第381話:ケシ。

 ――なんてものが。


 畑にとんでもないものが勝手に育っていた。どうして……どうやってケシの種が混在しているのだろうか。妖精さんたちかお婆さまの悪戯で全ての説明がついてしまうあたり、防ぐのは難しいのではと頭を抱えてしまう。

 マズい物を育ててしまったので王城への報告はもちろん済ませてある。陛下や上層部の方々は『子爵邸の畑ならば仕方ない』とのことで。お芋さんとかお野菜をおすそ分けしておいて良かった。消費を子爵邸内で済ませていれば、私が家庭菜園を始めているなんて、知らないままだっただろうし。


 ケシの花が子爵邸の家庭菜園の隅っこで、大地に根を張りしっかりと実を実らせていたのを見つけたのが二日前。

 日中でも寒いというのに、子爵邸の家庭菜園における季節感は全くなく。夏野菜が実や芽を付けているし、春野菜も実ってる。畑の妖精さんは凄いなと感心しながら、私の肩に乗ったクロが畑を見つめて軽く首を傾げた。

 

 『お婆も妖精も悪気はないんだけれどねえ。お城から薬師の人と副団長が来るんだっけ?』


 クロは目を細めながら、私に語り掛ける。悪戯好きの妖精さんたちだから仕方ないのだけれど、どうして私の家で悪戯を敢行するのだろうか。

 王都の街へ出て面白おかしく遊び倒すことも出来るだろうに。妖精さんの仕業だと分かれば、みんな笑って許してくれることだろう。多少は困るだろうけれど。


 「うん、薬草としての側面もあるから調べてみたいって」


 用法用量を守っていれば痛み止めになる。もちろん大量摂取すれば中毒症状を引き起こすのだけれど。

 どうも副団長さまや薬師の方は『子爵邸に薬草が生えた!? 興味がある! 見たい、行きたい、調べたい!』みたいな勢いなのだろう。。研究職の方の熱意は凄いなあと、子爵邸に訪れるのを許可したのは昨日のことだった。


 『そっか。魔素量が多いから、何かしらの影響は受けているだろうしね。アルバトロスにケシの利用方法が確立されてないならエルフを頼れば良いよ』


 きっと教えてくれるから、とクロが言ったけれど……エルフのお姉さんズに聞いた場合、なんだか嫌な予感しかしないのは何故だろう。

 効果が高すぎたり、少量でも効き目があるとか。良いことだとは思うけれど、今後になにかしらの影響がありそうだ。なるべく穏便に済むようにしたいから、お姉さんズに頼るのは最終手段ということにしておこう。


 「ありがとう。――とうもろこしさんも美味しそうに育ってるし、あと数日で収穫できるみたいだから楽しみ」


 『ナイは甘いとうもろこしを食べたいんだっけ?』


 ポップコーンを作るのは成功してみんなで食べた。基本の塩味だったけれど、久方ぶりのお菓子類である。頬が緩みっぱなしで、ソフィーアさまに締まりのない顔をするなと注意を受け、仕方ないけれどと呆れ顔をされたのだった。


 ジークとリンも後で食べたし、クレイグとサフィールも味見をすると美味しいと笑ってくれる。爆裂種の種と調理方法を秘匿すればお金儲けできると教えてくれたけれど、美味しい物はみんなで食べるべきだ。種が平民のみなさんに広がれば、子供のおやつとして普及しそうなので、むしろ広がって欲しいからレシピはどんどん広めて下さいとお願いしている。


 まあ、熱したフライパンの中へ放り込み蓋をするだけなのでレシピというものではないけれど。乾燥させたとうもろこしを熱するという発想が中々出来なかったから、ポップコーンというお菓子は存在していない。

 探せばどこかで誰かが作っているかもしれないけれど、アルバトロス国内に限れば誰も思いつかなかったものだ。爆裂種の種とレシピを添えて公爵さまと辺境伯さまに手紙を添え、美味しければ広めて下さいと記して届けた所。

 

 熱して塩を振りかけるだけなので、種さえあればそのうち広がるんじゃないのかなあ。託児所の子供たちのおやつのメニューにも加わったし、少しずつでも広げていきたい。


 「うん。いろんな種を交配させて試行錯誤したんだけれど、やっと形になりそうかな」


 これも畑の妖精さんのお陰である。甘いとうもろこしさんを食べたいと、呪いのように妖精さんたちの隣で唱えていた。気を使ってくれたのか、甘いとうもろこしさんを見つけ出してくれて、あれとそれを受粉させろと教えてくれたのだ。

 で、前世のテレビでなんとなく観ていた受粉シーンを思い出して、受粉させ、実をつけ、種を作りを繰り返す。試しに何本か頂いて食してみると、世代を経る度に糖度が高くなっていた。

 

 こうなればもう行きつくところまで行くしかなく、凄く甘いとうもろこしさんを食べたいという欲求が湧いてしまう。子爵邸の家庭菜園に魔力を注ぎ込めば、滅茶苦茶甘いとうもろこしさんが出来るのではという誘惑に何度負けそうになっただろう。

 負けていれば、マンドラゴラもどきを始めとした不可思議野菜や魔術で使用する薬草などが知らぬうちに屋敷内を占拠していたに違いない。そんな事態に陥っていないということは、誘惑に負けなかったのだ。私、偉いと心の中で褒める。


 『……魔力が洩れているから意味はないけれどねえ』


 耳元でクロの声が聞こえたけれど、聞き取ることが出来なかった。


 「? 何か言ったクロ?」


 『美味しいとうもろこしを食べられるようになって良かったねって』


 こてんと頭を傾げながら言い直してくれたクロに笑みを向ける。


 「うん。すごく楽しみ!」


 にししと笑う私にクロが苦笑いをしている。何となくだけれど雰囲気でそう感じ取れた。

 

 『ジークとリンも楽しみ?』


 クロが護衛に付いていたジークとリンに声を掛けた。兄妹で顔を見合わせ、こちらへと向き直る。


 「俺は甘い物はあまり……」


 「兄さん、野菜の甘さも苦手なんだ。私は楽しみ」


 食べられるけれど好んでは食べないということだろう。リンはジークを見て苦笑いをしている。双子の兄妹だけれど味覚は違うようだ。多分、男女の差なのかな。女の人の方が甘いものが好きだから。


 『クエ』


 いつの間にか足元へとやって来ていた妖精さんが、皮つきのとうもろこしさんを差し出された。しゃがみ込んで受け取ると、違う妖精さんもこちらへやって来る。


 『シゴトクレ』


 『タネクレ』


 また例の台詞の大合唱である。なんでそんなに働き者なのだろうか。少しは休んでもらいたいので休まないのかと問いかけてみた。


 『シゴトクレ』


 『タネクレ』


 「……いや、偶には休もう」


 『畑の妖精だからね。夜になれば休むから心配は要らないよ』


 クロによると、畑の妖精さんたちにとって最も大切なものは魔素なのだそうだ。魔素がある限り、陽が出ていれば働き続ける運命の下にあるとかなんとか。嫌な宿命だなあと目を細めるけれど、畑の妖精さんたちにとってそれが当たり前なのだろう。今度、畑の近くで魔力を練ってみようかなあと考える。


 『ソフィーアが頭を抱えるから止めてあげて』


 「む……どうして心の内を……」


 『ナイは顔に出ているから分かり易いよ』


 クロの言葉にリンが頷き、ジークが苦笑いを浮かべてた。そんなに分かり易いのかな。ポーカーフェイスを習得するにはまだまだ先になりそう。取りあえず妖精さんに頂いたとうもろこしさんを塩茹でして貰おうと調理場へと足を向け。

 

 「甘い!!」


 ようやく、ようやくだ。甘いスイートコーンを口にする事が出来た。あとはバターコーンとポテトサラダと他思いつく限りのものを料理長さまに提案して、食べることが出来れば万々歳だ。

 自分で作ることも出来るけれど、料理長さまが作った方が確実に美味しいし、私が調理場に立つと良い顔をされないのだから。


 『幸せそうに食べるよねえ……』


 クロの言葉にジークとリンがうんうんと確り頷く。


 「ナイ」


 ひょっこりと調理場へ顔を出して私を呼んだ人は良く知る方で。


 「ソフィーアさま?」


 あれ、執務室で仕事を片すと言っていたのだけれど、どうしたのだろうか。

 

 「手紙だ。目を通してくれ」


 彼女は真面目な顔をして手渡してくれる。急ぎの用件なのだろう。でなければわざわざ私を探し出して、差し出したりはしないのだから。

 差出人を確認すると、聖王国の大聖女さまであるフィーネ・ミュラーさまからだった。聖王国も大変な時期を脱出して落ち着いてきたと手紙が届いたのが、つい最近だったというのに。一体何がと思いつつ、差し出されたペーパーナイフを受け取って丁寧に封を切るのだった。

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