第385話:一緒に寝よう。
取りあえずは陛下に報告だなと報告書に上げ提出すると、既に大聖女さまから話を聞いていたみたい。彼女の話の内容で私との面会を許可したのだろうなと納得しつつ、今後の方針や方策を考えようということになった。
東大陸の帝国がどう出て来るか全く分からない。ただ黒髪黒目信仰であれば、強硬策に出て来る可能性はあるだろうが、私に対しては無理矢理な行動には出辛いだろうと。初手ならば外交的手段を取って私との接触を図り、希望が無くなれば強硬手段――拉致や戦争――となる筈という。
「私に価値なんて無いのに」
城での報告と今後の対策会議から戻り、執務室でみんなと話している所。帝国にとっての価値なんて黒髪黒目であることだけではなかろうか。魔力量が多いのも魅力的かもしれないが、魔力持ちの数を集めれば補うことが出来る。
「馬鹿を言うな。まだお前は自身の価値を理解していないのか……」
額に指を当てつつ大きなため息を吐くソフィーアさまに、セレスティアさまは無言で圧を放っていた。
「アルバトロス国内でならば理解しております……多分。ただ帝国という強大な国が一人の人間を慮ることがあるのかな、と」
一応、アルバトロス国内での私の価値は理解しているつもりである。週に一度王城に出向いて魔力陣への魔力補填、クロを亜人連合国から預かっている。他にもやったことがあるけれど割愛。
黒髪黒目を信仰しているようだから大事にするのは分かるとして。でもそれって保護という名の利用だし、何かしらの目的があるとしか思えない。帝国の思惑が全く読めない所が痛いけれど、なるようになるしかない。
「こちらの大陸でも珍しいのですから、帝国が欲しがるのは当然。――もちろん貴女を簡単に手放すつもりなどありませんが」
セレスティアさまが鉄扇をばっと広げて、口元を隠しながら言い切った。これについてはアルバトロス王も上層部も同意見。私はアルバトロスに所属している貴族だし、簡単に手放す訳はないと。仮に手放せば王国の民や亜人連合国からの反発は必至。
「私も帝国に行く気なんて全くありませんから」
うん。これだけは言い切れる。
以前の生活環境であれば話の内容次第で帝国へと渡っていたかもしれないが、幼馴染を放っておけないしクロや天馬さまに畑の妖精さんたちが居る。私の後ろ盾になってくれているアルバトロス王家や公爵家に辺境伯家も。
もちろん、ソフィーアさまやセレスティアさまに子爵邸で働く人たちに、私が発破を掛けたテオやレナに元奴隷の姉弟。亜人連合国の方たちや教会のみんなにアリアさま、ロザリンデさま。リーム王国の聖樹を枯らした責任もあるし、リームの行く末も見守らなければ責任放棄も良い所。
自分の身勝手で離れると困る人たちが居るのは理解している。まだ帝国から声が掛かった訳ではないけれど、なにかしらのアクションがあるはずだ。
向こうは大陸を支配している巨大国家であり、アルバトロスは大陸に沢山ある内のひとつなのだから戦力差は明白である。ただ、離れているのが救いで攻め入ることは簡単ではない。だったら最初に取る手段はやはり外交による接触であろう。
『ナイは古代人の先祖返りだからねえ』
執務室の籠の中で大人しくしていたクロが唐突に声をだし、ソフィーアさまとセレスティアさま、そしてジークとリンが驚いている。
「は?」
「クロさま、何を仰っているのですか?」
あ……私が古代人の先祖返りの可能性があると、みんなに報告するのを忘れてた。クロが喋ったことで吹っ飛んでいたし、いろいろとあったし。
というか副団長さま辺りは気付いていても良さそうだけれど。黙っていたということは何かしらの理由でもあったのだろうか。案外、私のようにうっかりしていたとか言いそうな気もするし、取りあえずは今目の前で静かに怒っている人たちの対処である。
『文献とかに残っていないのかな? こっちの大陸に住んでいた人間は元々黒髪黒目だったんだよ』
その言葉に驚く面々。そこから察するに、あまり知られていないことなのだろう。クロによれば大陸の古代人たちは東大陸から来た人たちとの混血化によって数を少なくしていったと。東大陸からの移民がなければ大陸の古代人の方たちは数を減らすことはなかったのでは。東大陸の人たちの黒髪黒目信仰がいつから始まったのかは知らないけれど、こちらの大陸の人間を巻き込まないで欲しい。
「ではナイは……古代人の血を色濃く引いている為に多大な魔力量を持つという訳なのか」
『うん、多分ね。だからボクたちはナイに親しみを持つんだろうねえ』
クロが籠から飛び立って私の肩へと移り、顔をすりすりと擦り付けてくる。みんなは私を更に凝視しているのだけれど、いつも見ている私に変わりはない。
「黒髪黒目の方が珍しいのは、そういう理由がありましたか」
『向こうの大陸から来た人たちと混血が始まって数を減らしていったんだけれど、帝国って国が黒髪黒目の子を崇めているなんて皮肉が効いているね』
確かに。東大陸では黒髪黒目は最初から少なかったのだろうけれど、遠い昔のこちらの大陸では普通に居たのだから。長く生きていたご意見番さまの生まれ変わりだからこそ、知っている情報だったということか。
『ナイ、帝国に行かないよね?』
こてんと首を傾げてクロが私に問いかけてきた。みんなもクロと同意のようで、少し憂いを孕んだ視線を向けてくる。
「さっきも言ったけれど、行かないよ。もし私が無理矢理に連れていかれたら舌でも噛み切ろうか」
一度死んでいる身だし、生まれ変わって貧民街で暮らしていた頃に命を落としていた可能性だってあるのだ。今更自分の命に拘るつもりはないが、悲しんでくれる人が居るのを知っているから、そう簡単に出来るものではないが。
『それは駄目だよ。ボクが絶対に助け出すから――』
そう。だからこそ死を選ぶのだ。迷惑を掛けるくらいなら、自分の為に誰かが命を落とすくらいなら。くつくつと笑いながら舌を噛み切ると言った私にクロが困ったような顔を浮かべた後に、意外な人物が反応した。
「――ふざけないでっ! 絶対に駄目だよ、そんなことしたら!!」
「リン……」
ずかずかと大股で私の下へとやって来て、椅子に座っている私をじっと見下ろしていた。椅子から立ち上がってリンと相対する。
「……ごめん、冗談だったけれど」
『リン、ごめんね。ボクが変な事を言い出したから』
クロが私の肩からリンの肩へ飛び乗って、顔を擦り付けている。クロが私以外の人に顔を擦り付けるのは珍しい。泣きそうな顔で耐えているリンの頬に手を伸ばす。
「……居なくなっちゃヤダ。置いて行かないで」
屈められた腰の所為でリンの顔が嫌に近い。手をどうにか彼女の頭へ伸ばして髪を梳く。
「ごめん。行かないから、そんな顔しないでよ、リン」
がばっと腕を回されて抱きしめられる。ソフィーアさまとセレスティアさまが気を使って部屋を出ると目線で訴え、私もそれに頷き返す。ジークも部屋を出て行こうとして、部屋の扉の前で立ち止まる。
「ナイ。お前が居なくなるなんて考えていないし、お前が行きたいと言うなら止めやしない。――だが死ぬことは絶対に許さない」
普段より半音落としたジークの声が嫌にクリアに耳に届く。
「ん、肝に銘じておく」
その言葉に私が頷くと彼が納得したのか部屋を出て行った。
「リン、今日は一緒に寝ようか」
「……」
黙ったまま頷くリンに苦笑いを浮かべながら、暫くこうしてじっとしているのだった。
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