第362話:呼び捨て。

 お城の魔力補填のついでに、私が顔を出す場所がある。


 ――竜騎士隊。


 亜人連合国から預かったワイバーンと騎士さまで、空を飛べる部隊を編制しようという試み。制空権を確保できる大陸国家は殆どないので、亜人連合国とアルバトロス王国の特権ともいえる。訓練場に顔を出すと休憩中なのか、騎士さまたちは地面に座り込み、ワイバーンたちは私に気がついてこちらへ寄って来た。

 

 『聖女さまだー』


 「お疲れさま。順調かな?」


 わらわらとワイバーンたちが柵越しに集まってる。前に彼らに振り落とされた騎士さまは、ちゃんと彼らを乗りこなせているのだろうか。ワイバーンの気持ちを彼に伝えておいたから、マシになっていると良いのだけれど、時間が合わなくて彼とはその時限り。


 『うん。人間に乗られるのも慣れてきたし、僕たちの上に乗る人間も慣れてきたみたいで連携とれてる……はず!』


 「そっか。雌の子たちが卵を産んだって聞いたよ。無事に孵るといいね」

 

 彼らの住む小屋の中では雌の子たちが卵を産んで世話をしている。小屋を覗くと愛おしそうに卵を抱えている子たちの姿を確認できた。不都合がないか聞いて回ったけれど、今は問題ないとのこと。雄の彼らは騎士の方たちと連携をとって、竜騎士隊の一員として働いていた。


 『本当に。あっちだと竜がいっぱい住んでるでしょ。僕たち肩身が狭かったから。……――』


 竜種の中でワイバーンは下位となるらしく、亜人連合国では小さくなっていたらしい。繁殖期が年に一度訪れる為に個体数は簡単に増えるそうだ。

 ただ向こうでソレをやると、土地が足りなくなる上に食べ物を確保できるか怪しかったそうだ。アルバトロスだとちゃんと食事があるし、住む場所もある。ワイバーンの個体数が増えるならと、こちらへ来る決意をしたとかしないとか。


 「どうしたの?」


 『幼竜さまに、どうやって聖女さまと喋っているのって聞かれたよ。僕たち聖女さまとお話することが出来るけれど、どうしてだろう……』


 不思議だなあ、おかしいなあと首を傾げるワイバーンたちに、アクロアイトさまも首を傾げてる。


 『早く喋れるように頑張るって言ってる』


 「通訳ありがとう。――本当にいつになったら一緒にお喋り出来るんだろう」


 『大丈夫だよ。幼竜さまは賢いから直ぐに出来る、と思う』


 ワイバーンたちがアクロアイトさまへ微笑ましい視線を向けている。アクロアイトさまは私の肩から柵の上に飛び乗って、ワイバーンの子たちと顔を近づけてスキンシップを取っている。

 可愛いなあカメラがあるなら写真を撮りたいなと目を細めていると、私の後ろで私以上にフィーバーしているセレスティアさまがいらっしゃった。


 「絵師、絵師を呼んで下さいまし! この光景を永久保存したいですわ!」


 最近よく聞く彼女の台詞だった。アクロアイトさまと仔天馬さまのルカと一緒に居る時も悶えながら、絵師を呼べと連呼している。

 彼女の願いが叶ったことはないので、心の中に刻み付けているのだろう。悶えているセレスティアさまを冷めた目で見ているソフィーアさま。でも彼女もアクロアイトさまが気紛れで彼女の腕の中へ舞い込むと、嬉しそうな顔をしている。


 「そろそろ落ち着け。顔が不味い事になっているぞ」


 「はっ! わたくしとしたことが失礼致しました」


 割と通常運転だよなあと、お二人を見る。移動しようとワイバーンの子たちに別れを告げて、次は魔術師団の皆さまが居る方へと歩きだす。隊舎が見えてくると、副団長さまが出迎えてくれた。


 「みなさんよくいらして下さいました」


 副団長さまの声が届いたのか、私の影の中からロゼさんがひゅばっと現れ、丸い形の身体をぷるんと振るわせてちょっとだけ縦に伸びる。


 『ハインツ。魔術教えて』


 いつの間にか副団長さまの名前を知り、名前呼びをしているロゼさん。


 「構いませんよ。ロゼさんは優秀ですから教え甲斐があります」


 ロゼさんの言葉を普通に受け取って、スライムに魔術を仕込もうとしている変態……もとい副団長さま。私がロゼさんをロゼさんと呼んでいるので、副団長さまもそう呼ぶようになってしまった。危なげな組み合わせに我々一同微妙な顔になるけれど、気が合うのか仲が良い。何故だろう。


 『ロゼ、マスターの家で古代魔術について記されている本を見つけたの。使えるかな?』


 そんな本、置いてあったかな。私が本が好きという噂を聞きつけて贈られたり頂く機会がある。捨てるのは勿体ないので子爵邸の図書館で保管して、読みたい人は好きに読んでいいよと開放してあるけれど。

 娯楽の少ない世界だから本好きの人には喜ばれているし、私も読むのは嫌いじゃないし暇つぶしに丁度良いので読んでいる。侍女さんたちと街で流行りの本を語り合ったり、お勧めし合ったりしているのだけれど、本当に古代魔術が記されてある本なんて置いてあったかなあ。


 「術式次第でしょうかね。ちゃんと式が構築できるならばロゼさんにも可能でしょう。――しかし古代魔術が記されている本とは……気になります」


 身体をぷるんと大きく動かしたロゼさん。どうやら可能と言われて嬉しいみたい。副団長さまは副団長さまで古代魔術が記されている本が気になるようだけれど……。


 「副団長さま。私にもご教授頂けると嬉しいのですが」


 一応、副団長さまに魔術を教えて頂くつもりで今日のアポを取って置いたはずなのに。始まれば副団長さまは手抜かりなく教えてくれるけれど。ソフィーアさまもセレスティアさまも一緒に習っており、魔術の威力が上がったと喜んでいた。


 「聖女さまはゆっくりでも構わないかと。ロゼさんという魔術師が傍に居るのですから」


 確かにロゼさんは優秀で、魔術についての吸収も習得も私より早い。ロゼさんに負けないように頑張らなければと、地面のロゼさんを見る。


 『マスターはロゼが守る。だから安心して』


 心強いけれど、スライムさんより弱い魔術師ってどうなのだろうか。いや、まあ聖女だから良いけれど。

 なんだか微妙な心持ちになりつつ訓練場へと入る。魔術師団の方たちが一斉にこちらを向き礼を執る。私たちもお邪魔しますという意味合いを込めて頭を下げた。


 「さあ始めましょうか」


 アルバトロス最高峰の魔術師による魔術の授業が始まる。恵まれている環境なのだから、一歩でも前へ進む為に頑張らないと。

 防御魔術だけでも自分の身は守れるけれど、攻撃手段があった方が取れる選択肢が増えるのだし。ロゼさんやソフィーアさまとセレスティアさまには負けていられないなと、よろしくお願いしますと副団長さまに頭を下げるのだった。

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