現れるから手っ取り早く相手を知る方法でもあるのだ。
(さらに魔法か剣か選択肢までくれるなんてね)
魔法で一発で消される可能性も考慮していたのでそこは嬉しい誤算であった。俺は一応魔法も使えるが流石に宮廷魔術師には及ばない。というか彼女に魔法なんて使うのは自殺行為な気がする。黒焦げにされるか、圧縮させられるか、凍死させられるか、いずれにしてもまともな状態にはならなさそうだ。
(剣なら何とかなる。絶対に負けない)
剣なら自信はあった。その剣技だけで男爵を飛ばして子爵になったのである。異例中の異例だったがそれを快く許可した王も中々である。反発する者も多かったが、実際に大会で勝ち抜いたりしているうちにそういった者も減少していた。嫌味を言う人間は減らなかったが。
(異例と言えば彼女の方がさらに異例だよな……)
師団長なのに軍務は少ないし、剣は苦手そうだし。どちらかというと宮廷魔術師の道に進んでも良かったように思うのだけど。わざわざ死者として扱われることの意味が分からない。最前線で活躍させた方が国益にかないそうなものなのに。三年前の西の国との戦争が早く終結したのも彼女のお陰だろう。
(そこが分からないんだよな。ま、勝負に勝って聞き出せばいいか)
彼女が丁寧に名乗り、お辞儀をする。騎士としての礼儀はしっかり弁えているらしい。
(
俺もしっかりとお辞儀をして名乗った。顔を上げてしばらく経つと白刃が視界いっぱいに飛び込んできた。
***
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