第391話:使者が来た。

 どんどんと大きくなってくる帝国の使者が乗っている編隊は、王都の上空を何度か旋回しながら速度と高度を落としつつ、小麦畑の上を穿ちながら着陸を行った。


 某アニメスタジオが制作した映画のワンシーンを見ているようだった。飛空艇もそのアニメのものによく似ているし。アニメの内容も冒頭で大国から小国へ目的があって訪れていたはず。

 展開は飛空艇から軍隊が降りてきて、民や要所を制圧した後に小国の長を切り殺していた。それよりマシだけれど、一歩間違えていればそうなっていただろうし。小麦畑に人が居なくて良かった。どうなるか分からないから農家の皆さまには外出禁止令を出したそうだから。飛空艇の質量の大きさに大地が揺れ、暫くすると収まる。


 「ぬう……!」


 一ヶ月ほど前に種籾を撒き約半年後には収穫する小麦畑に被害が……。六機編成だった為にその分被害が多くなっている。

 公爵さまが厳しい顔をして、私が誕生日に送った杖をガツンと地面へ打ち付けた。丈夫なヤツを送って良かったと横目で見つつ、ご飯……食べ物を粗末にしていることに腹が立つし、丹精込めて作ってくれている農家の方々にとって大事な収入源だ。他国だからと言って荒事を犯すのは良くないだろうに。竜の方々だって気を使って空いていた広場へ舞い降りてくれていたし、本当になんだろうか。まあ、飛空艇では細かい操作が出来ないから止むを得ずなのかもしれないが。


 『あ、魔力が漏れてる!』


 「む」


 お婆さまの声にハッとする。感情的になっては駄目だと自分に言い聞かせて、どうにか落ち着いた。


 『あら、残念。けれど、ああやって生き物や植物を蔑ろにするなんて……良い物じゃないわね』


 私の肩の上に乗り手を伸ばして私の顔を支えにしながら、お婆さまはそんな言葉を言った。彼女の台詞には百パーセント同意する。食べ物を粗末にするのは頂けないけれど、おそらく前もってなにかしらのやり取りはしている筈だ。それに農家さんへの補償もあるのだろう。陛下がその辺を抜かることはなさそうだから。


 「……元に戻すのは大変な作業になるな」


 「ええ。人夫が必要となりましょう」


ソフィーアさまもセレスティアさまも優秀な方だ。ざっくりと被害額の計算くらいは、直ぐ出来るのではないだろうか。何にせよもったいないことをしたなあと残念になる。緑色の絨毯が綺麗に広がっていたのに、飛空艇が着陸したあとの線は土が抉れた茶色に変わってしまったのだから。

 

 「降りてきたな。癪ではあるが迎えに行くか、皆参ろう」


 国賓扱いだから無下にする訳にもいかず、公爵さまがありありと溜め息を吐いて歩き始めた。持っている杖に随分と力が入っているような気もするけれど、気の所為だろうか。先頭を歩く公爵さまの後に続いて歩いて行く。

 帝国側もこちらを目指してずかずかと歩いていた。こちらの大陸と違って、衣服が随分と近代的とでも表せば良いだろうか。文化レベルが明らかに違うと、歩いて来る彼らの姿から窺い知ることが出来る。


 『へえ。向こうの大陸の人間を初めて見たけれど、魔力量が低いのね』


 お婆さまが私の肩に乗って腕を組んで仁王立ちしながら言った。なるほど。黒髪黒目が現れない理由はこの辺りではないだろうか。魔力を有していたという古代人の血から、どんどん遠ざかっているのかも。そのうち奇跡が起こって、黒髪黒目の人が現れるのかもしれないがなかなか難しいだろう。

 

 帝国ってどのくらい黒髪黒目の人を優遇しているのか。東の大陸を作った女神さまが黒髪黒目らしいけれど、夢のない事を言ってしまえば地殻変動によって今の各大陸が出来上がっただけだし。

 宗教ってやはり考えものだよねえ。真っ当な宗教が割を食らうのは頂けないけれど、こうして誰かに迷惑を掛けるようなものは御免である。


 「遠路はるばるよくぞ参られた」


 「出迎えご苦労。派手な到着となってしまい申し訳なく。小麦畑の補填に関してはあとで話し合おう」


 公爵さま腹の中では怒り狂っているのだろうなあ。小麦の収穫量が減ってしまうだろうし。握手をしつつ、後ろを振り返って小麦畑と六機の飛空艇を見る。

 帝国側の使者の方には不味い事をしたという認識があるようだ。これで少しは陛下の胃の安全が保たれただろうか。でもやっぱり上から目線のような気がしてしまう。

 

 そうだ、少し前から考えていたことを教会と国の人に提案してみよう。小麦畑の復旧工事が終わったら、魔力量の高い聖女のみんなで小麦の種籾を魔力を込めながら撒いてみようって。

 魔力や空気中の魔素が高ければ、お野菜や植物の生育が促進されるようだから、良い手法かもしれないし。駄目なら駄目で、少し収穫時期が遅れる小麦が出来るだけ。農家の方々にとっては二度手間だけれど致し方ない。


 私、良いこと思い付いたとにまにましていたら、公爵さまとの挨拶を終えたようで、熱視線を使者の皆さんから受けているのだが。私が……。

 

 『うわあ……嫌な予感』


 お婆さま代弁ありがとうございます。私の心の台詞を読んだのかというくらい重なった言葉だった。


 「ほ、本当に黒髪黒目の少女が……!」


 使者さんが割と大きな声を上げると、他の帝国の方々は『おお……!』『本当にいらっしゃるとは!』『ああ、幸せだ』とかなんだかどんどんとヤバい台詞へ変化してる。

 此処から先は聞かない方が良いなと公爵さまの方を見ると、口の端をなんとも言えない形に歪ませていた。帝国の使者の皆さんの命が心配になりつつも、一番大事なのは己の身柄である。

 強制的に連れ去られる可能性だってあるのだし、ちゃんと警戒はしておかないと。影の中にロゼさんが居るし、ジークとリンも私の真後ろで控えている。二人は着替えの際、暗器類を仕込んでいたので警戒度合いがいつもと違っている。

 

 「黒髪黒目の少女さまっ!」


 使者の方が膝を付いて頭を垂れた。その後にも帝国の皆さまが膝を付き頭を垂れる。いや、護衛の人まで使者の方たちと同じ事をしなくとも。妙な国なら隙を見せたとか言って首を落とされるよ……と心配になってくる。

 私の隣へやって来た公爵さまは額に青筋を浮かべており、痛くご立腹なご様子。此処まで怒っているのは初めて見た。会談の長である公爵さまを放って蔑ろにしているのだから、怒りは分かるけれど。


 「アルバトロス王国にて聖女を務めており――」


 「――どうか、どうか我が帝国へお越しいただきたく……!」


 私の名乗りが遮られたんだけれども。彼らに名前を知られたくはないから問題はないが、公爵さまやまわりのアルバトロスの面々が歯軋りや剣の柄を握りしめている音が聞こえた気がする。

 あと彼らにとって私個人はどうでも良く、黒髪黒目というブランドに惹かれているだけなのか。そっかそかと納得しつつ、平伏したままでは意図や意思が伝わらない。


 「面をお上げください。わたくしは確かに黒髪黒目ではございますが、一個の人間でありアルバトロスの貴族でございます。――」


 アルバトロスの貴族を強調しつつ、立場は帝国の使者さんの方が上だということを続けて声にした。公爵さまが余計な事を言うなみたいな視線を私に向けているけれど、とりあえずはこの場を任せてくれるみたい。


 「何と慈悲深いっ!」


 代表の使者さんが顔を上げて私と視線が合ったので、営業用の笑みを浮かべる。慈悲の解釈間違っている気がするけれど、話が進むのならば無視を決め込む。

 地面に膝を付いた為に土が服に付いているけれど、気にした様子もなく私をじっと見ている。天然記念物や動物園のパンダじゃないのだし、どこにもいかない上に消えたりもしないのだけれど。

 

 「閣下、後のお話は閣下や王国の皆さま方にお任せ致します」

 

 公爵さまに向かって、いつもより五割増しで聖女としての礼を執る。私が彼らに帝国に赴く気はないと伝えた方が良いのだろうが、アルバトロスの貴族なのだから判断は上層部に任せるべき。


 これで私よりも公爵さまが上であると理解出来ただろうし、話の主導権は私ではなく国や公爵さまが握っていると分かるだろう。

 理解出来ないようなら、そんな使者を送ってきた帝国の人選を恨むけれど。公爵さまは使者の方たちを城へ案内する気はなさそう。無礼にならないかなあと気にしつつ、王都を囲む壁の外で会談の場が整えられたのだった。

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