第390話:使者が来る。

 帝国の使者がやってくるということで、私たちはお城でお着替えをしている所だ。王城で働く侍女さんたちの手による着替えは凄い。いつもと同じ衣装を身に纏っているというのに、何故だかピリッと服が立っている……とでも表現すれば良いのだろうか。

 私の側に控えるソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンも侍女さんたちの手によって式典用の儀礼服を着ている。身長が高いし、顔が小さく手足が長いので様になっているのが凄く羨ましい。


 アルバトロス上層部も教会の面々もかなり気合が入っており、帝国の使者を迎え入れるそうで。教会関係者の参加は私が聖女だからということで、動向を見守るらしい。

 何故かメンバーの中にアリアさまとロザリンデさまに他数名の聖女さまが一緒に見学するらしいのだが、帝国の動き次第で碌な事にならないのだから大丈夫か心配である。今回は騎士だけの護衛ではなく軍からも動員するようで、本当に厳戒態勢。

 

 あとは子爵邸で預かっている帝国の元奴隷の子やアルバトロスで保護した元奴隷の人たちも一緒。希望者は帝国へ戻れるようにと陛下が帝国へ打診をしたら、受け入れてくれたそうだ。やはり異国の地よりも母国の方が良いようで。

 案外話が通じる相手なのだなあと感心したのだけれど、帝国へ戻ってまた奴隷身分に落とされやしないかだけが心配である。

 

 帝国の使者がアルバトロスに来るのは良いけれど、海を挟んだ向こう側からやって来る。方法は飛空艇による大陸横断。燃料が持つのか不思議だったけれど、燃料補給を受けずにこちらへ一足飛びで来れるあたり、帝国の技術力は凄いのかも。

 

 「なんだか緊張してきた」


 『大丈夫?』


 私の肩に乗っているクロが心配そうに見ている。今回、クロはお城でお留守番である。向こうがクロを見てどういう反応を見せるか分からないので、代表さま……ディアンさまたちに預けるのだ。

 帝国が私を目的としてアルバトロスへやってくるという話を聞いたディアンさまは、陛下にコンタクトを取って許可を得たのだとか。


 クロ本人は渋っていたけれど、竜を見せて欲しいとか言い出しかねないし、余計な問題を引き起こさないようにという対策だ。以前に副団長さまに作って欲しいとお願いした魔術具の失敗作を使って、帝国との会談風景を代表さまたちが控えているお城の一室に流す。

 そこでは陛下や第一王子殿下方と一緒に観るそうで。映像中継の魔術具はお婆さまが持つことになった。妖精さんだから向こうの人たちに見えない可能性が高いので、余計な警戒をされず都合が良いとのことで。


 映像を流すことは出来るようになったけれど、映像を撮るということは難しいらしく、もう少し時間をくれとのこと。

 急いでいないし構わないのだけれど、映像を流す方が難しそうだけれどなあ。魔術具の制作は門外漢なので、副団長さまたちに頑張って頂くしかないのだけれど。


 「私がどうなるか次第で戦争の可能性もあるから、どうしてもね」

 

 『確かにそうだけれど。そんなに簡単に戦端が開くかなあ?』


 本当にどうなのだろう。向こうがどんな国か分からないのが、不安を駆り立てる。


 「ナイ、その為の外交だ。いきなり開戦などありえんさ」


 「向こうも貴女と接触する為の人員しか用意していないでしょうし、距離もありますから」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが私の言葉を否定する。不安を払拭する為なのだろうけれど、彼女たちもまた帝国という未知の国に何かしら思う所はあるのだろう。

 数日前から同じような会話を繰り返しているなあと苦笑い。ジークとリンはいつものように、私の後ろで護衛を務めてくれる。相手が妙なことをしたら直ぐに首と胴体がお別れしそうな勢いの雰囲気があるから、やはり緊張はしているようだ。


 「聖女さま方、お時間でございます」


 呼びに来てくれた侍女さんにお礼を言って部屋を出る。途中、ディアンさまとお姉さんズに会う。アルバトロスの王城で会うのは初めてかもしれない。妙な感じがするなあと苦笑いをしつつ、背の高いディアンさまの顔を覗き込む。


 「気を付けて。――相手がどう出てくるか分からぬのだ、用心に越したことはない」


 「はい。クロをお願いします」


 ああ、と言ったディアンさまへクロが飛んで行く。何だか肩が寂しい気もするが、クロの安全の為だ。クロが居なくなる所為か、影の中にいるロゼさんは気合を入れているようだし。私の身に何かあれば、問答無用でロゼさん式お仕置きが発動されるのだろう。

 

 「ナイちゃん。危なくなれば魔法を遠慮なく使いなさい」


 「そうだね~。相手が先に手を出してきたら仕方ないよ」


 ダリア姉さんとアイリス姉さんの考え方は随分と攻撃的。ただ賛同する人が何人か居そうだよなあと遠い目になる。そうならない為の会談なのだし、無事に終わることを願うしかない。


 『気を付けてね、ナイ』


 「うん。クロも」


 ディアンさまとお姉さんズと一緒なら絶対に大丈夫だろうけれど一応。ぱっと現れたお婆さまがクロの代わりに私の肩のあたりで飛んでいる。


 『本当に話題が絶えないわねえ』


 「お婆さま……」


 否定が出来ぬまま彼女をジト目で見ると、疑問符を浮かべている。マンドラゴラもどきの時はお婆さまが原因だったし、他にも『面白そうだから』と言って問題を引き起こそうとしている時もあるのだから。

 お城の外に出て王家が用意してくれた馬車へと乗り込んだ。会談の場は外という何とも言えない扱いではあるが、帝国も了承済み。ディアンさまたち竜の方々が以前王都に降り立った場所である。

 

 中に乗り込んで揺られること暫く、馬車から降りる。会談に同席するメンバーは公爵さまを筆頭に外務卿さまや、宰相補佐さまと名だたるメンバーであった。

 

 「来たな」


 公爵さまが空を睨んでいる方向を、私も見ると寒い日の晴れた青い空に黒点がどんどんと大きくなっているのが見えた。飛行ルート下にある国にはアルバトロスから通達が済んでいるので、騒ぎにはなるだろうけれど問題にはならない。


 今までが今までなので、使者の方がマトモであるようにと願わずにはいられない私だった。

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