第374話:竜とスライム。

リンとアクロアイトさま、もといクロと一緒に階下の食堂へ向かう。途中、出会った使用人の方たちに頭を下げられるのだけれど、クロへと視線が向いていた。

 おそらく着替えの際に介添えの方が一人部屋から出て行ったので、侍従長さまか家宰さまに知らせに行ったのだろう。そうして話が広がっていき、普段よりも注目を浴びているようだ。


 「クロは人気者だ」


 廊下を歩きつつ、一匹と二人で話しながら移動する。リンと私だけなら無言でも何も感じない。側に居るだけで、無言でもなにも問題はないのだから。クロが喋れるようになったのだから沢山お喋りしたいので、話題をなんでも振ってみる。


 『竜って珍しいのかなあ……』


 亜人連合国だと結構な数の竜の皆さまがいらっしゃる。ご意見番さまが住処を提供したからこその結果だろうけれど、当事者のクロはその辺りのことは気にも止めていないようだ。


 「アルバトロスで見たことはなかったよ。ね、リン」


 王都に十五年住んでいるけれど、記憶にある限り見たことはない。討伐遠征に参加している時も、出くわしたことはなかった。魔物と接触したくらいで、魔獣はあの時が初めてだったし、竜さまや天馬さまに出会ったのはつい最近。


 「うん。亜人連合国へ行って初めてみた。希少だって聞いていたからびっくりした」


 竜の方に会ったのは亜人連合国が初めてだった。数が多い少ないの判断は出来ないけれど、リンが言ったとおり希少と聞いていたので、代表さまの背に乗って移動して竜の皆さまが集まった時は驚いたものだ。

 

 『昔より随分と減ったけれどね』


 何千、何万年前は空を見上げれば竜が飛んでいたとか。そりゃ数は少なくなっているなあと目を細める。

 辺境伯領の大木の下で子育てをしている竜が居るので、これからどれだけ増えるのか楽しみらしい。天馬さまたちもアルバトロスの魔素量が多い男爵領にて繁殖を試みるようなので、そちらも良いことだと嬉しそうに声にしていた。


 「おはよう、みんな。お待たせ」


 食堂に入って、席に座って待っていたみんなへ声を掛けると、三人が私へ視線をくれた。


 「おう、おはよーさん」


 「おはよう、ナイ」


 「おはよう。遅かったな」


 クレイグ、サフィール、ジークの順にそれぞれ返事をくれる。


 「ちょっと嬉しいことがあって。ね?」


 リンとクロへ視線を向けると二人とも頷いてくれ、男衆が不思議そうな顔をする。


 『おはよう。――やっぱり照れ臭いね』


 クロはそう言いながら、みんなから視線を外した。言葉通り、恥ずかしいらしい。


 「うお、喋ったぞ!」


 「え、嘘」


 「……」


 クレイグはストレートに驚き、サフィールは喋ったことが信じられないらしく、ジークは無言。それぞれがそれぞれの反応を見せてくれたけれど、もう少しクロに対して気づかいしてくれても良いのでは。

 

 「クロ、言いたい事があるんだよね?」


 『うん。えっとね、みんなの事をなんて呼べば良いかな?』


 こてんと首を傾げたクロは、三人へ問いかける。


 「俺はクレイグだな。あと、おはようさん」


 「おはよう。僕はサフィールかな」


 「俺はジークで構わない」


 私の肩からジークの頭の上に移動して、ばっと翼を広げて口を開いたクロ。


 『ボクのことはクロって呼んで貰えると嬉しいな。ナイが考えてくれたんだ。クレイグ、サフィール、ジーク、これからもよろしくね』


 クロの声に三人が確りと頷くと、ご飯の配膳が始まる。いつもの様にみんなと食事を摂ったのだけれど、最後に料理長さんからお祝いだと言われてデザートが出てきた。クロはデザートを食べないけれど、おめでたいことだと言って急遽作ってくれた。

 食堂に現れた料理長さんにお礼を伝えると、クロも私と一緒にお礼を告げる。クロにはエルフの里から贈られた果物を切ってくれていた。以前はカットした果物を投げてキャッチして遊んでいたけれど、これからは出来ないのかなあ。クロはお皿の上に鎮座している果物を美味しそうに食べている。少し寂しいけれど、成長した証だから仕方のないことなのか。

 

 デザートを食べ終わり、学院へと向かう馬車の中。前日とは違って話し相手がいるということは有難いことで。

 

 「学院までの時間が退屈だったけれど、今日から楽しい時間になりそう」


 今まで馬車の中は誰も居ないし、暇だったのだ。時々ソフィーアさまやセレスティアさまが私の相手を務めてくれていたけれど、これからはクロが馬車に乗る度に相手を務めてくれるだろう。

 

 『ボクがナイの話し相手になれば良いんだよね』

 

 その瞬間、影の中からロゼさんがひゅばっと出てきて馬車の床板にぽよんと小さく跳ねたあと、またぽよんと身体を揺らして独特な丸い形が安定した。


 『ロゼがマスターの話を聞く』


 ロゼさん、今まで興味の対象は知識系の本だったけれど、クロが喋ったことによって何かしら別の感情でも生まれたのだろうか。丸い身体を少し上に引き上げて、私の話を聞くと言い始めた。


 『話を聞くだけで済むなら簡単だよ。ナイの話し相手にならないと。――スライムの癖に生意気だ』


 初手の邂逅がアレだった所為か、クロが攻撃的。何だか意外だと見つめていると、ロゼさんもクロに対して思うことがあるらしい。


 『竜の癖に小さい。――オマエ、なんで喋れるようになった』


 あ、ロゼさんが核心的な所を突いた。クロはかなり流暢に喋っている。ご意見番さまの知識が関係しているのだろうけれど、それならそれで最初から喋れた気がするし。ロゼさんと私がクロを見る。む、と目を細めて私たちの視線から目を逸らした。


 『スライムに説明する気はないけれど、ナイには話しておくよ。――』


 ロゼさんの名前を頑なに呼ばないクロに苦笑を漏らしつつ耳を傾ける。卵から孵った当初、クロの意識は朧げなものだったそうだ。ご意見番さまの知識が頭の中へ大量に流れてくるので、そちらの処理に専念していたとのこと。

 知識を受け入れる為に頭のリソースを使っており、外側のことは疎かになっていたと。知識の受け入れが完了し喋ろうとした時は、クロが喋ることが出来ないと周りのみんなに思われていたし、言葉のやり取りが念話なので人間の波長に合わせるのが大変だった。

 エルと普通に会話していたから、言葉は誰とでも交わせるのだろう。話し始める切っ掛けを探りつつ、タイミングが掴めないまま昨日まで過ごしたとのことで。


 『代表のことを笑えないね』


 肩に乗っているクロが顔を下へと下げる。何か思うことがあるらしい。


 「でも良かったよ。このまま喋ることが出来なかったかもしれないんだし。ロゼさんもクロも仲良くしてね」


 クロが勇気を出さなければ、まだしばらく喋ることはなかった筈なのだから責める訳にもいかない。ロゼさんが馬車の床から椅子へと移動して、私の隣へやって来た。肩に乗っているクロがむっとしつつも何も言わなかった。


 『やっぱり、竜の癖に小さい奴だ』


 『スライムの癖に態度がデカいなあ』


 お互いに喧嘩腰である。呆れ笑いを浮かべていると学院がほど近くなる。


 「ねえ、クロ」


 『うん?』


 「ちょっとだけ……これから少し騒がしくなるかも」


 馬車がゆっくりと止まって学院へ着いたことを知らせた。大フィーバーしそうな方の顔を思い浮かべ、肩の上で首を傾げているクロに断りを入れ。亜人連合国のみなさまにも連絡を入れなければと、心に刻み込むのだった。

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