第364話:【後】びゃああああああ。

 取りあえずお婆さまと懇切丁寧にお話しをしようと、対面したその時。


 ――びやぁぁぁあああああああああああああああああ!


 人参はどこかへ走り去っているが、悲鳴だけが聞こえると同時にお婆さまが嬉しそうな顔を浮かべた。


 『あ、凄いじゃない。マンドラゴラもどきが育つだなんて!』


 叫び声を聞いたお婆さまが、きゃっきゃと嬉しそうにそう言った。


 マンドラゴラもどきは魔素量が多い場所でないと育たない上に、叫び声まで上げるのは珍しいとのこと。

 捕まえて食べると幸運が舞い込むらしく、エルフの街では縁起物として食されている上に、錬金術にも使われるらしく高値で出荷しているとか。後は祭事にエルフの子供がマンドラゴラもどきを捕まえた数を競い合うそうな。将来、優秀な狩人になるらしい。


 あの叫び声を上げている人参を食べるのは少し……いや、大分抵抗感があるし、錬金術師に売り払うとしても伝手がない。副団長さまに話をすれば嬉々として引き取ってくれそうだけれど、何かしらの効果を齎した研究結果を聞くのが怖い。

 

 「何故、そんな種を紛れ込ませたんですか……」


 普通の種と聞いていたが、お婆さまのことだから何かしらあると疑って植えないようにしていたのに。育てるものがないと畑の妖精さんたちは家探しを始める時があるから、その時にでも植えられてしまったのだろう。


 『適当に貰ってきたんだもの。何があるなんて知らないわ!』


 「……お婆さま」


 お婆さまだものなあ……。呆れて二の句が告げないまま私は息を吐く。


 『マンドラゴラもどきは貴重よ。エルフに引き取って貰えば良いじゃない』


 まあ捕まえるのが一番大変だけれど、と走る人参を見るお婆さま。確かに捕まえるのは一苦労しそうだ。足が速い上に、小さいから大変そう。

 

 『びやぁぁぁあああああああああああああああああ!』


 悲鳴の音が近くなってきたら、ジョセとルカが現れた。ルカの口にはマンドラゴラもどきが咥えられており、人参の先と葉の部分が出ている。人参の根の先がばたばたと動いており何とも言えない光景の上に、ルカの口の中で悲鳴が上がる。


 「食べても平気なのかな……」


 お腹とか壊さないかな。そういえばエルとジョセに初めて出会った時はお腹を壊して苦しんでいた。薬草を食べ過ぎた結果そうなった訳だけれど、ルカも同じような目に合ってしまわないだろうか。

 

 『大丈夫よ! そもそも食べる物なんだから心配なんて必要ないもの』


 『聖女さま、ルカが食べても宜しいでしょうか?』


 うずうずと言った感じで私の側に居るエルが問うてきた。食べる分には問題ないけれど、本当に大丈夫か疑問である。

 私の後ろで話を聞いているソフィーアさまとセレスティアさまも懐疑的みたいだし。というかルカの口から出ている人参の根の先が、足のようにジタバタと藻掻いているのがホラーな映像で。


 「それは良いんだけれど。大丈夫……?」


 まだ小さく空も飛べないし親離れもしていない状態。魔素を多量に含んでいそうだし、妙な事にならなければ良いけれど。


 『何の問題もありません。むしろ強い仔になる為に食べさせてあげたいのです』


 エルと同様にジョセもルカに食べて欲しいみたい。ルカの保護者がそういうなら構わないけれど、マンドラゴラもどきはルカの口の中にいる一本だけではない。まだ屋敷の庭を走り回っているようで、これから後の事を考えると頭が痛くなってくる。


 「そういう事なら」


 食べても良いよとルカに視線を向けると、彼は草を噛みちぎることに特化した前歯でマンドラゴラもどきを齧った。


 『ああああぎゃあああああああああ!』


 それと同時に凄い悲鳴が上がり『ぎょぇええ!』『ぐぇぇええ!』と短い悲鳴が何度か上がりつつ、生の人参を齧る音が庭に木霊したあと沈黙が降りた。


 「凄惨だな……」


 「世界は残酷ですわね」


 命を頂いて生きている身なので、あまり強くは言えない。普段食べている野菜だって、本当はこうして悲鳴を上げている可能性だってあるのだから。なんだか微妙な空気になりつつも、ルカはマンドラゴラもどきを残さず根から葉を全て平らげた。


 「美味しかったのかな」


 『満足しているようです』


 『ええ。ありがとうございます、聖女さま』


 目を細めながら、ジョセに顔を擦り付けているルカ。問題があると大変なので、ルカがお腹を壊したら私を遠慮なく呼んで欲しいと言い残して、子爵邸の庭を見る。家庭菜園畑に人参はもう植わっていない。いないのだが、走り回っている人参たちをこれから捕まえなければならない。


 「――よし!」


 気合を入れて腕まくりをする。


 「おい、どうするつもりだ」


 「まさか、貴女が捕まえるおつもりで?」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが驚いた顔を浮かべて、私に問いかけた。


 「はい。取りあえず逃げ回っているマンドラゴラもどきを捕まえないと、騒動がおさまりません」


 捕まえきったら、マンドラゴラもどきを縁起物として食しているエルフのお姉さんズに渡そう。 喜ばれるかどうかは分からないけれど、受け取ってはくれるはず。


 「当主のお前がやることじゃないだろうに……」


 ソフィーアさまが深々と溜め息を吐きつつ、私と同じように腕まくりをする


 「当主自身が捕まえるというなら、従者であるわたくしも参りませんと」


 セレスティアさまも腕まくりをし始めた。


 「ナイ、俺もいこう」


 「私も捕まえる」


 ジークとリンが加勢してくれる。庭師の小父さまも手伝ってくれるようだ。


 『タネクレ!』


 『シゴトクレ!』


 まだ社畜精神が抜けていない畑の妖精さんたちを尻目にして、地面を勢いよく蹴った私。その後に続いてみんなも子爵邸の庭を走り回っているマンドラゴラもどきを追いかける。しばらく走っていると騒ぎを聞きつけたクレイグとサフィールが加わり、様子を伺いに来た護衛の方で仕事のない人も加勢してくれた。


 『元気ねぇ。――私はエルフの子たちを呼んでこようかしらね!』


 ひいひいぜいぜい言いながら走り回っている私たちを、余裕綽々な様子で見ながら何か喋っていたお婆さまがふっと消えた。この場からお婆さまが消えた理由は分からない。単純に飽きたのだろうと、まだ走り回っているマンドラゴラもどきを睨む。


 「待てっ!」


 「逃げるなー!」

 

 「追い込めっ!」


 「人参の癖に逃げ足の速い!!」


 悪戦苦闘しながら、ようやく全てのマンドラゴラもどきを捕まえ暫くするとエルフのお姉さんズがお婆さまと共に顔を出した。


 「あら、凄いじゃない。叫び声を上げるマンドラゴラもどきが育つなんて」


 「本当だ~。食べると美味しいんだよ。調理する時が五月蠅いけれどね~」


 そう言いながら現れたお姉さんズは、マンドラゴラもどきをむんずと掴み取った。

 バタバタと根の先を交互に動かして逃げようとするマンドラゴラもどきに『逃げても無駄よ』『逃げられないからね~』と普段より少し低い声色でお姉さんズが語り掛ける。今の彼女たちに余計なことは言わない方が良いなと判断しつつ、みんなで一生懸命捕まえたマンドラゴラもどきを渡す。


 「あの……食べても大丈夫なのでしょうか?」


 気になる所を聞いてみる。


 「ええ、問題ないわ。滋養強壮効果がある食べ物として知られているんだけれど……どうしたの?」

 

 「あ、いえ。ちょっと思いついたことがあって」


 このマンドラゴラもどき、バーコーツ公爵へプレゼントできないかな。生でそのまま差し出せば人参が逃げ出して牢屋の中が愉快なことになるだろうし、目の前で調理してもらって食べてもらうことも出来る。

 珍しいものが欲しいみたいなので、きっと喜んでくれるだろう。ハイゼンベルグ公爵さまの誕生会の顛末はお姉さんズも知っている。面白そうと同意してくれたので、面白好きなハイゼンベルグ公爵さまに話を通せば願いが叶うだろう。周囲が少し引いているのが分かるけれど、タダでモノを乞うたのだから仕方ない。


 後日に牢屋の中の様子を伺うと、人参が走りながら叫ぶ光景に驚き疲弊したバーコーツ公爵一家が居たとか居なかったとか。

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