第368話:テンパるアリア。

  ――成功して本当に良かったぁ……!


 私に突然舞い降りた指名依頼は、マグデレーベン王国の王女さまの傷跡を消して欲しいというものでした。教会の方やアルバトロス王国からの使いの方から詳しい話を聞くと、本当はナイお姉さまへの依頼の筈だったとのこと。

 ナイお姉さまは怪我を癒すことが出来ても残った傷までは治せないと、アルバトロス王国第一王子殿下の婚約者さまでいらっしゃるツェツィーリア・マグデレーベンさまにはっきりと仰ったそうです。その流れで私を王女さまへ紹介してくださったとのこと。


 ナイお姉さまはちゃんと私を見ていてくださったのだと嬉しかったと同時、王族の方へ術を施すという重圧で心が潰れてしまいそうでした。

 教会や国の皆さまは私が駄目ならば別の者を選定し、傷を負った王女殿下へ再度術を施せば良いだけと仰ってくださいましたが、そう何度も失敗できるわけがありません。他国の王族の方なのですから、アルバトロス王国の聖女としての面子もあります。

 

 ナイお姉さまからの推薦だから大丈夫。

 

 よく見ていて下さったと感心します。大規模討伐遠征では怪我人が多く出て、聖女である私たちは必死で治癒を施していましたし、治癒院でも同様に忙しいのですから。ナイお姉さまが疲れている所をほとんど見たことはありません。討伐遠征の際に浄化儀式を執り行った時くらいでしょうか。

 治癒院では来られた方々の治癒を手際よく施し、一言二言患者さん方と喋ったあとに次の方へと移っていました。そんな中で、私が怪我を治し傷も治していたことを知っていてくださったことは本当に嬉しい限りです。


 聖女として見いだされ魔術を習い始めた頃、先生役のシスターさんに告げられました。


 『綺麗に傷跡まで治せる方は珍しいですね。――きっとそれは貴女の武器になりましょう』


 その時の私はシスターさんの言っている意味がよく分かりませんでした。治癒魔術を施せば、怪我も傷も病気も綺麗に治るものだと思い込んでいましたから。それは無知な私の勘違いで、個人の適性や資質によるとシスターさんから教えて頂いたのです。


 しかし今回、王族の方の傷を治すと依頼を受けたあと貴族のみなさまの間で私の噂が流れています。学院でもクラスや廊下での視線が刺さって大変。

 私の実家であるフライハイト男爵領で魔石の鉱脈が見つかったことは事実として、みなさんが知っている情報でした。王国や有力貴族の方々が管理することになったと知れ渡ると、直ぐに噂は沈静化していきました。

 おそらく自分たちの家が関わることは出来ないと悟ったからでしょう。私も曲がりなりにも貴族出身者ですから、お零れに預かりたいとかお金になる話だから、どうにか一枚噛みたいという気持ちは理解出来ました。フライハイト男爵である父には、貧乏から脱出する良い機会だと説得したこともあります。

 

 父は最初乗り気ではありませんでしたが、継嗣である兄と一緒に薬草畑に力を入れるとのことでした。魔石の鉱脈は、ただの男爵家が取り扱えるものではないと権利を王国へ譲渡しました。

 ただ土地の所有者として、利益の一部は頂くことが出来るそうです。これで領のみんなが貧乏から脱出する準備が整いました。あとは私もフライハイト男爵領の為に、聖女として働いてお金を稼がないといけません。

 聖女の癖にお金に汚いと言われる可能性もありますが、ちゃんと教会や国が定めた掟を守った上での行動ならば問題はないのですから。


 そして今回私に突然舞い降りた指名依頼。


 国内の貴族の方ならばこんなに緊張していないかもしれません。初めての指名依頼が国外の、しかも王族の方だなんて。ナイお姉さまのお陰でアルバトロスの聖女は質が高いと、国外では専らの噂だそうで。

 嬉しいですが、緊張に押しつぶされそうになってナイお姉さまに手紙を出して縋ってしまいました。

 

 すげなく断られることも覚悟をしていましたが、お姉さまは学院のサロンでお話をしようと仰ってくださり。それと同時にツェツィーリアさまからも、事前にお会いして話がしたいと手紙が舞い込んできました。


 ――同日の同時刻に。


 どうしようと迷っていると当日を迎えてしまい、学院のサロンで私が一生懸命に頭を下げるとお二人は笑って許してくださったのです。お忙しい方々だというのに私を気遣ってくれているのは凄く伝わりました。そしてお二人ともお優しい方で、私は決意しました。


 ツェツィーリアさまの妹王女であるイルフリーデさまの傷を必ず治してみせると。


 心に決めると不安な気持ちはどこかへ飛んで行きました。ツェツィーリアさまに妹王女さまの傷の状態を聞いたり、容体を確かめたり。聞けることは全て聞き出して、どれが適した治癒魔術なのか算段していきます。

 

 一つ気になることが、王城で治癒を行うことになるのが気がかりでした。王族の方が住まうお城に一介の男爵家の者が赴いても良い物なのか。謁見の間まで足を運んだことはありますが、アレはお姉さま会いたさで浮かれて緊張なんてどこかへ消えていましたから。

 他の貴族の方に何か言われるのではないか。考え始めるとキリがありません。どうしようと私が零すとナイお姉さまが、提案なさって下さいました。


 『城の立ち入り禁止区域が苦手なら、私の屋敷か亜人連合国の領事館を借りるという手もありますが……』


 そう仰ったのです。ナイお姉さまが貴族としてお屋敷に移り住んでから、最近ある噂が流れています。天馬さまが子爵邸に住み着いたと聞いたり、光る玉が時々飛んでいるとか、お屋敷で働く方たちの賄いが凄く美味しいとか。


 そうした噂も聞きますが、私はナイお姉さまが大好きです。お優しくて、いつも聖女たらんお姿に憧れています。お姉さまに少しでも近づきたいと願うのは、何かおかしいことでしょうか。いえ、間違いなんてありません。正しい気持ちです。


 ですから私は直ぐにお姉さまの言葉に飛びつきました。ツェツィーリアさまも同様でした。王女さまの後押しがあれば、お姉さまのお屋敷がどんな所か伺える! 最近学院で会うことはできますが、話しかけることは中々難しいのですから、チャンスは逃しません。


 ツェツィーリアさまの後押しもあり、お姉さまのお屋敷で術を施すことになりました!


 気合がさらに滾ります。話が纏まったあと三人でお喋りをしましたが、本当に優しく穏やかなお二人で。学院から教会宿舎へ戻っても治癒関連の書物を漁って調べ尽くしました。――そして当日。


 迎えの馬車が宿舎の前へ停まって、私の護衛騎士さんのエスコートにより馬車の中へと乗り込みます。

 ふと目に入ったお馬さんが凄く立派でした。領地で田畑を耕すお馬さんとは全然違います。子爵家の家紋が入った立派な馬車は、当主であるお姉さまも使ったことがあるのでしょう。なんとなくお姉さまの魔力の残りを感じ取ることが出来ました。

 

 馬車に乗ること暫く、ようやくミナーヴァ子爵邸前まで辿り着きます。正門を潜ると、整備された立派な庭園が目を引きます。

 馬車回に止まって馬車から降りると、ナイお姉さま方がお迎えに来てくださっていました。恐縮しながら歓待を受けて応接室へ案内されます。出されたお茶は珍しいもののようで、不思議な味がします。


 『エルフの方が分けてくださったお茶です。気分が落ち着くそうですよ』

 

 緊張している私を気遣ってくれたのでしょう。私を見ながらナイお姉さまは微笑んで下さいました。時間が訪れ王女さま方を迎えに行きます。転移魔術陣に姿を現したのはツェツィーリアさまにイルフリーデさま。そしてマグデレーベン王国の方々にアルバトロスの護衛の方々。


 ここから先は緊張であまり覚えていませんが、イルフリーデさまの足に残っていた傷が綺麗に治っていました。

 ちゃんと私は治癒をほどこせたようですし、ツェツィーリアさまもイルフリーデさまもマグデレーベンの方々の皆さまが喜びに満ち溢れています。魔力の使い過ぎで意識が遠のいていく中、聖女になって良かったと初めて思えたかもしれません。


 『アリアさま、手を』


 ナイお姉さまの言葉が聞こえます。無意識に返事をして手を伸ばすと、お姉さまの魔力が私の体の中へと流れ込んでくるのが分かりました。

 とても暖かく心地が良い。おそらくですがお姉さまの魔力は親和性が高いか、私の魔力との相性が良かったのかのどちらか。でなければ、こうして魔力が戻ることなんてありませんから。


 ――朦朧としていた意識が引き上げられました。


 ナイお姉さまの顔をはっきりと捉えると大役お疲れさまでしたと声を掛けて頂き、安堵の笑みを浮かべて、陽が落ちかけている茜色の空を見上げます。


 「黒い馬?」


 小さな黒いお馬さんが茜色の空を背景に空を飛んでいて、つい声が零れてしまいました。黒いお馬さんの後を天馬さまが二頭後を追いかけています。


 「え?」


 ナイお姉さまが窓の外を見上げ、ずっと静かに彼女の肩に乗っていた幼竜さまが一つ鳴いて。


 「ルカが飛んだ……!」


 目を見開いて窓へと近づいて行くナイお姉さま。ヴァイセンベルク辺境伯嬢さまが、バシンと鉄扇を開いて口元を隠し目を細めています。一体何事だろうと驚きますが、黒いお馬さんは天馬なのでしょうか。謎が深まるばかりでした。

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