第389話:使者がそろそろ来るとある日。

 ――帝国の使者が来る。


 公爵さまの口からそう告げられたのが数日前。そろそろ冬休みになろうという頃だった。外交ルートを通じて帝国から打診されたそうだ。アルバトロスに向かうから黒髪の聖女に会わせろと。

 公式の書面だからきちんとした物言いだと思うけれど、帝国への信頼度が低い所為か凄く上から目線で言われているような気がしてならない。アルバトロスを見下すような態度ならば会う必要もないのではとも考えてしまう。


 「騒がしくなりそうだな」


 「ええ。ですが強国を相手にするのもまた一興。手を出すと言うのならば、何倍にもしてやり返すだけですわ!」


 子爵邸の執務室内で、常識人とパワフルな方との差が大きい発言だった。私は何事もなく穏便に済んでくれればそれでいいと願っている。

 この知らせがきた時から、王城は警備体制や迎えの方法などを協議しているようで、お偉いさん方やその下に続く方々が忙しそうに城内を走り回っている。私はそれを横目に城の魔術陣へ魔力を補填してきた訳だけれど。いつもの空気とは違う王城内に違和感を感じつつ、ああもうすぐ帝国の使者がやってくるのだなあと実感していた。


 「どうなるのでしょうか」


 本当に。戦争なんかになったりしないよねえと、遠い目になる。なったらなったで聖女として戦場へ駆り出されるだろうから、聖女として向かうことになるだろうけれど。

 私は良いのだ。後方で治癒魔術を施しているか、前線で防御魔術陣を張っているかのどちらかだろうし。問題はジークとリンである。私に命の危険があると分かれば、二人は真っ先に敵に切りかかっていくだろう。

 戦争をしているのだから、人殺しなんてという綺麗ごとを言うつもりはない。ただ人を殺した後のメンタルが持つのかが心配だし、某戦場に出た新兵の平均生存時間が十六分なんてことを耳にしたことがある。守る自信はあるけれど戦場では何が起こるか分からないので、どうしてもそういう最悪の事態を考えてしまう訳で。


 「普通なら穏便に済むだろうが……」


 「……帝国の興味の対象が貴女ですものねえ」


 ソフィーアさまが残念そうな視線を向け、セレスティアさまが鉄扇を広げて口元を隠す。まあ黒髪黒目信仰というピンポイント過ぎる狙いに乾いた笑いが止まらないけれど。私を見つけてからのアクションが早いから、帝国も必死なのだろうか。


 『その時はボクがおっきくなってみるよ。脅せば逃げてくれるかもしれないし』


 大きくなれるのか。大きくなれるということは小さくなれると言っているような気もするけれど。


 「ありがとう、クロ。アルバトロスの問題だからね」


 亜人連合国に所属しているクロに協力してもらうのは気が引けるような。いままでさんざん代表さまたちを頼っていたけれど、解決できるならば自力で解決すべきだし。


 『そうだけれど、ナイの問題でもあるでしょ』


 「まあね。でも使者の人はマトモな可能性もあるんだし、取りあえずは会ってどんな人たちなのか判断しないと」


 戦争やら外交問題はその後で良いのだろう。あと元奴隷の子たちも預かっているのだから、あの子たちが帝国へ戻りたいというなら使者の方に預けるのも一つの手だよねえ。無理難題を要求されそうで怖いけれども。


 「ああ、そうだ。先生がナイに教えたい事があると言っていた」


 「あの件ですの?」


 ソフィーアさまが副団長さまが私に用があると伝え、セレスティアさまも要件の内容は知っているようだった。


 「教えたい事、ですか」


 教えたい事ってなんだろうか。魔術に関してならば中級までなら攻撃系の魔術を過不足なく扱えるようになっている。ロゼさんは高威力の攻撃魔術を何度もぶっ放して、魔術師団に所属している方たちを驚かせていたけれども。

 あと古代魔術にも興味を示して、少しづつ術式の解析や構築にチャレンジしているようだ。ロゼさんは現代魔術よりも古代魔術の方が私に合うのではと言っていたけれど、果たしてそうなのか。

 

 「そうだ。子爵邸の観察に来たついでに伝えると言っていたから、そろそろじゃないか?」


 ソフィーアさまが言葉を言い終えると同時に、扉の向こうからノックする音が部屋に響いた。侍女の方で、副団長さまと何故かお姉さんズがやってきているそうだ。理由が分からないけれど、待たせると悪いのでお迎えに行くかと立ち上がって応接室を目指す。


 「ああ、聖女さま。突然の面会申請、申し訳ありません」


 「いえ、お気になさらないで下さい」


 副団長さまがソファーから立ち上がって頭を下げたので、私も小さく頭を下げる。


 「ナイちゃん、私たちを忘れないで欲しいわ」


 副団長さまの後ろに立っていたダリア姉さんが、彼の背から身体を斜めにして顔を出していた。


 「そだよ~。折角名前で呼べることになったのに」


 あ、気軽に名前を呼んでくれて良いからねとお姉さんBもといアイリス姉さんが。

 

 「ダリア姉さん、アイリス姉さん、こんにちは」


 「はい、こんにちは」


 「こんにちは~」


 ふふふと笑いつつ、私を左右に取り囲む当たり素早いというかなんというか。副団長さまがやれやれという視線をこちらに向けているけれど、お二人は全く意に介していない。まあお姉さんズだしなと思える辺り、彼女たちとの付き合いが長くなっているのだろう。


 「陛下から身を守る手段を講じろと命じられまして。僕から魔術を習っていますが、最近聖女さまは古代人の先祖返りと分かりましたので」


 気付かなかったのは迂闊でしたと副団長さま。私の魔力量や不思議現象の方へ目を取られていて、黒髪黒目の方へ興味が向かなかったみたい。古代人ということは起源の古い古代魔術やエルフの方々が行使する魔法の方が私に合っているらしい。

 陛下は私が帝国の使者と面会することに対して、取れるだけの手段を取るようだ。副団長さまが私の下へ派遣されたのも、その一環らしい。そそくさと副団長さまが私に近寄って来たと同時にロゼさんが私の影の中からひゅばっと出てくる。


 『ロゼの出番』


 着地の際に何度か身体を揺らしつつ、言葉を口にした時はまるで私を見ているように体を少し縦に伸ばした。


 「ロゼさんも古代魔術の解析に一役買ってくれましたからねえ」

 

 一人と一匹でいつの間にそんなことを。どうやら共同作業をしていたようだ。私の肩に乗っているクロが顔に頬ずりしてきたけれど、ロゼさんが居るとしょっちゅうこうしているから放っておく。

 エルフのお姉さんズもやる気満々だし、こりゃ逃げられないなあと諦めた。そうしていつものメンバーと副団長さまにエルフのお姉さんズで王城内にある魔術師団の訓練場へと向かって。


 「……高威力過ぎませんか」


 教えて頂いた古代魔術を一発放つ。副団長さま曰く、初級の魔術に当たる代物らしいが、扱いやすく通常の魔術と比べると威力が段違いだった。


 「聖女さまの魔力が規格外ですからねえ」


 ぷすぷすと煙を上げる的とその後ろにそびえ立っていたはずの石壁が消し炭になっている。やはり私に魔術のセンスは皆無だなあと苦笑いをしつつ、興味を抱く面子と呆れている面子にもっとやれーと囃し立てる人。

 お姉さんズはお姉さんズで、次は魔法ねとルンルンで私を見ているし。止められれる人が居ないなあと心の中でぼやきつつ、お姉さんズから教えを受ける。魔法も使いやすいけれど、攻撃特化という感じはしない。それよりも付属機能の方がエグイ。相手に当たるまで自動追尾とか魔術ではなかなか出来ない効果を有していた。魔術でも出来るけれど、術式が複雑すぎてかなり難しい部類に入り、使いこなせる人が少ないと聞いている。

 

 この場に居る人たちの反応はそれぞれ。更に魔術師団の訓練場を破壊することになるのだけれど、私の名誉に関わるので多くを語らない方が良いだろう。

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