第380話:大聖女さまのお仕事振り。

 ――ようやく落ち着いてきた。


 黒髪の聖女さまが聖王国へやって来たのは数ヶ月前。彼女が稼いだお金を聖王国の枢機卿が着服し、露見したことを切っ掛けにこちらへ逃げてきた彼を捕らえる為だった。

 件の枢機卿は教皇さまと旧知の仲だったようで、庇い立てした結果の末に教皇さま共々破滅の道を歩むことになった。七大聖家も形骸化している為、思い切ってなくしてしまおうとしている所。急に無くすのは無理があるから、時間を掛けてだけれど。七大聖家から教皇を選出するのを止め、全枢機卿さまから選挙によって選ぶことに変える。


 「フィーネ」


 「はい?」


 祈りを捧げていると先々代の教皇さまが私の下へやってくる。

 いつも穏やかな顔をした好々爺という言葉がぴったりなお方だというのに、今日は難しい顔を浮かべており何事だろうと立ち上がる。


 「ようやく、聖王国教会がまともに機能するようになってきたな。――」


 若い私に、大聖女でしかない私に苦労を掛けてしまって申し訳ないと謝って下さった。あの時あの場では私がああしていないと、黒髪の聖女さまは本気で聖王国を滅ぼしかねないと肝を冷やしてしまった。

 勢いで口にしたけれど大変な目にはあったけれど、考えながら正しい道を模索するのはやりがいもある。聖王国に停滞していた悪い空気を取り払おうと集まった人たちは、未熟な私に協力してくれて道を指し示してくれた。


 「いえ。みなさまの指導のお陰です。私は切っ掛けを掴み取ったに過ぎませんから」


 「フィーネが居なければ聖王国は亡国になっていた可能性もある。そしてアルバトロスの黒髪の聖女との縁を持っていることは強みだ」


 確かに強みだった。私の後ろには黒髪の聖女さまが控えていると恐れている方々が多くいる。実際にはお金の回収だけできればそれで良かったようで、手紙のやり取りだけで関わっていないけれど。

 手紙を出して暫くすると、あまり綺麗とは言い難い力強い字で書かれた手紙が届く。内容は無難なものだけれど、ちゃんと返してくれるのは律儀な方なのだろう。


 「そうだ、フィーネ」


 「はい?」


 「ヴァンディリア王国からやんごとなき方が修道士としてやってくる」


 先々代の教皇さまから聞かされた言葉に驚いて、私は言葉を紡ぐことが出来なかった。どうして乙女ゲーム二期ヒーローの一人が聖王国へ来るのだろうか。何かしらの理由はあるのだろうけれど、衝撃の事実を告げた彼から聞かされることはなく。


 「一度、顔合わせをしておきなさい」


 「はい」


 そう返事を返すしかなかった。そうして日にちが経ち、ヴァンディリア王国第四王子殿下……いや、元第四王子殿下との面会を果たすことになった。先々代の教皇さまの話では母国で何かを仕出かしたらしい。王族籍の剥奪と子供を残せないように魔術的処置を施されて聖王国へと送られたそうで。

 本当なら彼の母国の教会で修道士として過ごす予定だったそうだが、事情により聖王国で面倒をみることが決定したとのこと。もちろん慈善事業ではないので、それなりのモノがヴァンディリア王より齎されている。お金は無いよりあった方が良いので、聖王国は受け入れを決定したということだ。

 

 私に知らされていなかったのは、些末事と判断された故だろうか。ようやく落ち着いてきた所に、こんな話が舞い込むなんて。乙女ゲームなんてプレイするんじゃあなかったと溜息が零れそうになるけれど、逃げちゃ駄目だと自分を鼓舞する。護衛の方と共にとある部屋へと足を運んだ。


 「ごきげんよう、アレクセイさま」


 元の名前だと身バレする可能性があるからとアクセルからアレクセイへと改名されていた。椅子に座って視線を落とし床の一点を見ている。彼からの返事はないのだろうかと諦めかけたその時、一瞬だけ顔を上げたアレクセイさま。


 「……ああ。よろしく」


 そしてまた床の一点を見ているだけのアレクセイさまに、どんな声を掛ければ良いのだろうか。確かゲームの彼のルートは亡くなられた側妃さまを生き返らせるというとんでもない目的で、二期ヒロインへ接触を試みていた筈だ。

 特進科と普通科の壁を越えて、偶然に出会った彼とヒロイン。紆余曲折があってヴァンディリア王国へと向かって、側妃さまへ死者蘇生の儀式魔術を行うつもりがヒロインに諭されて目が覚めていたけれど。もしかして目が覚めていないままなのだろうか。側妃さまへ儀式魔術を執り行うには、かなりの魔力を使用するとされていた。

 

 ――まさか。


 黒髪の聖女さまを頼ったのだろうか。ゲームのアクセル王子殿下は白馬に乗った王子さまそのものだった。

 彼が彼女に興味を持って口説くとしたら、賛否両論だったあの口説き方を実行するのだろう。その口説き方は果たして黒髪の聖女さまの心がトキメクものであるかは……謎、というよりも凄く毛嫌いしそうである。

 

 「大聖女を務めております、フィーネ・ミューラーと申します。以後お見知りおきを」


 兎にも角にも挨拶なのだろうと自身の名前を口にした。そうしてチラリと視線だけを寄越したアレクセイさまが、目を見開いて私を見ている。一体何だろうと首を傾げたその瞬間、アレクセイさまが勢いよく椅子から立ち上がって私に両手を伸ばして近づいてくる。


 「何をっ!!」


 「ご自身の立場を分かっておられるのかっ!?」


 「大聖女さま、お下がりください!」


 彼のいきなりの行動は護衛の方によって阻止され、他の護衛の方によって距離を取る。


 「……母上っ! 母上っ!!」


 私をみてそう叫ぶアレクセイさま。母上って失礼な。貴方のような大きい子供を産んだ覚えはないのだけれど、と割と冷静な突っ込みを心の中で入れていた。

 

 「母上、何故答えてくれないのですっ! ようやく目覚めた母上にお会いできたと言うのにっ!!」


 ああ、この人は。死者に囚われたままなのか。ゲームで用意された壁を越えられないままで、ここまでやって来たのか。どうして抜け出せないのだろう。ちゃんと前さえ向いていれば、死者に囚われることなどなかっただろうに。

 アルバトロスへ赴いたというのならばゲームと状況は違うはずなのに、どうして目を覚ましていないのだ。ちゃんと前を見なきゃ、前に進むことなんて出来ないというのに……!


 「私は貴方のお母さまではありません!」

 

 護衛の方の手をやんわりと振りほどいてアレクセイさまへと近づいて、思いっきり右手を後ろへと回し彼の顔の頬を目掛けて勢いよくフルスイングさせる。


 ――ぱんっ!


 乾いた良い音が部屋の中へと鳴り響いた。ヴァンディリア王国の王族籍は抜けてあるのだ。ビンタ一発くらいは許してくれるだろう。そもそも未婚の女性に『母上』は凄く失礼である。

 

 「な……」


 叩かれた頬に手を当てて痛みを実感しているのだろうか。彼の綺麗に整った顔が歪み始めた。

 

 「母にも父にも殴られたことなんてないのに!」


 「知りませんっ! そもそも貴方と私は同い年です! 貴方のような大きな子供を産んだ覚えなど全くありませんからっ!」


 そもそも行為に及んだことがないのだし。まったくもって潔白である。叩かれた左頬を手で覆って涙目になっているアレクセイさま。

 ……あれ、さっきの台詞。そういえばゲームのシナリオも、ヒロインのアリアが彼へビンタをかましてから沼っていったんだっけか。でもゲームのように好感度なんて稼いでいないし、そもそも初対面。精神面は弱っているだろうが、私に惚れるなんてことはありえない。


 「……そうか。――いや、でも! 貴女は私の母上に似ていらっしゃる! 傍に居ることを許してくれないだろうか!?」


 そういえば側妃さまの立ち絵も何もなかったなあ。なんだか似ているだなんて変な感じ。ただここで同情してしまえば、以前の甘えたままで生きていた私と同じだ。だから……。


 「無理です。貴方は修道士として厳しい戒律を守り、日々を過ごしていくのですから。――では」


 確か聖王国内の厳しい修道院へ送られるとか言っていたはず。私が彼と会ったのは聖王国の大聖女として、ヴァンディリア王国への体面を保つためだ。

 ふうと息を吐いて部屋を出る。何か叫んでいるようだけれど、彼を助ける気など全くない。酷いと言われようとも、現実を見ておらず破滅した彼を救うことはもう出来ないのだから。


 「――おい、此処は何処だっ!」


 「聖王国だよ。お前も名前くらいは知っているだろう」


 「はっ、宗教国家じゃねーかよ! どーせ腐った連中がうじゃうじゃ居やがるんだろう? そんなヤツらなんて金と権力に汚いんだろうがよ! なら俺と変わらねーじゃねーか!!」


 耳が痛い言葉が届いたけれど、随分と一掃したつもり。これから先、腐る人も出てくる可能性は十分あるけれど、自浄作用があるならば十分に対処できる。中庭に面している廊下を歩きながら、声の聞こえた主が誰なのか護衛の方に聞いてみた。

 

 「彼は?」


 「確か、元冒険者の犯罪者だとか。見せしめに大陸各国を渡り歩いている最中だそうで。しかし……まあ品のないことで」


 同意ではあるけれど言葉にはせず黙ったまま、視線だけを横に向ける。銀髪の髪とオッドアイの瞳が特徴的な青年だった。若いと言うのに犯罪者に落ちているというのは悲しいことだと目を細め。


 「犯罪者といえば、大陸から買い付けた奴隷が逃げて罪を犯していると聞いております。聖王国ではあり得ないことですが、大聖女さまもお気を付けくださいませ」

 

 聖王国に奴隷制度は存在しないが、近隣国は導入している。隣の大陸の方たちは褐色の肌色で、こちらの大陸では珍しいから高く売れるのだろう。逃げ出すということは扱いが相当に悪かったのだろうか。嫌な話を聞いたなと、執務室へと戻って席に腰掛け溜め息を吐く。


 「落ち着いたと思ってたんだけれどなあ……」


 ぼそりと言葉が零れ、天井を見上げる。護衛の方たちは外に控えているので今は誰も居ないから問題ない。後に銀髪オッドアイの人の所業を聞き、頭を抱えることになるのは当然の事だった。


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