第361話:誕生会の終わり。

 軍や騎士の方たちに捕えられたバーコーツ公爵家の面々が会場から連れられて出て行く。


 「お前さん、正論だが口が悪いのう。最後なんぞ煽っておったではないか」


 公爵さまがこちらへ振り向き私へ苦言を呈すが、面白かったから良いけれどと最後に付け足した。自分で稼いだお金や物が取られるのは気に食わない。もちろんお金や対価を払ってくれるなら別だけれど。あの人、頂戴と言うだけで次の言葉がないのだから、信頼なんて出来るはずもない。


 「戦えるものが口しかありませんから」


 本当に。武術や剣が扱えるなら良かったけれど、そっち方面はからっきしだ。それはそうだがなあと呆れ顔になった公爵さまが、ぱんと手を一度鳴らした。会場に響いたその音は衆目を集めるには丁度良いもので。


 「我が身内が失礼をした。――口直しにワシの秘蔵のワインを皆に進呈しよう。夜はまだ長い、楽しんでいってくれ!」


 バーコーツ公爵家の面々はお貴族さまたちに煙たがられていたのか、先ほどの事をなかったように振舞っている。切り替えが早いなあと壁を背に会場を見渡す。


 「ナイも楽しめ」


 そう言い残して会場の中へと溶け込んでいく公爵さまとソフィーアさま。暫くして私も壁の花を止め、美味しいものを口にしないままお屋敷に帰るのは心残りになってしまうので、軽食コーナーへ立ち寄る。

 目移りするなあとテーブルの上に置かれた料理の数々を品定めして、ローストビーフ、君に決めたと心の中で叫び小皿へ取り分ける。ドレスじゃなくて緩い聖女の服で良かったとニヤニヤしてしまう。さて次は何を食べようかと目標をセンターにいれようとしたその時。


 「太りますわよ……と言いたい所でしたが、太らないのを忘れておりました。ナイが羨ましいですわ」


 「セレスティアさまも十分細いじゃないですか」


 護衛に就いてくれているセレスティアさまの言葉に返すと、運動して太らないように調整しているとのこと。努力を人前で見せない方のようで、知らない一面だ。ソフィーアさまも彼女のように人前で見せない、何かしらの努力をしているのだろう。

 私も彼女たちに恥じないようにちゃんとしないと。聖女の職を取り払らって、お貴族さまだけの価値を計るとしたら私はぺーぺーも良い所。周りの人たちに支えられてお貴族さまの面子を保っているだけ。


 まあ取りあえず。次、甘いものを食べよう。ひとしきり食べて満足し、帰っても良い時間となっていたので屋敷に戻るのだった。


 ――翌日。


 ハイゼンベルク公爵邸。随分と気温が下がってきているので、今日は外ではなく応接室での対応だった。子爵邸も広いけれど、公爵邸ともなると凄く広いし置かれている調度品の質が全然違う。

 バーコーツ公爵邸もこんな感じだろうし、私に珍しい物をくれと懇願しなくともお金を出せば買えただろうに。仕事も碌にしないまま放蕩の限りを尽くしていたから、国から見限られた訳だけれど。


 「ようやく目障りな者たちが消えてくれたわい!」


 呵々と笑い凄く愉快そうに、そして凄くスッキリとした顔で公爵さまが言い切った。彼らに後がないように私を囮に使ったと暴露してくれた公爵さま。バーコーツ公爵も彼の身内だろうに、膝上のアクロアイトさまを撫でつつ良いのかなあと目を細める。


 「あの後、彼らはどうなったんですか?」


 抵抗も何もないまま、あっさりと捕まったけれど。バーコーツ公爵家が雇っている護衛騎士の面々は軍や国の騎士さまに逆らうことはなく、見ているだけだったからなあ。忠誠心とか忠義とか全くなかったようだ。これ以上の面倒事は勘弁して欲しいと言った所か。


 「取りあえず牢に入れて取り調べだ。直ぐにバーコーツ公爵邸へ部隊を派遣して家探しさせたら、奴隷を買い込んでいてな」


 うわあ。公爵家ともあろう方が法を犯していたのか。彼らの家で雇っている人たちも捕まえたそうだ。逃げられて証拠を持ち出されても困るし、かなり迅速に家探しが行われたみたい。あとは関係を持っていた家や寄り子も。そこから情報を吐き出させて、奴隷を売った商人も探し出すだろう。


 先代バーコーツ公爵さまはマトモだったそうだ。遺言や書状での後継者を指名しないまま、数年前に急死された為、唯一の直系男子であった現バーコーツ公爵が継ぐと、タガが外れたように落ちぶれていったとのこと。それにしたって、収集癖を拗らせて奴隷とか趣味が悪い気がするけれど。


 「確か、褐色肌の方々でしたか。――亜人の方々は?」


 少し前に家宰さまであるギュンターさまが問題になっていると教えてくれたけれど、こうして話題に上るのは不思議な感じ。

 大陸だと肌色の違う人たちは確かに珍しいけれど、人間という枠で考えるなら同じだし、買い付ける感覚が分からない。何が良かったのだろうと首を捻りつつ、公爵さまの顔を見る。


 「ああ、隣の大陸の人間だ。彼らを返そうにも、向こうさんとの連絡手段が乏しいからなあ。参ったものだ。――安心せい、亜人の者はおらんよ」


 亜人の方々が居なかったということに安堵の息を吐く。せっかく交流を持てたのに、こんなことで途絶えるなんて悲しすぎるし、亜人連合国との戦争に発展しかねない。


 隣の大陸の人が何故奴隷になったのか理由を調べる必要があるけれど、今回の件で保護された人たちは、アルバトロス王国で生活基盤を築くしかないのか。その辺りは陛下たちが彼らの面倒を見るのだろう。

 体力的に優秀とかなら騎士や軍人になれるし。女性でも道はある。ただアルバトロス王国民として受け入れてくれるのかは謎だ。扱いが二等国民のようになる可能性だってあるし、そうなれば差別の対象になりそう。


 面倒なことをバーコーツ公爵はやってくれた。


 向こうの大陸がどのような勢力図なのか分からないが、アルバトロスより強くこちらへ来る手段があるならば、確実に難癖をつけられそう。

 いちゃもんを付けたいならば付けるだろう。弱味を握りたいなら握るだろう。こちらの大陸へ侵攻する足掛かりにも使えるしなあ。

 恐らく学院の授業で習うことだけれど、まだそこまで辿り着いていない。向こうの大陸の情報を手に入れたいけれど、情報制限とかされているのだろうか。頭の中で考えるよりも目の前の方に聞いた方が早い。


 「閣下。向こうの大陸はどれほどのものなのでしょうか?」


 「どれほどのものとは?」


 少し抽象的過ぎたかと反省する。取りあえずはアルバトロスに攻め入られなければ良いけれど。


 「大陸面積や技術、文化、魔術の発展度合いです」


 こちらの大陸よりも面積が広いなら、人口次第で脅威になる気がする。魔術の発展もこちらの大陸よりも優れているのならば、戦力として驚異的。考え始めるとキリがないけれど、知らないって怖い。


 「今、お前さんが言ったものはそう変わったものではない、おそらくな。だが大陸の六割を帝国が支配しておるな」


 時代背景とか分からないけれど、大陸の六割を統治しているってかなり凄い。野心的な王が居て領土を広げたのか、それとも偶々白地図だったのか。


 「強国ではないですか。対抗手段はあるので?」


 「海を挟んでおる。こちらへ攻めてくるならば、相当のものを用意せねばならんよ」


 人を運ぶ船に、物資に食料。現地調達は望めないから、確かに難しいか。足掛かりとしてどこかの国を落とされ橋頭堡を確保したとなれば、また話が変わってくる。帝国が理性的な国であれと願うしかない。

 取りあえずは、奴隷としてこちらの大陸へとやって来た人たちがこちらで生活基盤が整えばそれでいいか。

 

 そもそも隣の大陸とは距離があるようだし、アルバトロスは内陸部。何かあるとしても予兆は感じ取れるはずだと、ハイゼンベルグ公爵家応接室の豪華な天井を見上げるのだった。

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