第358話:【②】誕生会。

 ――公爵さまのお誕生会が始まった。


 会場となっているホールの天井を見上げると、凄く豪華なシャンデリアが。落ちると凄惨な事件現場に早変わりだなあとか、妙な事を考える。手抜き工事をしていませんようにと願いつつ、視線を戻した。今回の夜会には陛下の名代として第一王子殿下や彼の婚約者である他国の王女さま。

 アルバトロス王国の高位貴族の方たちが多く参加しており、場違い感が半端ない。公爵さまが気を使ってくれて、入場は最後の方だったのが救いだろう。勘の良い方ならば、公爵さまの手により私が優遇されているのが分かるはず。

 

 海外の風習にあまり馴染がないけれど、祝われる立場の人が主催するんだよね。


 公爵さまの誕生日だというのに、主催者は公爵さま本人。せめて家族が開いてあげてと言いたくなるのは、日本人としての価値観が強い所為だろうか。

 取りあえず、主催者である公爵さまの下へ行き挨拶を交わさないと失礼になる。ちんまいので人波に飲まれないようにと気を付けながら、一段上がっているステージを目指す。そこに公爵さまや次期公爵さまに夫人やソフィーアさま、ハイゼンベルグ公爵家の面々が勢揃いしていた。

 

 真っ先に公爵さまへ挨拶したのは第一王子殿下と婚約者さまである他国の王女さまだ。ホールの中で序列が一番高いので、納得の順番。で、次に公爵さまへ挨拶をしたのが、問題となっている方で。

 バーコーツ公爵さま。ハイゼンベルグ公爵さま曰く、バーコーツ公爵家は名前だけの公爵家で、何ら国へ貢献出来ていないお家であると言い切った。笑顔で挨拶を交わしているけれど、お互いの腹の内を考えると妙な光景である。公爵さまは追い落とす気満々だしなあ。


 血筋が近しいだろうから身内の情はないのかと聞いてみると、少し遠いしあんなのが公爵を務めているのは税金の無駄遣い。年齢は次期ハイゼンベルグ公爵さまよりも少し若いくらいだろうか。

 バーコーツ公爵夫人も一緒で随分と派手なドレスを着込み、遠目からでも随分と目立つ指輪を身に着けている。お金回りが良いのか、単純に放蕩しているだけなのか。息子さんと娘さんも一緒に来ているようで、派手な格好をしている。


 やらかすこと前提なのだけれど、一体なにをするのだろうか。疑問を浮かべつつ、順番待ちをしていると私の番となり、公爵さまたちの前へと進む。

 

 「あ奴、ワシが持っている杖を強請ってきおった」


 挨拶は控室で済ませているので、周囲に聞こえない限りは雑談だった。開口一番、ハイゼンベルグ公爵さまが不愉快な顔をありありと浮かべて、右手に持っている杖を床へ一度下ろした。


 「正規ルートで買えば良いのでは?」


 欲しければ正規ルートがあるし、公爵家というネームバリューがあれば普通に購入できそうだけれど。


 「確かにその手があるが、お前さん最上級の素材を使っただろう」


 あれ、公爵さまにバレている。杖の材料は代表さまの鱗と牙である。持ち手の部分は牙で繊細な彫り物をお願いしたし、杖の部分は鱗を細く加工して貰ったけれど、どれだけ体重を掛けようともビクともしない。

 魔石に術式を仕込んで公爵さまの身に危険が及べば自動で発動するように取り付けてある。一度発動すれば、それきりだけれど。ドワーフの職人さんたちと話していると、どんどん盛り上がった結果だった。

 

 「ああいう所は抜け目がないからな。良い素材を使っておると嗅ぎ分けた。目敏さは一級品だな」


 ふんと鼻を鳴らす公爵さまに苦笑いをする。どうやらバーコーツ公爵さまは、珍しい物に目がないみたいだ。

 あれ、アクロアイトさまヤバくないかな。ホールの中で一番珍しい気がする。拉致誘拐なんてやった日には亜人連合国の方も黙っていないし、私も黙ってはいないし、アルバトロス王国も黙っていない。状況を理解しているなら手を出さないだろうけれど……出さないけれど……うーん、嫌な予感がしてきた。


 「私に隠れてコソコソしていると思えば、お爺さまへ渡す贈り物だったんだな」


 小さく笑ってソフィーアさまが公爵さまが持っている杖に視線を向けた。彼女に知られると必然公爵さまにバレるから、なるべく居ない時に話していたけれど。杖の制作進捗状況は彼女の目の前で報告されていたから、気付かない振りをしてくれていたのだろう。隠し事は苦手だから、変に取り繕ってもバレるだけ。

 

 「バレてましたか」


 「それはそうだろう。気付かない振りをするのも大変だったんだぞ」


 微笑みから苦笑いに変えたソフィーアさま。その辺りは彼女の優しさだろう。分かっててなにも言わないでくれたのは有難い。

 

 「お前は……だが、お爺さまも喜んでいた。ありがとう」


 「いえ、閣下には以前からお世話になっておりますし、ご迷惑も散々かけましたから」


 平民なのに学院へ通えるように手配してくれたし、教会に掛け合って聖女の仕事も減らしてくれたのだ。

 ジークとリンも一緒に通うように指示してくれたのは、公爵さまの優しさ。お貴族さまたちと縁を持てるようにという配慮もあっただろうけれど、学院へ通わせた一番の理由は『学べ』という単純なものだろうし。


 「自覚、あったんだな」


 一応は。くすくすと公爵家の皆さまに笑われ、立つ瀬がない私。必死だっただけで、やらかすつもりは微塵もなかったのだけれどね。

 まあ良いかと、頃合いなのでステージから降りる。取りあえず壁の花になろうと、場所を移動。途中、家宰さまとは別れた。家宰さま、武力に関してはからっきしのお方なので、社交で子爵家やご自身の家に有益な情報や人脈がないか探すと気合を入れていた。公爵家主催の夜会に参加するのは難しいらしく、良い機会なのだそう。


 「よろしいのですか、ナイ」


 壁際へ移動したので、当然私の後ろは壁となって背後の心配は必要なくなる。取りあえず、これで前だけ心配しておけば良い。ジークとリンも警戒を前だけに集中できる。

 私の横に立ったセレスティアさまが、声を掛けてきた。周りへ視線を配っている辺り、いろいろと何か気にしているようだ。


 「何がですか?」


 質問が抽象的だったので聞き返す私に、鉄扇を広げて目を細めた彼女。

 

 「公爵閣下の追い落としに協力するのでは?」


 「何もしなくとも、向こうから来る気がします……」


 「……愚問でしたわね。先程の言葉を撤回させて下さいませ」


 バーコーツ公爵家はどうにもならないからアウト判定を頂いた気がする。国からも公爵さまからも。年齢が離れているハイゼンベルグ公爵さまに、杖をくれと強請るなんて失礼極まりない行為。


 珍しい物に興味があるようだから、アクロアイトさまを肩に乗せている私に、ジークとリンが佩いている特注の剣に目を向けない訳がない。セレスティアさまが持っている鉄扇も素材は竜の鱗だし。極上反物の切れ端で作ったコサージュをアクセントに身に着けているから、分かる人には分かるだろう。

 あれ、それなら私が身に纏っている聖女の衣装もか。実力行使に出るようなら、遠慮なくやっても構わないと言われているが、なるべく穏便に済ませたい。


 公爵さまの意図が読めてきたというよりも、私が居れば確実にバーコーツ公爵家の方が興味を持つなと会場を見渡すのだった。

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