第386話:思い出した大聖女さま。

 ――思い出した!


 褐色肌の奴隷で思い出すべきだったけれど。そう、思い出したのだ。黒髪の聖女さまへ近況と教会の進捗を記しつつ愚痴を込めた手紙を認め、届けた後で思い出したのだ。

 

 聖王国やアルバトロスを舞台としたゲームは三本出てシリーズは終わった。けれど乙女ゲーム開発会社が作った次作。IPタイトル――ゲームタイトルのこと――を変え、セカンドIPとして売り出したのである。

 セカンドIPは売れないと噂されるゲーム業界で思い切ったことをしたけれど、前作ファンを繋ぎとめる設定は残してあった。

 セカンドIPはファーストIPの隣の大陸が舞台だった。褐色肌の人たちが多く住む大陸で、黒髪黒目の女神さまがこの大陸を作ったと言い伝えが残っており。前作シリーズの大陸が隣にあるという。


 黒髪黒目の女神さまは東大陸を創り出した立役者。その血を引き継ぐ者が東大陸に数は少ないながら残り細々と生き、大陸が飢饉や流行り病に困った時は知恵を貸し、多大な魔力で多くの人々を救ったとか。

 そんな伝承が残っている為に、黒髪黒目を持つ者は東大陸では保護され、丁重に扱われていたのだ。しかしこの百年、黒髪黒目を持つ者は東大陸に現れることはなく。隣の大陸へも帝国は足を延ばす為に奴隷を隣の大陸へと放ち、適当な理由を付けて『黒髪黒目を持つ者を差し出せ!』と要求したけれど見つかるはずもなく。

 

 その足掛かりとなったのが大陸南東部の国である。


 結局、聖王国やアルバトロス王国がある大陸でも見つからず、黒髪黒目の者を召喚することになって呼び出された子がセカンドIP乙女ゲーム一期の主人公だった。黒髪黒目の主人公は帝国で国賓扱いとして、学園へ通いながらそこに通う王族や貴族たちにちやほやされつつ、恋愛へと発展していくのだけれど。

 

 こちらの大陸で黒髪黒目の人……黒髪の聖女さまを見つけてしまったのだから、異世界召喚は執り行われる可能性は低い。

 

 確かセカンドIPのゲーム開始時期は私たちが十六歳を迎えた四月から。何故同時期か分かるのかは、おまけシナリオとしてゲスト出演したアリスとアリアの存在があったから。十六歳になった彼女たちが、おまけシナリオで少し出演していたのである。


 「どうしてこんなことに……!」


 自室で一人机に座って、頭を抱えながら小さく呟く。黒髪の聖女さまさえ居なければ、こんなことにはならなかったのにと考えてしまう。でも……異世界から……日本から年若い女の子が身一つで異世界へと呼ばれるのは阻止出来たんだと思う。

 異世界召喚なんて無許可の連行だし、戻れない可能性だって高い。実際、ゲームの中でも帰れるか帰れないか分からないと、ゲームの主人公は告げられていた。ヒーローと恋仲になるから、元の世界を捨てて最後までこの世界で生きると決意していたシーンがあった。

 

 「ゲームだから面白かったけど……実際に拉致された人を見たら普通に接することが出来るのかな……」


 異世界召喚を実行するのは帝国だから関わることはないだろうけれど。実際に自分の近くにそんな人が居たら……日本人が居たら、懐かしさに駆られてホームシックにでもなりそうだ。召喚された人がこの世界に馴染む保証もないのだし。


 私は前世にケジメは付けている。死んだという記憶が残っているし、この世界で生きているという実感があった。ゲームだからという甘い気持ちを捨て去ることが出来た、黒髪の聖女さまには感謝している。

 ゲーム三期は勝手にやって来るのだから、安穏に生きて主人公の友人を演じていれば良いのだから。貴族の家でぬくぬくと生活しながら、黒髪の聖女さまに出会った。怖かったけれど、私が前を見ることが出来たのは彼女のお陰。


 「大丈夫かな」


 黒髪の聖女さまを起点にして様々なことが起こっている。アルバトロスで起こったことは断片的にしか分からないけれど、アリアやアリスを押しのけて黒髪の聖女さまが政治の世界で名を売っていた。

 一期ヒロインであるアリスの代わりに亜人連合国へ魔石……いや、魔石から変化した卵を返還して亜人連合国と交流を持ったことを。アリアを目的にしていた二期ゲームのヒーローたちの思惑は、黒髪の聖女さまに向けられそれぞれの結末を迎えていたことを。


 乙女ゲーム三期のシナリオが瓦解している為に、褐色の奴隷のことなんて忘れ去っていたことを。

 

 急いで大聖女の名前を使って大陸南東部の国の教会へ情報収集を掛けると、案の定、かなり奴隷の扱いが悪い彼の国に対して帝国から抗議が入っていた。帝国からの使者に『アルバトロスには黒髪黒目の聖女が居るっ!』と、帝国の使者へと口にしてしまったのだ。

 

 ――終わった。


 身体の力が抜けてしまうのが分かったけれど、報告を受けた際にその場にへたり込まなかった私を褒めて欲しい。IPを変えた理由は、飛行艇などの科学面が進んでいることにより世界観が少し違う為、ゲームメーカーも思い切った決断をしたのだろう。

 軍事力という面では帝国の方が優れている。魔術と科学を融合させた技術力を持ち、魔石の力で空を飛ぶ飛行艇を有しているのだから。流石にミサイルやロケットの技術はまだないけれど、大砲を飛行艇に備え付けている。魔術師の数が少なく航空戦力を有していないこちらの大陸の国だと、簡単に負けてしまう。


 引き篭もりのアルバトロスと揶揄されている、黒髪の聖女さまが所属している国となると少し話は変わってくるのだろう。優れた魔術師を多く有し、亜人連合国と共同歩調を取っている。航空戦力は竜で代替でき、大砲よりも優れた魔術師による広範囲魔術で対抗することも可能だ。


 だからこそ私は慌ててアルバトロス王に懇願し、黒髪の聖女さまへの面会を希望したのだ。


 「……話が通じないなら全部話すつもりだったけれど」


 アルバトロスの方々も黒髪の聖女さま自身も帝国の動向には気を付けると言ってくれたから、私の前世やゲームの話をすることはなかった。突拍子もない話だし、ゲームのシナリオから乖離しているので信憑性というものは低くなってしまうけれど。

 黒髪の聖女さまの身に危険が及べば、亜人連合国の方たちが黙っていない。大陸を火の海にする訳にはいかないと覚悟してアルバトロスへ向かうと、流石に東大陸の巨大国家である帝国の動向は、大陸内部に位置するアルバトロスでも無視はできないようで。

 

 「私がやれることはやったよね?」


 どうなのだろう。ゲームから乖離しているから不安しかないけれど。本当にままならない状況になってしまった場合、私はどういう行動を取るべきだろうか。

 教会の立て直しに尽力してくれたみんなの命を失うようなことがあってはならない。かといって、帝国に頭を垂れるなんて、属国化や植民地支配を受けるようなこともあってはならない。

 

 ならば。帝国がなにかしらの武力的手段に応じた場合は……覚悟を決めるしかないのだろう。


 勝って聖王国民としての誇りを守るか、負けて失ってしまうのか……何も行動に起こさないまま負けてしまうくらいならば、戦って誇りを失う方がまだマシだ。

 前世でなら、戦争で命を失う位なら負けてしまえば良いと口にしていただろうけれど。そうなった時に訪れてしまう状況が予想できてしまうから。誇りを失ってしまうのは分かっているのだから。


 「アルバトロス……かあ」


 聖王国の状況は随分と落ち着いてきている。切っ掛けは私だったけれど、先々代の教皇さまや残ったマトモな方たちによって聖王国の未来への道筋が作られた。私も協力したけれど、微々たるもの。私が居なくとも聖王国は上手く回るのだ。


 黒髪の聖女さまによって、この世界は大陸は聖王国はどうなってしまうのか全く想像が付かない。なら嵐の真ん中へ入ってしまい、情報収集を行ったり黒髪の聖女さまへ助言が出来るのではと頭に過ぎる。

 もちろん私一人で決められることではなく、まずは聖王国の方々の許可とアルバトロス王の許可に、黒髪の聖女さまへのお伺いが必要だろうけれど。


 帝国の王子さまを始めとした攻略ヒーローたちの思惑をどうにかこうにか記憶の奥底から引っ張り出す。黒髪の聖女さま相手だと恋や愛が目覚めることはないだろうし、ゲームのヒーローたち全員がアルバトロスへ向かう可能性は低そうだ。

 

 「でも黒髪の聖女さまらしい」

 

 波乱は確実に起こるのだろうと、部屋の天井を見上げる。帝国が動き出すのがいつになるかは分からない。その為の準備はある程度しておくべきかなあと考える。

 私がアルバトロスへ向かうのは迷惑になるかもしれないけれど、助言くらいなら出来るだろうし。あとの判断は黒髪の聖女さまが決めれば良い。彼女が間違った判断をするとは思えないから。


 そういえばファーストIP三期の主人公って何をしているんだろう……。ヒーローたちは聖王国の貴族の子息ばかりなので、落ち目の彼らと結ばれなくて良かったと安堵しているけれど。


流刑に処されてこちらの国へやって来たヴァンディリアの元第四王子殿下も私の周りをウロウロしているけれど、大罪人であるとみんなに知らせると見る目が厳しくなっていた。私と接触を試みる前に周りの人たちに止められるようになってホッとしている。

 聖王国教会の中庭でイキり倒している、銀髪オッドアイの青年もあと少ししたら他の国へ渡るらしいけれど、彼が反省することはあるのだろうか。彼が犯した罪を知った時は絶句して、暫く何も手に付かなかったけれど。


 いろいろと気にしても仕方ないし負けだから、みんな強く生きてと心の中で願うのだった。そして私自身も強く生きなければと心に誓うのだった。

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