第371話:おやすみ。

 アリアさまからの相談は、即教会や国へ報告し、問題提起された。


 名が売れたことに対する周囲への牽制や配慮、爵位の低い聖女さまにたいしては後ろ盾を付けようということに。

 教会の方も何かしら対策を考えるとのことだけれど、いろいろとあったこともあり難儀しているようで。聖女の扱いを国と教会両方でやるか、国の障壁維持に関わる聖女を国預かりにすべきかもしれないとか考えているようだ。


 学院に通いつつ教会の枢機卿さまの候補選定や男爵領の視察に子爵邸の家庭菜園の様子を見てみたり。辺境伯領の小竜さまが子爵邸にやって来てアクロアイトさまと戯れたり、ロゼさんがついに上級威力の魔術を放ったり。

 教会の礼拝へ参加したりしていると、もうすぐ冬休みとなる。期末試験も近いので勉強時間を多く取りつつ、日常生活を送っている。一学期や長期休暇に二学期中頃までに比べると随分と穏やかな時間が流れている。


 家庭菜園の畑の妖精さんたちによる、収穫時期をガン無視した野菜の実りは毎度豊作である。大陸各国から集めたとうもろこしさんを乾燥させたあと、種として彼らへ渡すと嬉々として土へ撒き芽を出していた。

 本当に自然条件や育成条件とかを無視しているけれど、魔力や妖精さんたちの魔法のお陰らしい。そして実がなると大量に収穫されて子爵邸の食事に出されたり、働いている人たちにおすそ分けしたり、公爵さまや辺境伯さまへのお土産として渡している。


 甘いとうもろこしさんも無事にみつけたけれど、実が小さいものだった。もっとサイズが大きくならないだろうかと、色んな種を撒いて人工受粉させて交雑種を作っている最中である。

 上手くいくと良いと願っていると、何故か妖精さんたちに指示されたので、スイートコーンが誕生する日は近いかもしれない。ポップコーンの原料である爆裂種もあるので、少し前に試して鍋へと放り込んでみた。

 パンパンと音が鳴って調理場の人たちが驚いていたけれど、塩で味付けした単純なものだけれど美味しかったなあ。あとはアレンジでカラメルとかを絡めたり、チョコレートをコーティングして楽しみたい所。

 

 ギド殿下から頂いたお芋さんも無事に何度か収穫し、殿下へ差し入れをすると凄く喜ばれていた。食べた感想を頂いたり、いくらかのお芋さんを母国に送って育ててみるとか。


 リーム王国でひっそりと暮らしている聖樹さまも順調に育ち、聖樹の妖精さんも元気とのことで。農業について困ったことがあれば王家の聖樹脱却派の信頼のおける方を派遣して、相談を受けているらしい。


 アルバトロスもアルバトロスでバーコーツ公爵が仕出かした奴隷問題が尾を引いているようだ。他にも奴隷を買っている人が居ないか調査と保護した人たちの扱いに難儀しているようで。このまま引き取り手が居ないなら、名乗り出るべきかとも考えている。

 アルバトロスの常識や生活の基礎を学び、余裕があれば知識を身に着け、農業を行いながら生活をする。贅沢は出来ないかもしれないが、自由である。ただ、自由も難しいものだけれど。

 

 「リーム王国も大変そうだけれど、頑張っているみたいだね」


 就寝前、子爵邸の部屋。私とアクロアイトさまだけ。


 ベッドの上に寝転がって独り言を呟くと一緒にベッドの上に居たアクロアイトさまが首を傾げて言葉を理解しようとしているようだった。ロゼさんは子爵邸に居る時は図書室に引き籠っている。魔術系の本は読破した為に今度は人体に関することを記している本を読んでいるらしい。

 読む本がそろそろ尽きるはずなのだけれど、何故かどこかしらから湧いて出てくる。おそらくそれは妖精さんの仕業。


 時折『ハインツが貸してくれた』とも言っているので、副団長さまとの仲も相変わらず。借りパクは駄目だよと私が告げると『読み終わったらハインツにちゃんと返す』と言っていたので、借りっぱなしの心配はしなくても大丈夫だろう。

 妖精さんがかっぱらってきた本は私がエルフのお姉さんズを通じて亜人連合国のエルフの街へ返却して頂いている。時折、ドワーフさんの技術系の本も寄越してくるので、ドワーフの人たちにも謝りに行ったところだ。妖精がやったことなら仕方ないと、笑って許してくれたから良かったけれど。

 

 寝転がったまま右腕を投げ出すと、アクロアイトさまが投げ出した腕に顎を乗せて私と同じように寝転がった。

 

 「いつ、喋れるようになるのかな?」


 私が生きている間に喋ってくれると良いけれど。ふふふと笑って右腕を伸ばしたまま側臥位になってアクロアイトさまを見る。きょとんとした様子のアクロアイトさまに左腕を伸ばして頭を撫でた。手を受けいれて安心しきった様子で、撫でられるままに撫でられているアクロアイトさま。

 

 「急いでも仕方ないよね。生きる時間が全く違うから」


 せめて私が死ぬより前に喋って欲しいと願う。この世から居なくなった後に喋りはじめたなんて知れば悲しいし、その時は化けて出て来るかも知れない。

 

 「ルカが喋るのが先かも……どっちが先になるだろうね?」


 このままだとルカの方が先に喋りそうだ。ルカはエルとジョセの子供だし、凄く丁寧な言葉使いで喋っていそう。アクロアイトさまが喋るようになれば、どんな言葉を使うのだろうか。ご意見番さまの生まれ変わりだし、お爺ちゃんみたいな年季を感じる喋り方。

 ああでも、子供らしくたどたどしいのだろうか。男の子みたいな喋り方だろうか、それとも女の子。方言を使って喋るのもアリかもなあ。

 ロゼさんに対抗心を燃やしているようだし、嫉妬や妬みだって立派な感情である。亜人連合国ではなくアルバトロス王国で生活しているから、少し心配な面もあるけれど。辺境伯領で子育てしている竜の方が時折やってくるようになったし、竜についての文化も確りと学んでいると思いたい。


 「ちょっと眠い」


 アクロアイトさまと私だけの時はこうしてなるべく喋るようにしている。もしかしたら言葉を早く覚えてくれるかもしれないし、喋ってくれるかもしれないと期待を込めて。ロゼさんに対抗心を燃やしているので、アクロアイトさまには悪いがその様子は微笑ましい。

 

 「…………」


 左手で頭や身体、翼の付け根を撫でていると少し体を起こし、器用に体を動かしてベッドの上を移動して私の腕の付け根までやってきた。こてんと顔を置いて目を細めるアクロアイトさまを見て、ベッドの掛け布団を引き寄せると自然と目は閉じられていた。


 『ナイ~、おやすみ』


 中性的な声が耳に届いて目を開けようとするけれど、何故だか眠気に抗えない。アクロアイトさまを撫でていた左手が身体から滑り落ちた感覚と、私の顔に何かが何度も触れる。この感触は最近よく感じるもので、よく知っているもの。気持ち良いから目を開けることが億劫になり、そのまま目を閉じるのだった。



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