第350話:お名前決めた。

 ――仔天馬さまが産まれた。


 エルとジョセに名前を付けてとお願いされたが、私の乏しい知識では良い名前が付けてあげられないので、学院の図書棟で良い本がないかなと探しつつ名前も探す。運良く人名図鑑を見つけることが出来たのでそこから名前を探しあてた。


 放課後、みんなで子爵邸に戻り玄関先で戻った報告を終えると、そのままいつものメンバーで厩の方へと足を向ける。

 

 「ああ、聖女さま。皆さん。お帰りなさい」

 

 厩の隣にあるエルとジョセが生活している小屋の近くに副団長さまが立っていた。どうやら外に出て仔天馬さまの相手をしているエルとジョセの観察を行っていたようだ。朝一番で子爵邸に顔を出しているはずだけれど、ずっと観察していたのだろうか。私たちが近づいていることが分かり、挨拶をくれた。


 「副団長さま。――こんにちは」

 

 私の言葉にこんにちはと返してくれる副団長さま。研究の為と言って子爵邸に出入りしている彼。身元も確りしているし陛下方からの許可もあるので、彼が子爵邸に居るのは問題ない。

 それよりも、魔術馬鹿を拗らせてご飯を抜くことがしょっちゅうあるので、今日のお昼は食べたのだろうか。一応、副団長さまに軽食を出すようにとお願いしているけれど、家宰さまによる今日の報告会はこの後に行われるから分からない。聞いた方が早いけれど、副団長さまは魔術師団の方へ顔を出さなければならない時間の筈。

 

 「お邪魔しております。――しかし、黒化に翼が多く生えている個体……素晴らしいです!」


 人間だと手や足が六本あれば奇形と言われてしまうのだけれど、仔天馬さまも他の天馬さまたちからそんなことを言われないだろうか。

 心配になってきたので副団長さまに聞いてみようと顔を上げると、違う方向から声が掛かかる。エルがこちらへ来たので、副団長さまは私の相手をしなくて済んだと判断し、ジョセと仔天馬さまを凝視し始めた。放っておいて大丈夫だろう。


 『お帰りなさいませ、聖女さま、みなさん。――まさか黒い天馬が産まれ、翼も多いとは思いませんでした』


 でしょうねえ、でしょうねえと副団長さまがエルの言葉に納得しながら呟いていた。ジョセは少し離れた場所で、仔天馬さまの面倒をみている。

 朝、彼らと別れた時よりも仔天馬さまは随分と確りした足取りとなり、ぎこちないながらも走っている。でも、白色ではなく黒色で。翼も通常の個体よりも多く生えている。


 「えっと、他の天馬さまたちから嫌われたりしない?」


 みにくいアヒルの子みたいに……。アレは種族というか鳥の種別が違うからああなった訳だけれど、仔天馬さまは正真正銘の天馬である。同族である他の天馬さまたちから仲間外れにされないだろうか。


 『心配はご無用です。――』


 天馬さまたちは白が通常だけれど、極々稀に黒や赤毛の個体が産まれることもあるそうだ。突然変異ではあるが通常の個体よりも強くて優れている、とか。翼も多く生えることもあり、色違いの個体が産まれるよりも更に稀だとエルが説明してくれた。

 これを聞いていたソフィーアさまは頭を抱え、セレスティアさまは目を輝かせている。ジークとリンは『そうなんだ』くらいの顔を浮かべながら、私の護衛を務めている。


 『きっと沢山の雌に言い寄られますよ。良いことです』


 「あ、男の子だったんだ」


 雄か雌か朝の時点では知らなかった。そういえば性別も聞かないまま名前を付けると承諾してしまっていた。次があるなら気を付けないと。


 『はい。相性の良い番を見つけ、仔を成してくれれば親として本望です』


 雌であれば強い雄を、雄であれば良い仔を産んでくれる雌を望む。自然界に生きている為か、子孫を残すという意識が強い。

 エルが私に顔を寄せたので手を伸ばして、彼の顔を撫でる。気持ち良いのか目を細めて無言で受け入れてくれている。そうしているとアクロアイトさまが、私の肩の上で一鳴きした。どうしたのだろうと、アクロアイトさまへ顔を向けるとエルが言葉を理解していたようだ。


 『おや、名前が決まったのですか?』


 「あ、うん。学院の図書棟で調べてたら、良い名前候補があったから」

 

 忘れる所だったので、教えてくれたアクロアイトさまの顔を優しく撫でる。気持ち良いのか細く高い声を出して、喜んでいるみたい。


 『聖女さまに話が通じて嬉しいみたいですね』


 ロゼさんが誕生してからというもの、アクロアイトさまの鳴く回数が多くなっている。昨日あたりは鳴くというよりも、短く何かを声に出しているというか。ベッドの上でアクロアイトさまが私を見ながら、短く鳴くのでテーブルの椅子からベッドの縁に移動して座って頭を撫でると満足していたけれど。


 「そう言えば、エルとジョセは言葉が分かるんだね」


 『何となくですが、幼竜さまの仰っていることは理解できますよ』


 丁度良いから、最近のアクロアイトさまとロゼさんのやり取りをエルに聞いて貰う。


 只今、ロゼさんは影の中。ロゼさん曰くアクロアイトさまが五月蠅いそうなので、私の影の中が良いと言い切ってしまった。なのでロゼさんは私の足元で大人しく本を読んでいるか、影の中で過ごしているかである。

 私の部屋に置いている本を読破しそうだから、次は子爵邸の図書室に目を付けているそうだ。あと魔術を練習してみたいと零していたので、副団長さまに話をつけて魔術師団の施設を借りる予定だ。


 『嫉妬、ではないでしょうか。聖女さまの周りには沢山の方々がいらっしゃいますが、魔物や魔獣といった類の方は幼竜さまだけでしたから』


 ポジションが侵されそうなので、それを危惧していると。


 「気にしそうにないけれど……」


 『ご意見番さまの生まれ変わりですが、生まれ変わり故に幼いのですよ。きっと』


 「知ってたんだ」


 アクロアイトさまがご意見番さまの生まれ変わりと、エルとジョセには伝えていないはず。


 『魔力の色や形でなんとなく分かりますし、屋敷の皆さまに聖女さまのお話を聞きました』


 ふふ、と笑っているエル。屋敷の方たちから一体何を聞いたのだろうか。ご意見番さまの浄化儀式から亜人連合国へ派遣されることになった経緯とか、あまり知られていない筈なんだけれどな。

 もしかして誰かが見ていて噂でも流したのだろうか。長期休暇の前半に竜に乗って王都に戻っちゃったし。王都での噂がどんなものか、一度調べて貰うのもアリかも知れない。治癒院に参加した際に、割と凄い視線を頂いていたから。

 

 「あ、そうだ。名前!」


 『ああ、そうでした。本題から逸れる所でした。ジョセ!』


 少し離れている場所で子天馬さまの面倒をみているジョセにエルが声を掛けた。それに気が付いてジョセがこちらへとやって来る。ジョセは普通に歩いているけれど仔天馬さまにはまだ早いようで、ギャロップのように走っている。

 可愛い――


 「――ああ、とても愛らしいですわっ!」


 ――なあ、という気持ちは声を出した主に遮られた。今まで黙って見守っていたセレスティアさまが我慢の限界を超えたらしい。鉄扇を広げて口元を隠し、目を細めてうっとりしてる。

 

 『よろしければ、可愛がってやってください。この屋敷の方たちならば問題はないでしょうから』


 エルに呼ばれてこちらへやって来たジョセがセレスティアさまに向かって告げると、彼女は鉄扇を広げたまま物凄く幸せそうな顔を浮かべた。セレスティアさまの隣に立つソフィーアさまが呆れた顔を浮かべている。セレスティアさまは竜や魔獣が関わると、大体こんな感じなので諦めた方が早いのに。

 通常運転なセレスティアさまは放置して、エルとジョセ、そして仔天馬さまへ向き直る。仔天馬さまへの名前なので、目線を合わせた方が良いかとしゃがみ込むと、仔天馬さまが小さく首を傾げる。


 「えっと。みんなで君の名前を決めたんだ。エルとジョセ、なにより君が喜んでくれると良いけれど」


 短い時間だったけれど今日のお昼休みにあーでもないこーでもないと考えてながら、探し当てたのだから。気に入ってくれると嬉しいなと、仔天馬さまの小さい顔を撫でた。


 「ルカ。――光って意味だよ」


 性別が分からなかったので、どちらでも通りそうなものをと考えていたけれど男性名なんだよね。仔天馬さまが男の子で良かったと安堵していると、仔天馬さまが嘶いた後にぶるると鼻を鳴らす。


 ――魔力、持っていかれた。


 なんで、そうなるのかなあと遠い目になる。もう慣れてきているのも、どうなんだろうと目が細くなるけれど。時折、お婆さまが遠慮なく私の魔力を奪っていく時よりも少ないけれど、仔天馬さまがある程度の魔力を私から取っちゃった。

 

 『!』


 『!!』


 エルとジョセも気が付いたようだし、副団長さまもにんまりしているので気が付いたかな。所で、魔力を取られたってことは気に入ったという解釈で良いのだろうか。誰も何も答えてくれないまま、仔天馬さまへの名付けを終えるのだった。

 

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