第359話:【③】誕生会。

 公爵さまと夫人によるファーストダンスが終わると、自由時間となる。ダンスに加わり踊りを楽しむ人に、社交に勤しむ人、様々だ。ちなみに軽食コーナーへ足を向けている人はかなり少ない。美味しそうなのに勿体ない。後でジークかリンに食べ物を取り分けてきて貰おう。


 今はまだ、壁の花として飾られておかないと。肩のアクロアイトさまが目立っているようで、行き来する人たちがチラ見している。我慢してねという意味を込めて、アクロアイトさまの顔を撫でると気持ち良いのか、細く長く鳴いた。

 ロゼさんは私の影の中で過ごしている。私の身に何かあれば、影の中から出てきて魔術を使うとはっきりと言った。危ないし他の方に迷惑が掛かると大変な事になってしまうからと、使うなら防御系の魔術でお願いしますと伝えた。血の気が多いなあと苦笑いしてたのだけれど、リンと気が合いそうでちょっと心配に。


 「お飲み物は如何でしょうか?」


 飲み物を配っているボーイの方に声を掛けられた。


 「アルコールの入っていない物を頂けますか?」


 アルバトロス王国は成人年齢である十八歳でアルコールや喫煙が解禁される。お貴族さまの婚姻可能年齢も十八歳から。

 平民の人たちの婚姻は早い。十四歳くらいでも結婚する人も居る。体の成長が早いから問題はないだろうけれど、早すぎもどうかと悩む。でも、文化や風習だし私一人が首を傾げた所で変わらない事実だ。

 

 「承知致しました」


 そう告げて、別のボーイさんを呼ぶ。


 「ありがとうございます」


 ぴかぴかに磨き上げているシルバートレイを差し出され、オレンジジュースを選んだ。護衛であるセレスティアさまとジークとリンには出されない。よく分かるなあと感心しつつ、ボーイさんたちもプロだからなと一人で納得。そうこうする内にグラス片手にソフィーアさまがこちらへやって来た。


 「楽しんで……――は無理かもしれないが、夜会参加は初めてだろう? 空気に慣れるくらいはしておけ」


 あまり参加する気はないのだけれど、必要に迫られればこうして参加する。確かに彼女の言う通り空気に慣れるくらいはしておいた方が良いのか。


 「はい」


 学院の授業で夜会やお茶会のマナーは習っている。割と真っ先に教えられたけれど、特進科なのであっさりと済まされた記憶が。

 普通科に配属されていれば詳しくならったのだろう。高位貴族の子女の皆さまは各家庭で済ませてある。

 

 「こんな場所で良いのか?」


 「ええ。後ろが壁の方がいろいろと都合が良いでしょうから」


 そうかと小さくソフィーアさまが呟いて、私たちの中へ混じる。公爵さまの所に居なくても良いのだろうかと気にしつつ会場を眺める。ギュンターさまは会場内でワイン片手に誰かと話していた。

 直ぐに相手と話を合わせて、会話に花を咲かせるって難しいので素直に凄い。交渉術とか腹の探り合いとか、私には無理だ。

 私が一代限りの法衣子爵位を頂いたのは、亜人連合国との繋がりが持てたからであって、純粋なお貴族さまとは違うし。お貴族さまらしく振舞うのは無理なので、聖女としての体面が在れば良い。気負う必要はないかと息を吐く。


 「久方ぶりだな、聖女殿」


 片手を軽く上げてゲルハルト・アルバトロス第一王子殿下が私の下へと現れた。ご婚約者である国外の王女さまも一緒だ。

 ぴっちりした正装だけれど、主催者である公爵さまたちの邪魔をしていない。バーコーツ公爵家のご子息さまはゴテゴテな正装をしてかなり目立っていた。品の差が出ているのが面白――……殿下と比べるのは酷か。止めておこう。バーコーツ公爵子息さま、お話しするとマトモな方かも知れないのだし。


 殿下が私の下へ顔を出すなんて全く考えていなくて、居住まいを正し彼と向き直る。聖女としての礼を執り頭を上げると、苦笑いをしている殿下と王女さま。


 「殿下、お久しぶりでございます」


 学院も一緒の所に通っているので、時折顔を見ることくらいはある。そういう時は廊下の隅へ寄って頭を下げるのが常で喋ることはない。それに彼らと会話を交わすと、周りから何を言われるか分からないので面倒事はなるべく避ける。話したのは亜人連合国へ赴いた時だけなので、殿下と話すのは数か月振り。


 「相変わらずのようで安心したよ。亜人連合国へ赴いた後も君の活躍は耳にしていた」


 活躍、なのかなあ。どちらかというと面倒事が舞い込んできただけなのだけれど。亜人連合国へ赴いたあとの事を思い返す。

 いや、やっぱり活躍なんてものではなく、面倒事が降りかかってきただけだ。そもそも聖女が活躍できる場なんて治癒院か討伐遠征に参加した時くらいだから。それ以外の事が私の身に降り注ぎ過ぎただけである。


 「ゲルハルトさま」


 「ん、ああ済まない、ツェツィーリア。――聖女殿、彼女の話を聞いて貰っても構わないか?」


 断れないような。妙な話でなければ良いのだけれどと願いつつ首を縦に振った。殿下の婚約者、ツェツィーリア・マグデレーベンさま。学院では殿下と一緒に行動している姿をよく見る。

 マグデレーベン国の王族なので、整った容姿と身長。私が彼女から二センチくらい身長を頂いても、何の問題もなさそう。王族という立場は羨ましくないが、他の部分で羨ましい限りだった。


 「聖女さま、お久しぶりでございます」


 長期休暇に入る前に、短い時間話すことがあった。その時と変わらず丁寧な物腰。また聖女としての礼を執り頭を上げる。


 「ツェツィーリアさま、ご機嫌麗しく。――不躾で申し訳ないのですが、お話とは一体」


 名前を呼ぶ許可は以前に頂いている。逆に呼ばないのも失礼なので、名前で呼ばせて頂いた。言い出し辛そうなので、話を引き出しやすいように先手を打つと、安堵したような顔を浮かべて。失礼にならなきゃ良いけれど、仕事の話だろうから問題視はされまいて。


 「聖女さまに折り入ってお願いがございます。妹の怪我を治して頂きたいのです」


 少し前、彼女の妹さんが怪我をしたと連絡が入ったそうだ。命に別状はないし健康そのものだけれど傷跡が残ったそうだ。熱い紅茶を手違いで膝の上に落として火傷を負った。怪我よりも残った傷の方に問題があるそうで。


 お貴族さまや王族の女性として大問題。傷モノと言われてしまうし、お嫁に行けないか誰かの後妻となるか、良い相手を望めなくなる。仮の話で、妹さんに婚約者が居たとして許してくれても、よろしくはないのだろう。


 王女さまは単純に妹の心配をしているようだけれど、彼女のご実家的には嫁ぎ先の選択肢が狭まるのでどうにかしたいと言った所か。

 私は傷を治すことは出来るけれど、傷跡を綺麗に治すことは出来ない。これは断るしかないなと目を細めると、ふとあるお方の顔が浮かぶ。そう言えば大規模討伐遠征の際や治癒院に参加した際に、彼女は綺麗に傷まで治して元の状態へ戻していた。


 「申し訳ありませんが、怪我を治すことは出来ますが残った傷を治すことは私には出来ません」


 「そんな……黒髪の聖女さまでも無理なのですか」


 得手不得手、出来る出来ないの問題なんだよねえ。欠損した腕を生やす奇跡を起こしたり、酷い怪我を傷跡一つ残さず治す聖女さまもいらっしゃるが、残念ながら私には出来ない芸当で。

 怪我を治すことは出来るけれど、残った傷まではどうにもならない。雑な性格でも反映されているのかも。で、ちゃんと傷まで治せるのがアリアさまだった。偶々、残った傷を治して欲しいと治癒院へやって来た女性にアリアさまが対応して、綺麗に治していた所を見た。


 「はい。――ですが、傷跡を消すことが出来る聖女さまがいらっしゃいます」


 「本当ですかっ!」


 かなり落ち込んでいたツェツィーリアが、顔をぱっと上げて私を見つめた。


 「国と教会を通して頂いて、指名依頼を掛けて頂ければツェツィーリアさまの望みが叶う可能性があります」


 彼女にアリアさまの名前を告げる。学院生だということも情報に添えておく。ツェツィーリアさまと第一王子殿下ならば妙な事にはなるまい。

 嫌がらせで黙っていることも出来るけれど、それをする理由もないのだし。あとはアリアさまがどうするか次第だ。その辺りは彼女がちゃんと決断すべきだから、口を挟むつもりはない。


 「良かったな」


 「はいっ!」


 「殿下、ツェツィーリアさま。まだ決まった訳ではありませんので……」


 返事次第だからなあ。他国からの依頼となると突っぱねる可能性だってあるし。殿下の婚約者さまの望みだから叶うとは思うけれど。私には無理なのでアリアさまを紹介しておいたけれど。アリアさまの性格なら受けてくれるだろう。ついでにがっぽりお金を頂いておけば良い。

 

 「聖女さま、何かしらのお礼を……」


 情報も価値だからなあ。何もないというのもアレか。


 「ツェツィーリアさまの国の特産品はどういったものが?」


 情報を渡したのだから、情報を頂こう。何か美味しいものがあると良いけれど。


 「え、ええ。畜産が盛んな国なので、乳製品が有名でしょうか」


 少し戸惑いながらもツェツィーリアさまは生真面目に答えてくれる。


 「チーズや生クリーム……」


 乳製品って何があったかなあ。思いつく限りだとあとはヨーグルトとかかなあ。こっちの国にない珍しいチーズとかあると良いな。料理の幅が広がるだろうし、料理長さんが喜んでくれそう。取引出来そうな商店の名前を教えて頂くと、こんなことで良いのかと驚かれた。

 アルバトロス王国から出ることはないし、地元の方からの情報は大事だと思うけれど。情報の価値なんて個人が付けるものだから、王女さまにとっては大したことじゃないのかも知れない。

 私だって聖女さまの情報なんて、あまり価値はないからなあ。同業他社のライバルと捉えている人も居るし。


 お礼を告げられ、殿下方が去って行く。また壁の花を務めていると、件のバーコーツ公爵一家が私の下へ現れた。


 「君が黒髪の聖女だね」


 頭の上からつま先まで視線を動かし、最後は肩に乗っているアクロアイトさまで止まって目を細めている。嫌な視線だなあとアクロアイトさまを私の肩から腕の中へと移動させた。

 いつもならばアクロアイトさまは私の脇の中へ頭を突っ込みそうだけれど、それをせずバーコーツ公爵の目を覗き込んでいる。不敬とは言われまい。ハイゼンベルグ公爵さまから、一家揃って放蕩しているからやっちまっても構わないと許可は頂いているし。


 「はい。ナイ・ミナーヴァと申します」


 「うむ。聖女は珍しい物を沢山所持していると聞く。君自身も珍しいが……――君が所持している一部を私に譲ってはくれんかね?」


 欲求が直球だった。分かり易いから良いけれど、こう捻るとか遠回りして手に入れるとかしないのだろうか。中指をおっ立てて『譲るかバーカ!』と直球に言えればどんなに楽なことだろう。さて、どう返事をしたものかと頭を回し始めるのだった。

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