第382話:大聖女さまからのお手紙。

 ――黒髪の聖女さまへ。


 綺麗な字で文頭はそう記され、定型文の挨拶が続き本題へと入る。フィーネさまの字は、私の字とは大違いだなあと苦笑をしながら調理場で読み進める。


 「ぶっ!」


 割とぶっちゃけ過ぎていることに驚いてむせてしまう。


 「な、おい、大丈夫か?」


 『ナイ、大丈夫?』


 「ごほっ、うっ。――だ、大丈夫です。ちょっと驚いて吹いただけで。お行儀が悪くてごめんなさい……」


 ソフィーアさまが背中を撫でてくれて、クロは肩から飛び立って私の目の前で滞空飛行をしている。

 目の前に丁度良い高さのテーブルがあるけれど、調理場のテーブルに降りるのは不味いと考えたようだ。ジークとリンも気遣ってくれるけれど、ソフィーアさまに先を越されてしまったのは護衛だから仕方ない。


 「何が書かれていたんだ?」


 言っても良いのか悪いのか。けれど手紙に記されていることは、誰かに知れ渡っても問題はないということで。


 「ヴァンディリアの第四王子殿下、いえ元第四王子殿下が聖王国へ修道士として送られたそうです」


 「…………そ、そうか。まあ、仕方がないといえば仕方ないのか」


 ソフィーアさまは私の言葉を聞いて、事態を咀嚼するのに少し時間が掛かったようだった。聖王国は大陸各国で問題を起こした王族やお貴族さまを預かるシステムを構築していたようだ。

 もちろんそれなりのお金を積んで、である。だからこそヴァンディリア王国は元殿下を修道士として送ったのだろう。受け入れることを拒否しなかったのは問題ないということだから。

 

 ただ大聖女さまは、前回の大掃除を終えた所に、また問題を起こしそうな人がやって来たと嘆いているそうな。どうやら亡くなられた殿下の母親である側妃さまと、大聖女であるフィーネさまのご尊顔が似ており、妙に懐かれてしまったというのだ。

 そりゃ、あんなの……――イケメン勘違い大立ち回り野郎に絡まれれば迷惑極まりないとは思う。でも、大聖女さまと一介の修道士では格の差があり過ぎるので、絡むことも難しい気がするのだが。何故だろうと疑問符を浮かべていると続きが書かれていた。


 『普段の生活は凄く真面目で、お祈りや信徒の方たちとの交流も卒なくこなしているんです』


 戒律の厳しい修道院へと送られたが、大聖女さまに再会することを目標に凄く真面目な修道士と化してしまったそうだ。

 一応、島流しの刑に処された元殿下なので身元は秘匿されている。それを知らない周りの修道士や修道女の方たちに応援されて、聖女さまたちが居る教会へと早々に戻ってきたらしい。うわあ……はた迷惑な、と本心が駄々洩れしそうになる。


 『懐かれるのは我慢できますが、度々平手打ちを望まれるのが困るんです』


 確かに大聖女さまがただの修道士に平手打ちを見舞わせてしまえば、一体どうしたのだと騒ぎになる。年齢も同じ美男美女が妙なプレイを楽しんでいるようにも見えてしまうだろうし。そりゃ困るのも仕方ない。

 ただ私にはどうにもできないことなので、聖王国の上層部の人たちに報告すれば引き離されるのは時間の問題であろう。普通の結論に達して、ふうと溜め息を零す。まだ続いている文字に目線を走らせた。


 「ぶへっ!」


 またしても妙なことが記されており、吹いてしまった。今度は誰も優しさを発揮してくれない。

 

 「またか。平気か?」


 ソフィーアさまは言葉だけを掛けてくれた。でも、なんだか視線が冷たいような。


 「はい」


 この文面をクロに知られる訳にはいかないなあ。ご意見番さまの知識を吸収しているし、記憶のようなものもある可能性だってある。話を聞けば、良い気はしないのは確実だ。


 「で、今度はなんだ?」


 ただ黙っていると、賢いクロは何かしらあると分かってしまうだろう。

 

 「大陸を見せしめ行脚している方が聖王国へ辿り着いたようですね。――反省はしていないそうです」


 当たり障りのない言葉で伝えてみた。


 『?』


 良かった。クロには話が通じなかったようだ。ソフィーアさまはアイツかという顔を浮かべているので、今の言葉で理解出来たのだろう。ジークとリンもあまり良い顔をしていないので、今の言葉で分かったようだ。


 「そうか。で、他には?」


 あ、気付いてくれたのかソフィーアさまが話題を変えてくれた。有難いなと感謝しつつ、急いで手紙の文字を追う。


 「この二人をどうしようかと頭を抱えているようですが、もう一つ。南東の国で隣の大陸からの奴隷が逃げて大変だとか」


 聖王国の南東隣にある国は奴隷制度が存在する。隣の大陸から買い付けた奴隷が扱いの悪さに辟易して逃げ出し、町や村で迷惑を被っているとか。しかし何故、大陸南部であるアルバトロスに住んでいる私に報告されるのだろうか。意味のない事を記すようなフィーネさまじゃないし、首を傾げる。


 「ああ、報告であった冒険者ギルド本部でお前に突っかかった者が所属している国だな」


 ソフィーアさまがさもありなんみたいな表情で言い切った。なんだか随分と昔に思えるが、冒険者ギルド本部へ赴いた際に広場で突っかかってきたあの人が居る国である。身分差が激しい国と聞いているので、奴隷の扱いも期待しない方が良いのだろう。確かにさもありなんだなあと目を細めた。

 これ、大陸南東部の国に買われた奴隷が、隣の大陸……ようするに帝国に窮状を訴えれば抗議くらいはされるんじゃなかろうか。最下級の奴隷とはいえ帝国の民である。奴隷なんて知らないと言われればそれまでだけれど、帝国の陛下が駄目だと言えば駄目だろうし。


 ま、大陸南東部なので関係ないかなと、手紙を読み終えるのだった。

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