第357話:【①】誕生会。
公爵さまの誕生会に参加する為に開催場のホール控室へとやって来ていた。本来なら爵位の低い順番に入場するので、会場に入っているのが普通だけれど、後ろ盾である公爵さまの計らいで最後の方に入場する手筈となっている。
「閣下、おめでとうございます」
ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けた偉丈夫が、私の様子を見に控室へ顔を出した。公爵さまに付いている護衛の騎士さまたちも、控室にぞろぞろと続く。座っていた席から立ち上がり、挨拶をする私を見た公爵さまがにっと笑って片手を上げる。
「ナイ。もう歳も十分に取ったから今更だが、皆が祝うと言って聞かんのでな」
顎に手を添えて撫でつつ、私に言い放つ公爵さま。約五年前に出会ったのだけれど、公爵さまはその頃と変わらない気がする。私はちょっと身長が伸びて、聖女としての仕事をこなしている。
ジークとリンも護衛騎士として立派に務めを果たしているし、クレイグとサフィールも自分の道を進んだ。子爵邸に再びみんなが集うことになるなんて全く考えていなかったけれど、彼らは私の弱味の部分だ。妙な輩に絡まれて拉致られたなら、私はキレ散らかす自信があるから。
「本当は会場でお渡しするべきでしょうが、こちらに来られたならこの場でお渡し致しますね」
我が家の家宰であるギュンターさまへ顔を向けると、ケースを手に取って中の蓋を開けてくれた。
「ほう。――もしやこれは、ドワーフ職人が作ったものか?」
箱の中身は杖だ。ここ最近、公爵さまが杖を持っている時があるので、丁度良いかなと思いドワーフの職人さんたちに頼んで作って頂いた。本当はアルバトロス王国を通し亜人連合国を経由してドワーフさんたちの下へ話が入るのが正規ルート。
私は裏ルートを使った。代表さまに直接お願いして職人さんたちと話をした訳である。怒られることはないだろうけれど、特権を使った。腰を折ってしげしげと眺めている公爵さまは、気に入ってくれただろうか。それともまだそんな歳ではないと怒るだろうか。本当、プレゼントってどんなものを贈れば良いのかが難しい。
「はい」
「手に取っても構わんかね?」
「勿論です。使い心地を確かめて下さい。不具合や不都合があれば直しも利きますから」
この場で教えて貰っておいた方が、職人さんたちに話を通しやすい。ドワーフさんたちから、渡す人が使い辛いならば直すから言ってくれと言葉を賜っている。
「ふむ。良いな。――このまま使っても?」
「はい、気に入って頂けたようでなによりです。――閣下、再度になりますがお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。まさかこんな立派なものをワシに贈ってくれるようになるとはな」
呵々と笑う公爵さまを見つつ、後ろに控えているジークとリンへ顔を向ける。
「ジーク」
「はい。――この度はお誕生日おめでとうございます、閣下。私とジークリンデ、クレイグとサフィールからです」
ジークの言葉に合わせて、リンも一緒に頭を下げる。公爵さまに渡したものは花束だ。
生花店で花束を作って頂き、私が状態保存の魔術を施している。招待客は沢山居るだろうし、贈り物は沢山貰っているであろう公爵さま。満足して頂けるかどうかは分からないけれど、気持ちの問題でもある。渡さないより渡した方が心象が良いに決まっている。
「お前たちからもか。すまんな、気を使わせて」
ジークから公爵さまへと花束が渡る。公爵さまが花束を見つめているけれど、花の種類とか分かるのだろうか。
ちなみに私はよく分からない。薔薇とか百合、チューリップに菊辺りなら見分けはなんとなくつくけれど、他になれば花は花じゃんと言い切りそうな勢い。そもそも食べられないしなあ、花って。食用の薔薇とかあるみたいだけれど、高級品だし紅茶に花びらを一片アクセントとして添えてるくらいだし。
「いえ、日頃からお世話になっておりますので」
ゆるゆるとジークが首を振る。公爵さまが私の後ろ盾になってくれなければ、彼らは貧民街で果てていた可能性もある。本当に運が良かった。それに教会で出会った元聖女さまのお婆さんにも感謝しなければ。彼女が居なければ、公爵さまと伝手が出来るなんてあり得ないから。
「お前さんたちは退屈かもしれんが楽しんでいってくれ、と言えん所がなあ……」
喜んでいたのもつかの間、公爵さまが微妙な顔になる。今回のお誕生会に参加したのには理由がある。公爵さまからのお願いで、邪魔な貴族を弱体化させたいそうだ。そのお貴族さまは国への貢献なんてゼロなのに、態度だけは大きいそうな。
「仕方ありません。本来ならば閣下へ贈り物を渡して済ませるだけでしたし」
「まあなあ……。お前さんの名声を使わざるを得ないのは情けない限りだが、相手が相手だからのう」
珍しく歯切れの悪い公爵さまだが、追い落とす覚悟は決まっているだろう。だって今回の相手は公爵家だし。
要するに王家や公爵さまの身内である。陛下にも話は通してあるし首を縦に振っているそうだから、王国からのGOサインは出てる。王家のスペアである公爵家がこんな事態に陥っているということは、救いようのない状態ということだ。
「とはいえ、国に馬鹿も無能も必要ない。遠慮はいらんからな!」
親指を立てて良い顔を浮かべる公爵さま。いや、身内なんだから少しは躊躇っても良いのでは。本当に愉快というか、国に忠実な方である。
「私にそれを言われても……」
「お前さん、聖王国を潰す気でいただろうが」
目を細めて私を見据える公爵さま。
「そんな物騒なことはしませんよ。後が面倒なことこの上ないです」
嘘を吐け嘘を、と言いたげな顔を浮かべている公爵さま。そんなことはしませんて。私がやったのは、大聖女さまに決断してもらう為に迫っただけだ。
向こうでの出来事をどう報告されているのだろうかと頭を抱えるが、終わったことなので気にしてはいけない。前を向いて歩くべき。強く生きよう。やるべきことは沢山あるのだし。
「お爺さま、ナイ」
真っ赤なドレスを身に纏ったソフィーアさまが顔を出した。
「来たか。ソフィーア」
「ソフィーアさま。こんばんは」
ドレスが似合っているのだから、羨ましい限りである。
「どうした?」
「いえ、ドレスとても似合っています」
む、と妙な顔を浮かべるソフィーアさまに首を傾げる。そんなに変な事を言ったつもりはないのだけれど、どうしたのだろうか。この場に控えているセレスティアさまが吹きそうになっているけれど、一体なんだろうか。
「ありがとう。まさかナイに褒められるなんて思っていなかった」
あ、そういうことですか。ドレスの流行りなんて分からないけれど、独断と偏見で似合っているかどうかの判断くらいはつくけれど。ソフィーアさまの顔の良さと身長と体のバランスが取れているからこその着こなし方だし。
「巻き込んで済まないな。少々面倒なことになるが、堪えてくれ」
眉を八の字にして困った顔を浮かべるソフィーアさま。第二王子さまの時にはこんな顔をしなかったというのに、一体相手の公爵さまはどんな方なのだろう。
「はい。――美味しい物が食べられれば帳消しになりますから、大丈夫です」
公爵家主催の夜会である。美味しい物が沢山あるだろうし、面倒や嫌なことは食べて上書きすれば良い。ソフィーアさまも今回の件に噛んでいる。というか一番の被害者ではなかろうか。相手の公爵さまには盛大に自爆して欲しい。今回、引き受けたのにはいろいろと思う所があったからだし。
無事に終えることが出来るかなと、控室の扉を見る私だった。
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