第351話:【前】亜人連合国領事館にて。

 ――夜。アルバトロス王国・王都・ミナーヴァ子爵邸横、亜人連合国領事館とある一室。


 最近、天馬が産まれた。喜ばしいことである。


 以前から個体数の減少が気になっていたおり、亜人連合国と称する大陸北西部で繁殖をと何組かの番の天馬に話を通したことがあるが、何故か選んでくれなかった。

 推測ではあるが、大陸北西部はあまり緑が多くない。エルフが住まうエルフの街周辺は彼らの手により木々が鬱蒼と茂っているが、彼らの管理下から一歩外れれば草木の生えない山肌が露出した大地である。おそらく彼ら天馬の好みの場所ではなかったのだろう。


 「オブシディアン、にやにやしてるわね」


 私の名を呼ばれる……――我々亜人連合国に住まう者たちは自分の名を明かすのは、身内と自身が信頼している者に限る。普段の私は代表と呼ばれているが、私的な時間ということもあり、エルフの彼女たちは私を通称ではなく名前で呼んだ。


 「仕方ないよ~。天馬が産まれたんだし」


 保護活動に力を入れたいって前々から言っていたものね、と言葉を続けていた。そう。私は彼の意思を引き継ぐ為、天馬を始めとした魔獣の保護と生息域の拡大を目指していた。

 元々生息数が少ないのだから、彼らを探し当てる段階で大変であったが。大地の魔素が高いと言われているアルバトロス王国に目を付け、一組の天馬の番が仔を産んだ。


 「ダリア、アイリス。喜ばずにいられるか」


 笑みが自然と零れているのが分かる。しかも通常の天馬ではなく、黒化個体で翼まで多く生えている。産まれた仔は強くなろう。そして天馬を統べる存在にもなり得るのだ。

 雲一つなく晴れ渡った青空の下、先頭に黒天馬が翔けその後ろに天馬が続く。そんな光景を想像してしまえば、笑みも零れよう。大陸は人が住む大地と化しているが、それでも我らも彼らと同様に生きているのである。昔と同じようになどと望みはしないが、亜人や魔獣たちが大地を気兼ねなく翔けることが出来ることがあっても構わないだろう。


 「あら。彼の方が旅立った時には随分と気落ちしていたのに、現金なものね」


 エルフの代表格二人であるダリアとアイリスが私を見ながらくつくつと笑う。


 「む」


 それは仕方なかろう。ずっと長きの間に渡って我々を導いてくれた彼が死に場所を求め、国から旅立ってしまったのだから。

 大陸に住まう人間たちから迫害を受けて逃げてきた亜人を、彼が保護したことが亜人連合国の成り立ち。彼が居なければ、私の目の前に居る彼女らとも会えなかっただろうし、こうしてアルバトロス王国の領事館で新たな命が産まれたと喜ぶこともなかっただろう。

 

 「それは仕方ないよ~ダリア。みんな落ち込んでいたんだから」


 「アイリス。私だって落ち込んだけれど、オブシディアンが一番分かり易かったじゃない」


 「確かにそうだけれど。竜のみんなは酷く気落ちしてたじゃない~」

 

 ちょっと鬱陶しかったよね~、とアイリスが言い放った。今になってそんな暴露をしなくとも。知りたくなかった事実である。


 「白竜もじめじめじとじと酷かったけれど、オブシディアンが一番駄目ね」


 代表を務めているんだからしゃっきりしなさいとダリアが言い放つ。彼が旅立ってから喪失感というものが凄かった。自然の流れに身を任せるのが我々竜であるが、ずっと長きを共にした仲間であり親のような方が居なくなってしまったことに心が悲鳴を上げていた。

 

 「!」


 「!?」


 やれやれといった雰囲気のダリアとアイリスの雰囲気が一転し、通信用の魔法具へと顔を勢いよく向けた。話はこれで終わりだと言わんばかりの二人に苦笑を浮かべる。


 「あの子からだわ!」


 「私が出る~!」


 呼び出し音も鳴っていないのに、何故わかるのだろうか。以前に問うてみるとエルフ故の直感だそうだ。竜は鈍いから分かり辛いものねと、言葉を付け足されたが。席から勢いよく立って、二人が魔法具の前に立つと同時に呼び出し音が鳴った。私もソレに気が付くことが出来れば、あの黒髪の少女と魔法具で話すことが出来るのだが……何度か鳴った魔法具を私が取ることは今まで一度もなかった。


 『あ、夜分に申し訳ありません。ナイです』


 魔法具越しに黒髪の少女の声がこちらにも届いた。話の内容が気になり、少し聴力を強化しているのかもしれない。


 「気にしないで。いつでも連絡して頂戴と願ったのは私たちだもの」


 「そだよ~。君が気にしなくて良いからね」


 私と話している時よりも嬉しそうなダリアとアイリス。魔法具越しに、面白そうに笑っている彼女の雰囲気を感じ取れた。二人で魔法具越しに我先に黒髪の彼女と話そうとしている姿が滑稽であるが、二人が特定の人間を気に入るなど本当に珍しい。


 『有難うございます。――代表さまはいらっしゃいますか?』


 「――どうした?」


 彼女に呼ばれれば早急に答えなければ失礼というものだ。『うわ、早』『え、何~』と二人が引いている気がするが、この際関係ない。

 彼女は彼が生まれ変わった幼竜の世話をする方、失礼があってはならない。亜人連合国の代表として振舞わなければならぬのが残念だ。出来ればエルフの二人のように彼女と気軽に話がしたかった。だが、立場がある。そして、彼女にも聖女としての立場があった。

 

 『代表さま、夜遅くに申し訳ありません。ナイです。――少し話したいことがあって、お借りした魔法具で連絡を取らせて頂きました』


 「構わぬよ。それで話とは一体?」


 本当になんだろうか。朝に生まれた天馬のことだろうか。それとも辺境伯領の竜たちを気に掛けてくれているのだろうか。

 そうであれば同じ竜として嬉しいことであるし、彼女が竜に興味があるというのならば全て答えよう。彼女が畏怖してしまわぬようにと、優しい声を心掛ける。私の後ろでエルフの二人がなにやら五月蠅いが、彼女と話している時くらい静かにしたまえ。

 

 『アクロアイトさまの事で相談があります』


 彼女は私室で一人きり――幼竜が一緒に居るだろうが――だそうだ。だから幼竜の名を口にした。彼女は人前で幼竜の名前を告げない。名前は信頼たるものにしか明かさないと言った、我らの言葉を律儀に守ってくれているのだろう。確かに我らは簡単に名を告げない。だが、彼女自身が幼竜の名を付けたのだから、気にしなくとも良かったというのに。

 

 我々も未だに彼女の名を呼べずにいるのだから、止む無しなのかもしれないが。


 「何かあったのか?」


 『この数日、凄く鳴いていまして……理由はなんとなく分かるのですが、喉を痛めないかと心配なんです』


 彼女の魔力を随分と幼竜は吸っているので、どれだけ鳴こうが関係ないのだが、突然訪れた変化に戸惑いを隠せないようだ。詳しく理由を聞くと彼女が創造したスライムに嫉妬しているようだった。そういえば彼女のスライムは喋ることが出来たなと、朝方のことを思い出す。


 「喉を傷めることはない。――ないが、一度こちらへ来て貰っても構わないだろうか?」


 もう少し詳しく聞いてみるべきかと、彼女にこちらへ来るようにと願う。


 『本当ですか? 有難うございます』


 ほっと安堵したように彼女は言葉を紡ぐ。明日の学院が終わり次第にこちらを訪ねると、約束を交わし。長く生きる我々亜人であるが、明日までの時間が随分と長く感じることになるのだった。

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