第369話:窓際にて。
アリアさまが施した術は完璧だった。ツェツィーリアさまの妹王女であるイルフリーデさまの足に残っていた火傷の跡は綺麗に消えていたのだから。魔力不足で脱力していたアリアさまへ魔力を渡すと、意識は確りしてきたようで安心した所。
「黒い馬?」
「え?」
アリアさまが窓の外を見てぼそりと零した言葉に窓の外を見る。陽が沈むあの独特な赤色の空を、黒天馬さまであるルカが空を翔けていた。
「ルカが飛んだ……!」
少し前、生まれたばかりで足元が覚束ない様子でジョセのおっぱいを飲んでいたあのルカが。子爵邸の庭を駆けまわって、ぼてっと転んでいたあのルカが。エルやジョセのようにまだ喋れないあのルカが。
「……良かった」
本当に。天馬さまがどのくらいの時期に飛べるようになるのかは知らないけれど、四枚羽のルカだしちゃんと飛べるのか心配していたから。
「あの、ナイさま?」
アリアさまの声に意識が戻された。そうだった。今はツェツィーリアさまの妹さんの治癒を施した所だから、後にしないと。流石に部屋を出て庭に行くわけにはいかないだろう。
「黒髪の聖女さま、あの……不躾な質問で申し訳ありませんが、空を飛んでいるのは天馬でしょうか?」
「はい。邸に居付いた天馬さまですね」
ツェツィーリアさまの問いに答える。アルバトロス王国には報告しているので彼女も知っていそうだけれど、知らなかったのか。
まだ他国の王女さまだからだろうか。おいおい知ることとなるだろうし、隠している訳でもないから問題ないけれど。マグデレーベン側の皆さまも驚いた顔を浮かべているけれど、他国ということもあって口には出さない。
「王都で天馬を見ることができるなんて……」
感慨深そうにツェツィーリアさま窓の外を見ていると、彼女の妹さんであるイルフリーデさまが横に並ぶ。
「あ、あの!」
「はい?」
イルフリーデさまが胸に手を当てて私に声を掛けた。服は既に身に纏っており、ドレス姿がとても似合っている。うーん、年下だというのに身長が抜かれているのはこれ如何に。やはり私はチビだよなと、思い知らされた。
「こちらの窓から見ても良いでしょうか?」
「もちろん、構いませんよ」
窓から見るだけなら問題は何もない。興味深そうに、そして嬉しそうにイルフリーデさまが窓へと近づいて、空を見上げる。
「ナイさま、私も良いでしょうか?」
アリアさまも男爵領以来なのだろう。彼女は基本、王都で過ごしているので男爵領に顔を出した他の天馬さまのことなんて知らないだろうし。
「勿論です。――というかこちらに来てもらうことも可能ですが」
エルとジョセなら王族の方の相手も務められるだろう。ただジョセはルカの面倒を見なければならないので、こちらへ呼ぶのはエルだけだなと判断する。窓を開けて顔を覗かせると、目敏くエルとジョセが私を見つけた。離れているのによく分かるなあと笑うと、エルがこちらへ足を向けて空を蹴る。
『聖女さま、なにかご用事でも?』
「用事って訳じゃないけれど、エルとジョセにルカに興味があるって」
『おや、それはそれは。――お嬢さま方、天馬のギャブリエルと申します。以後お見知りおきを。そちらの方は以前にお会いいたしましたね。お久しぶりです』
エルがみんなの方を見て、自己紹介をして軽く首を下げた。本当に紳士である。ジョセも物腰は柔らかいし、ルカも成長したら二頭みたいに育つのだろうか。強い個体だからモテモテになるみたいだけれど、イキりハーレム主みたいにはならないで欲しい。天馬は番を決めるのであり得ないが、ルカは特殊個体である。どうなるか分からない。
「ご丁寧にありがとうございます。マグデレーベン王国第一王女、ツェツィーリア・マグデレーベンと申します」
「同じく第二王女、イルフリーデ・マグデレーベンと申します。天馬さまに出会えて光栄です」
お二人とも綺麗なカーテシーをしてエルに頭を下げた。良いのかな、一国の王女さまたちが天馬さまに頭を下げて。でもまあ、問題があるなら人前で頭を下げたりしないだろう。アリアさまも再度、エルへ頭を下げていた。
天馬は希少種となるので、こうして出会うことは一生に一度あるかないか。というよりほぼ会う可能性はないらしい。
竜とも出会うことはほぼないらしいのだけれど、出会いまくっているよね私たち。数奇な運命というよりも、魔力量の多さが原因ではないだろうか。アルバトロス王国は他国よりも魔素量が多いと聞くし、そういう方たちを寄せ付けやすいのだろう。
アクロアイトさまが私の肩から飛び去って、エルの頭の上に乗って翼を広げて一鳴きした。どうやら、アクロアイトさまも挨拶をしたかったようだ。
『おや。幼竜さまも"よろしく"と言っておりますよ』
アクロアイトさまは案外八方美人なのだろうか。それとも美人には弱いのか。エルの通訳が切っ掛けで、三人がアクロアイトさまに自己紹介を始めた。お三方が挨拶を終えると、また一鳴きしてエルの頭から私の肩へと戻って、顔を顔へ擦り付ける。どうやら満足したらしいので、私もアクロアイトさまの頭を撫でておく。
「聖女さまは生き物に好かれているのですね」
ツェツィーリアが微笑みを浮かべてそう言った。どうなのだろうか。好きか嫌いかで問われると好きだし、嫌われるよりも好かれている方がそりゃいいけれど。
「偶然です」
こうして竜や天馬さまが傍に居るのは単純に運が良かっただけだ。浄化儀式だって、私が居なくとも聖女さまたちを集めれば出来たことだろうし。
「――うわっ!」
アクロアイトさまがかなり大きい鳴き声を私の耳元で上げた。珍しいこともあるものだと驚いていると、ソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンから妙な視線を頂く。一体何だろうと首を傾げるけれど思い当たることが全くない。
『聖女さまにしか出来ないと仰っていますが……』
エルが微妙な顔をして私を見ている。エルはアクロアイトさまのことをご意見番さまの生まれ変わりと知っているけれど、詳しく語ると私の恥ずかしい過去が赤裸々になってしまう。
私が全裸になったことや、あんなことやこんなことを話さなければならない為、余計なことは言わないほうが賢明だ。他国の王女さまに全裸聖女とか思われたくないし。あれ、でも他国でも儀式魔術を執り行う際は全裸の筈だから恥ずかしがらなくても良いのかな。なんだか訳が分からなくなってきたので、考えることを止めてしまおう。深く考えない方が良い気がしてきた。
「なんで怒っているんだろう」
苦笑いを浮かべてアクロアイトさまの頭を撫でるとフスーと息を吐いて、肩を足踏みしながら翼をパタパタさせている。相当にご立腹かなと肩から腕の中へ移動して頂くと、脇の下にぼすっと顔を突っ込んだ。それを見たツェツィーリアさまとイルフリーデさまとアリアさまは笑っている。
『どうやら拗ねられたようですね』
「……機嫌直して欲しいけれど」
アクロアイトさまとエルと私のやり取りを静かに見ていたお三方がくすくすと笑い始めた。とりあえずお茶にしましょうとその場を濁し、今日のお礼やこれからのことを話し合う私たちだった。
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