第370話:増えてる。

 エルがこちらへ顔を出した後、ジョセとルカもやって来た。天馬さまも珍しいけれど、黒い天馬となると更に珍しい。まだ近くに寄って来てはいないが、アリアさまとツェツィーリアさまにイルフリーデさまのテンションが滅茶苦茶上がって、女性三人で盛り上がっていた。『可愛いですね!』『ええ、とても』『まだ小さいですね』とかいろいろ。そうしてはっきりと姿を捉えると、さらに驚いた顔をしている。

そりゃ翼が四枚生えているとなれば、驚くよねとしみじみアリアさまたちを私は見つめていた。


 「翼が……」


 「……何故」


 「六枚!?」


 え、あれ? ろ、く、ま、い……だってぇ……。顔を窓の外に思いっきり向けると、ジョセとルカが随分と近くへ寄って来ていた。何故、翼が増えているのだろうか。数日前までは四枚であったはず。

 どうしてこんな事態になっているのか。そして他国の王族の方がいらっしゃっている時に、こんなことが発覚するのか。ツェツィーリアさまから速攻アルバトロス王国へ報告される筈だ。妹さんの傷跡が無事に消えたことだし、ことのついでに記されるのだろう。

 黒天馬さまが産まれ、翼が四枚だということは知られているのだ。今更翼が二枚増えた所で誰も驚きやしない、多分。いろんなことが起こり過ぎて驚くことが沢山あるけれど、驚き慣れてきた気がする。


 『ええ、聖女さまのお蔭でしょう。――仔に名を付けて頂いたことで、天馬としての格が上がったようで』


 エルが驚いている三人衆に答えを教えてくれたけれど、名付けで格が上がるってどうなのだろう。自分の口がひくひくしているのを感じつつ、壁際に控えている例のお二人に視線を向ける。

 口の端を歪な形にして、必死に普通の顔を取り繕っているソフィーアさまとニッコニコ顔のセレスティアさま。ジークは『またか』という感じで、リンは『可愛いから別に良し』みたいな感じ。子爵邸の護衛任務に就いている方々も『ああ、またか』という雰囲気をひしひしと感じる。みんな不可思議現象に慣れてしまったのだろうか。せめて驚くくらいはして欲しかった。


 「ナイさま、凄いです!」


 凄くない。単純に私の魔力に影響されているだけで、私自身は何も凄くないのだから。アリアさまはエルとジョセに天馬の生態でも聞いて男爵領へ情報を渡した方が良いのではないだろうか。

 でもツェツィーリアさまやイルフリーデさまがいらっしゃるし、止めておいた方が無難かもしれない。男爵領で天馬さまが居付く可能性があると広く知られるのは不味そう。

 

 「ありがとうございます。――いつでもいらっしゃって下されば、彼らに会えますよ」


 褒められているのかどうか分からないアリアさまの言葉に適当に返しつつ、また屋敷に来て天馬について聞いて貰えば良いだろう。ツェツィーリアさまやイルフリーデさまにも顔を向け頷いておいた。

 イルフリーデさまは国へ戻ってしまうが、ツェツィーリアさまはアルバトロスに居るのだから彼らを見たいのならばいつでも来れば良いのだし。アポさえ取ってくれれば、子爵邸に出入りすることは可能なのだから。


 すごく嬉しそうな顔を浮かべるアリアさまと、困ったような何とも言えないような顔をしたツェツィーリアさまとイルフリーデさま。お二人はやるべきことが沢山あるだろうから立場上難しいのだろう。ままならないなあと片眉を上げるが、どうにもならないのだから本当に仕方ないことだ。


 「アリアさま、ナイさま、本日は本当にありがとうございました」


 「これで私も心置きなく国の為に尽くすことができます」


 王女さま二人が頭を下げた。――生まれ落ちた場所で人生が決まる、かあ。王族という使命を背負った方々を近くで見ることが幸運にもできたけれど、お城から出ることも中々叶わず暮らしているし、仕事も大変なものが多い。

 誰かの命を簡単に奪うことが出来れば、誰かの命を守ることも容易い。発言一つで国の未来が決まることだってあるだろう。そう考えれば私はまだ自由であるのかもしれない。

 

 「ちゃんと綺麗に治って本当に良かったです!」


 王族の治療という大役をやり遂げたアリアさまが、明るい顔を浮かべながら頭を下げたので、私も一緒に頭を下げる。そうしてお二人やマグデレーベン王国のみなさまと、アルバトロス側の護衛の方々や副団長さまが地下の転移魔術陣を施している部屋へと向かい王城へと戻って行った。


 ふうと息を吐く。なにも起こらずに治癒依頼を終えることが出来て良かった。アリアさまも私の横で安堵の息を吐いている。


 「大役お疲れさまでした。――アリアさまも聖女として皆さまに認められるようになりますね」

 

 王族の方の傷を癒したのだ。怪我を負って傷が残っているご令嬢が居れば、指名依頼が増える可能性だってある。フライハイト男爵領の現状を変えたいようだし、お金はいくらあっても困らない。有名になると大変な事も多くなるけれど、お金の実入りは確実に良くなるから。

 

 「そう、でしょうか……」


 私の言葉に対して、珍しく影を落とすアリアさま。いつも笑顔を絶やさない彼女が珍しい。


 「何かありましたか?」


 「えっと……――」


 少し言い辛そうに最近起こった出来事を話してくれるアリアさま。


 私や侯爵家の聖女さまであるロザリンデさまと縁を持った彼女に目を向ける人が多くなり、実家に縁談の話が舞い込んできたり、学院で男子生徒から声を掛けられることが多くなったそうだ。

 まだ実力行使には出られていないけれど、お貴族さまであればいつか強硬手段に出る場合もあるだろうと。

 吹けば飛ぶような男爵家では他家からの話を断り辛いし、アリアさまも学院で男子生徒に絡まれるのは困るとのこと。名前が売れるってこういう事になるんだと、今更ながら思い知る。


 「アリアさまはどうしたいのですか?」


 彼女に上昇志向があるのならば、良い婚約相手を見つけて嫁入りすることは悪い話じゃないだろうけれど。

 失礼な話ではあるがアリアさまはお貴族さま的な婚姻を望んでないようにみえるし、強硬的な見合い話は困るのだろう。でなければ私にこんな態度はとらないだろから。


 「聖女として働いてお給金を頂き、実家を盛り立てたいです! 貴族の女性としての発言ではないのかもしれませんが、あまり婚姻に興味はないですし……」


 しかし何か手を打たないと彼女の下にはその手の話が舞い込むばかりではないだろうか。私は国や公爵さまに辺境伯さまが盾になってくれているけれど。教会と王国で聖女の扱いをキチンと話し合うべきだろうか。名が売れて厄介ごとが起きると、聖女の仕事が嫌になる人だって出て来るだろうし。


 「では教会と国へ相談しましょう。名前が売れ始めた聖女さまに無理矢理手を出す不届き者がいると知れば、対策を練って頂けるはずです」


 「本当ですか!?」


 アリアさまも王国の防御魔術に魔力を補填している方の一人なのだから、問題提起してくれるはずである。 

 私も報告書で話を通せば、どうにかしてくれるはずだし。緊張しつつも王族相手に施術を頑張った彼女に、ささやかなお礼のようなものだなと地下室から一階の廊下へと出るのだった。

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