第387話:拗ねたまま。

帝国の奴隷問題やピンポイントで狙われているかのような黒髪黒目信仰は取りあえず棚の上。


 ただ外務卿さまは慌ただしく働いているようで、光が当たるのは嬉しいけれど激務過ぎて笑いが止まらないと周囲に愚痴っているそうだ。

 帝国が攻めてきた際にはアルバトロス周辺国家と共同歩調を取るそうな。大陸南東部の国には勝手に私の存在を帝国に教えたことの抗議文書を送ると、向こうの国の使者の方がアルバトロスへやって来て平謝りを敢行したとかしないとか。


 私は謁見場へ招かれなかったので真実はよく知らないけれど、使者さんは陛下や公爵さまに辺境伯さま方たちに嫌味を鱈腹頂いたとか。

 冒険者ギルド本部へと足を向けた際に亜人嫌いを拗らせた末に、代表……――名前で呼んで欲しいと乞われていた――ディアンさまたちに突っかかってきた人が所属する国なので良い印象はない。なので使者の方がアルバトロスで胃に穴を開けて血反吐を吐いても――治癒は施すけれど――私は知らないしというスタンス。

 

 「リン、いい加減に機嫌を直してよ」


 「……む」


 どうにも私が先日言い放った『舌を噛み切って死ぬ』が彼女に痛く利いたようで。リンの腹の虫が治まらない時は一緒に寝れば翌朝には機嫌を直していたというのに、今回は長引いている。ジークも『知らんぞ』と言いたげな視線を寄越しながら護衛を務めていた。


 「リン、リーン。リンさーん」


 学院から子爵邸へと戻って、リンの後を付けている。足の長さが違うので彼女が大股で歩くと、私が小走りになるのはいつものことで。邸で働く人たちが何事かと一瞬こちらを見るけれど、遊んでいるのだろうと勘違いされたようで微笑ましい視線を向けられた。


 『ボクが言い出したことだけれど、ナイは考えなしでモノを言う時があるよね』


 私の肩に乗ったまま、私へ声を掛けたクロはリンへ視線を向けたままだった。


 「クロ。私、そんなに考えていないように見えるの?」


 私はそんなにちゃらんぽらんなのだろうか。真っ当に生きてきたつもりだし、これからも真面目に生きていく予定だというのに。ただ誰かに迷惑を掛けるくらいなら命を終わらせる……私、周囲に迷惑掛けまくっているかもしれない。

 ソフィーアさまはしょっちゅう頭を抱えているし、陛下もなんだか口の端が引き攣っているし。セレスティアさまや公爵さまは楽しそうにしているから、主に真面目な方たちに負担を掛けている。


 『うん』


 言い切った。言い切られた。アレは考えあっての言葉だったというのに、酷い。とはいえクロも本気で頷いた訳ではないだろうけれど。

 

 「リーン、リン、リンってば~」


 「…………」


 あちゃあ。こりゃ本格的に拗ねてるなあと苦笑い。何故か子爵邸の外に出てずかずかと畑の方へと歩いて行くリンの後を、ストーカーのように堂々と付いていく。途中でエルとジョセとルカに会ったけれど空気を読んでなにも言わずに見送ってくれた。

 いつも声を掛けてくれるのに、本当に人間以上に出来ているというか。ありがとうと目を伏せながら、リンの後ろ姿をまだ追う私。畑に辿り着くと、畑の妖精さんたちが一生懸命に作物の世話をしている。


 「いい加減に機嫌直してよ、リン」


 「……怒ってないけれど……ナイは不意に居なくなりそうだから怖い」


 「そんなつもりはないよ。アルバトロスに根を張るつもりだし」


 リンは私が亜人連合国へ使者として出向いた際や幼い頃の私に不安を抱いていたようだ。どうにも地に足が付いた生き方をしていないと常々感じているそうで。言われた本人には全くそのつもりはないのだけれど、そんなに危なっかしいのだろうか。日々、こういうことを感じているからか、先日の私の言葉が妙に真実味を帯びてしまったらしい。

 地に足を付けているつもりだけれどね。ただ不可思議現象や自分の考えている方向とはまったく違う方向へと進んでしまっているだけで。ただ、人間は突然死ぬことだってあるのだから、リンは私が居なくなった後の覚悟は出来ているのかどうか。まだ若いしそういう実感はないのかもしれないが、若くして死ぬなんてそこらに転がっているから。

 

 「本当?」


 個人的には騎士科で友人の居なさそうなリンの方が心配だ。私も友人と呼べる人が少ないので人の事は言えないけれど。爵位を貰った上にお屋敷まで賜っているし、捨てられないものが出来てしまった。聖女になり立ての頃とは状況が違う。


 「うん。中途半端に逃げ出すのも癪だしね」


 子爵邸で雇っている人たちに、貧民街から救い上げた子供たちに元奴隷の子。孤児院にも寄付しているのだから、途中で辞めてしまってどこかに逃げるのは何か違う気がするから。拾った野良犬や野良猫ではないけれど、最後まで責任を持って面倒をみないと。


 「……でもやっぱり危なっかしいから、傍に居る」


 結局そこに帰結するのねと苦笑い。


 「そんなことはない筈だけれどね。私の周りで問題が起こり過ぎているってだけで」


 クロの件しかり目の前の畑や辺境伯の大木とか、まあいろいろと。それに何かこれから起こりそうな予感もするし。


 『ヤル』


 畑の妖精さんが足元へとやって来て何かを差し出した。ただの雑草に見えるけれど、この畑で採れたものが草であるはずもなく。

 

 「何だろう?」


 「草にしか見えない」


 『多分、薬草だよ。ボクは詳しくないけれど何回か見たことがある』


 リンとクロと私で首を傾げながら妖精さんが差し出してきた草を眺める。結局、子爵邸では持て余すだけなので王城の薬師さまに解析をお願いすることに。

 数日後、雑草の正体はモーリュと呼ばれる薬草だそうで、毒や魔法を打ち消す力があるのだそうな。珍しいので売ってくれと頼まれたけれど、妖精さんたちが一生懸命に育てた為に沢山生えているから、研究材料として使って下さいと手紙を認めると大層喜ばれたそうな。

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