第367話:【後】他国の王族が来る。

  ――子爵邸に他国の王族がやってくる。


 ミナーヴァ子爵邸のみんなは大変に驚いていた。確かに一介の子爵家に王族が、それも他国の王族が来訪するなんて考えていなかっただろう。

 一応事情を説明するとそういう事かと納得はしてくれたけれど、簡単に子爵邸へ招き入れるのは気を付けるべきとも言われてしまった。今回は第一王子殿下の婚約者さまであるツェツィーリアさまだから良かったものの、バーコーツ公爵のような方だって居るのだから気を付けろと口酸っぱく告げられた。


 相手がアリアさまとツェツィーリアさまだったので、子爵邸はどうだろうと意見してみただけで深い意図はなかった。

 

 ただ、子爵邸のみんなに迷惑を掛けたのは事実で。普段から綺麗にしているというのに更に屋敷を磨き上げていたし、庭師の小父さまも庭の手入れに時間を掛けていた。侍女さんたちも紅茶の買い出しや、料理長さまも出す茶菓子を考案していた。

 子爵邸で雇っているみんなと私の中での王族の価値観にズレがあったようだし、お偉いさん方に接し過ぎて私の感覚が麻痺していたこともあるのだろうけれど。家宰さまと相談の上でお給金に少し色を付けておくべきだろうと頭の中に刻み込む。


 「き、緊張してきました……」


 アリアさまが応接室でエルフのお姉さんズから頂いた薬茶を飲みながら緊張した面持ちでそう告げた。


 「大丈夫ですよ。いつもと同じように術を施せば良いだけですから」


 学園から戻って暫く、迎えに出した馬車に乗ってアリアさまは子爵邸へやって来た。私も彼女と同様に聖女の衣装を纏っている。以前アリアさまに渡したストールを身に纏ってくれているのが、少し嬉しい。


 「ナイ、フライハイト嬢、時間だ」


 「はい」


 「はい!」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが私の部屋へと顔を出して、名前を呼んだ。そろそろ時間となるので、転移魔術陣を施してある屋敷の地下室へと移動する。彼女の声が聞こえたと同時にアクロアイトさまが籠の中から立ち上がり、雨に濡れた犬が水気を取るように体をぷるぷる揺らした後こちらへ飛んで来る。

 

 「相変わらず、お可愛らしい」


 「ああ」


 私の肩へ飛び乗ったアクロアイトさまを見てセレスティアさまがぼそりと零した言葉に、ソフィーアさまが同意して移動を開始した。部屋の中で護衛を務めてくれている、ジークとリンにアリアさま付の護衛騎士の方も一緒に歩き始める。

 王族の方の出迎えとあって、みんなぴっちりと正装を着こなして背を真っ直ぐに伸ばして歩いていた。

 もちろん私も聖女の衣装を着て、いつもよりも背を張っている……はず。道すがらギュンターさまも合流し、手すきの侍女さんたちも同道してる。厳重に管理されている地下の扉を開いて、中へと足を進めると勝手に魔術具の灯りが点いた。人感センサーが内蔵されているようで、人が通ると勝手に点く仕組みになっている。


 「そろそろですね」

 

 懐中時計を手にしたギュンターさまが時間を確認して、懐の中へとしまい込む。ぼーっと魔術陣を見つめていると、描かれた陣に光が灯る。どうやら向こうで魔力を流し始めたようだ。

 光が灯ったことを確認したので、私も魔力を練る。アクロアイトさまがつまみ食いを始めているけれど、もう慣れた。お腹が空いているなら余分に練っておこう。きっちり食べてくれるだろうから、空気中の含有魔素量は上がらないはずだ。


 「…………」


 魔力を練りつつ向こうの魔力を感じ取りパスを通す。どうやら副団長さまが魔力陣に魔力を流したようだ。ツェツィーリアさまや妹さんの護衛も兼ねているなと頭の中で考えていると、空気が"ズレ"る。

 ツェツィーリアさま一行の姿が魔術陣の上に現れた。迎えられることはよくあったけれど、迎える立場になるのは珍しいかも。


 「ミナーヴァ子爵邸へようこそ」


 ツェツィーリアさまと妹さんの名前を告げる。ツェツィーリアさまの右隣に立っている妹さんはいたって普通の様子。少し緊張気味だけれど、しっかりと私を見ていた。副団長さまも一緒にこちらへ来たようで、静かに頭を下げ、マグデレーベン側の方々もしずしずと頭を下げる。

 

 「本日はよろしくお願いいたします。イルフリーデ・マグデレーベンと申します」


 年の頃は十二、三歳くらいだろうか。姉であるツェツィーリアさまの面影がある気がする。私の肩に乗っているアクロアイトさまに視線を寄せたけれど、直ぐに外していた。

 

 「王女殿下へ治癒を施させて頂きます、アリア・フライハイトです」


 「この屋敷の当主でございます、ナイ・ミナーヴァと申します」


 挨拶の順番はアリアさまと事前に話し合っていた。王女殿下へ治癒を施すのはアリアさまなのだから、先にすべきだろうと。挨拶もほどほどに応接室へとみんなで進んでいると、侍女さんたちが廊下の端へ寄って頭を下げる。

 応接室へ辿り着きみんなが部屋へと入ると手狭ではあるが、どうにか収まった。事情説明もほどほどに男性陣を追い出し、最低限の人だけが残る。私も退散しようとしたけれどアリアさまに居て欲しいと止められた。


 「では失礼します」


 女性だけとなったので服を脱いで下着だけになって頂いた。姉であるツェツィーリアさまは顔を顰め、マグデレーベン側の侍女さんや女性騎士の方も悲壮な顔になった。足に火傷の後が残っている。傷は癒えているので私の魔術では治せない。


 「これなら……――きっと治り、治してみせます!」


 傷を見たアリアさまが確信したように言い切った。ほっとした顔をしたイルフリーデさま。

 

 「よろしくお願いいたします」


 王女殿下の声に確りと頷いたアリアさまが歌うように軽やかな詠唱を始める。治っている傷だからか、三節分唱えていた。

 アリアさまが魔力を練って外へ放出させているのが肌で分かる。アクロアイトさまも微かに反応を見せている。唱え終えて魔力光が消えると、イルフリーデさまの足に残っていた火傷の跡は消える。全く分からないようになっているのが凄い。私ではこうはいかないなとアリアさまの顔を見ると、汗を流して疲れている様子だった。


 ツェツィーリアさまとイルフリーデさまは安堵の息を零し、マグデレーベンの方たちは残っていた傷が消えたことを喜んでいる。


 「イルフリーデ、良かったわ。本当に……」


 「お姉さま、ありがとうございます。――アルバトロス王国の聖女さまは優れていらっしゃるのですね」


 彼女たちが喜びの余韻に浸っている間に、やることをやってしまおう。


 「アリアさま、手を」


 魔力の使い過ぎで疲れたのだろう。失ったというなら、取り戻せば良い。私は席から立ち上がって手を差し伸べた。


 「え?」


 アリアさまが戸惑いつつ私に手を差し伸べてくれたので、魔力を練り活性化させる。以前にソフィーアさまとセレスティアさまへ魔力の受け渡しを行ったから、成功するはず。


 「あ……」


 「少しは楽になりましたか?」


 アリアさまの顔色が少し良くなったので、おそらく成功だ。


 「はい! ナイさま、ありがとうございます」


 「お気になさらず。――大役、お疲れさまでした」


 アリアさまを見て笑みを浮かべると、彼女も大輪の花を咲かせたような笑みを浮かべる。さて、これから少しマグデレーベンの方たちとお話をしなければと、ツェツィーリアさまとイルフリーデさまに向き直るのだった。

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