第365話:報告会。

  バーコーツ公爵が買った奴隷をどうするべきかアルバトロス王国上層部は悩んでいるらしい。隣の大陸との連絡を付けたのは良いけれど、売られた奴隷だから好きなように扱えば良いと返事が返ってきたそうだ。

 奴隷制度のないアルバトロスで奴隷のまま扱う訳にはいかないし、放り出すことも出来ない。やりたい事やなにかしらの希望があるならば、彼らの望みを叶えるべく聞き取り調査をしたそうだ。


 ――国へ戻りたいか?


 『分からない……俺は言われるままに生きてきた。言葉は分かるが文字も書けず学もない。何をすればいいのか分からないんだ』


 大半の元奴隷がそう言ったそうだ。帝国の奴隷はお金を稼いで自分の身を買い戻すこともできず、一生奴隷のまま。そして奴隷の子は奴隷として生まれる。


 向こうの大陸では普通に奴隷が取引されているようで、貴族でも平民でもない奴隷なんて、どうでも良いのだろう。

 褐色肌の人をアルバトロス王国で見たことがなく、こちらで生活するには目立つ上に『元奴隷』と分かってしまう。気にしない人は気にしないが、気にする人は気にするもので。

 

 ただ外交問題にならなくて良かったと安堵している。問題視されれば面倒なことになっていただろうから。子爵邸の執務室で、解放された彼らのこれからは大変そうだと目を細めると、ギュンターさまが口を開いた。


 「国が引き取り手を募集していますが、どうされますか?」


 男爵領を賜っているし、空き家もあるからソコに入って生活して貰うことが出来るけれど……。奴隷として暮らしていた彼らに農業知識があるのか分からないし、アルバトロスの食事や環境が合うのかどうかも不透明。考えすぎと言われればそれまでだけれど、引き取れば引き取ったなりの責任が発生する。


 「彼らの行き先がないとなれば引き取りも考えますが、今の所は」


 我ながらあやあふやな返事だなあと苦笑いになる。人数は若い男女が五名程と聞いている。誰か良い引き取り手が居るならば、そちらの方が良いだろう。

 領地経営に慣れている人たちだし、移民も受け入れているだろうから。ギュンターさまが私の言葉に頷いて、お屋敷に勤めている人たちの様子や居ついた猫が子育てをしてこれ以上増えると困る等の事務連絡をくれた後、次の話題へと移るのだった。


 「あとは……そうですね、マグデレーベン王国からお忍びで王女さまが参られます」


 「みんなに知られているならば、お忍びと言い辛いのでは?」


 公爵さまの誕生会の時にツェツィーリアさまから、妹の傷跡を消して欲しいと依頼を受けたけれど、アリアさまに話をスライドした件だ。ツェツィーリアさまは教会と国へと要請し議論された後に、アリアさまへ話がされ受諾したのだろう。妹さんはまだ小さいと聞いているので、綺麗に治ると良いのだけれど。


 「確かにそうですが、悪い話ではないですからね。黒髪の聖女さまの代理を務めるとなったフライハイト嬢は王城内で注目されています」


 単純に私に傷跡を癒す力がない為アリアさまを紹介したけれど、彼女が王城内で名前が広まっているならなによりだ。アリアさまはお貴族さまなのだし、将来の旦那さまを捕まえる為にも有名であることは損ではないはず。今回の件で彼女がもっと有名になってくれれば、私の仕事が減るかもしれないし。


 「代理というよりも、私が出来ないからアリアさまを紹介したのですけれど……」


 不当評価のような。むしろ私が出来ないから彼女の名前を挙げたのに、何故事実が改変されているのだろうか。

 

 「そのフライハイト嬢からの手紙です。一読ください」


 ギュンターさまから手紙を受け取ると、ペーパーナイフを渡されたので丁寧に開封する。紙をゆっくり広げて目を通す。丁寧で綺麗な女の子らしい文字で綴られており、挨拶から始まり本題に入る。


 ――成功する気がしない。


 要約するとそう書かれてあった。リーム王国へ派遣もされた彼女なのに、今更緊張してもなあと考えてしまう。やることは治癒院の延長なのだけれど、指名依頼が初めてだからか、他国の王族からの依頼だからか。

 

 「緊張しているようですね」


 「男爵令嬢が、王族の方と直接対面する機会なんてほぼないでしょうから」


 確かに一介の男爵令嬢さまが王族の方と直接会うことなんてないだろう。あれ、でも私は平民時代に陛下に直接対面している。

 面倒事に巻き込まれてしまったという意識が強かった所為で、緊張なんて感じないまま亜人連合国へ赴くことになったけれど。普通はアリアさまのような反応なのだろうと、ギュンターさまの顔を見る。


 「手紙を用意して頂けますか?」

 

 はい、と返事をくれて立ち上がる彼の背を見ながら、籠の中でくつろいでいるアクロアイトさまの身体を撫でる。暫く待っていると、紙と封筒を持ったギュンターさまが戻ってきた。

 机の上に広げた紙に向かい、定型の挨拶を書き込んで本題に移る。一応、ツェツィーリアさまに彼女を紹介したのは私だから、多少の責任はあるのだろう。学院のサロンで話をしようと認め、封筒へ紙を詰めて封蝋を施してお使いの人へ渡す。

 

 話して少しは気持ちが楽になれば良いのだけれど、と手紙を運ぶお使いの方の背中を見送って。

 次の日、約束がダブルブッキングしてツェツィーリアさまとアリアさまと私がサロンで一緒にお茶をする羽目になる。普通は大問題なのだけれど、そうならなかったのはアリアさまの人柄故だったのだろう。

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