第349話:お名前候補。

 ――ふあ……。


 勝手に欠伸が出る。寝付けないまま、夜更けに産気づいたジョセの声に飛び起きて、そのまま寝ていないので眠い。

 ただジークとリンも私と同じ状況だったので、みっともない所は見せられないと、目を力いっぱい見開く。馬車の中で良かったと安堵しつつ、膝上にアクロアイトさま、足元にはロゼさんが居るので、誰にも見られていないというのは間違いかもしれないが。

 

 「ふあ。――失礼しました」


 誰かから声が返る訳もないのだけれど、また欠伸が出てしまったので謝っておく。私がいつもより眠たいことがおかしいのか、分かっていないのか、アクロアイトさまがこちらを見て首を大きく傾げる。

 大丈夫という意味を込めて、アクロアイトさまの頭をナデナデ。目を細めて私の手を受け入れてくれるので、ついでに身体もナデナデしておく。長くか細い甘え鳴きをして、膝上で足踏みしている。どうやら気持ち良いようだ。


 『ますたーねむい?』


 足元で大人しくしていたロゼさんが丸いからだを少し伸ばして、声を掛けてくれた。


 「少しね。徹夜はちょっとキツイね」


 若いから、まだ大丈夫だけれど。


 ロゼさんは少しずつ状況を把握しているようで、数時間前のエルとジョセと私のやり取りも興味があるのかじっと見ていたロゼさん。本当にどんどん賢くなっているなあと、感慨深い。


 名前を付けたのでロゼさんは私の使い魔とか従魔という扱いになるそうだし、私が死ぬまでロゼさんも死んだり居なくなったりしないそうで。使い魔とか従魔とか聞きなれない単語が出て来たので、今度副団長さまが教えてくれるそうな。私の魔力量が多いから熟知しておいた方が良いんだとか。

 

 『にんげんはたいへん。すらいむ、ほとんどねない』


 「スライムさんたちって、殆ど寝ないんだ」


 ロゼさん曰く、殆ど動かないけれどちゃんと起きているそうで。動かないイコール燃費が良いということで、睡眠は一日に三十分か一時間も寝れば良い方。

 そういえばロゼさんは夜中、本を読んでいるし昼日中も本を読んでいる。ロゼさんがいろいろなことが出来るのは、創造の際に私が結構な量の魔力を注いだから。いや、副団長さまに教えられた通りに規定量を注いだはず。詠唱を終えてからごっそり奪われたという方が正しい気がする。


 ロゼさんと話をしているのが気に入らなかったのか、膝上でアクロアイトさまが鳴き始めた。この数か月間、一緒に暮らしたけれど無駄鳴きとか一切なかったというのに、どうしたことだろう。一度、代表さまに相談した方が良いだろうか。何度も鳴いて、ロゼさんの頭の上に飛び降りて、また一鳴き。


 『おまえ、うるさい』


 ロゼさん、アクロアイトさまへの当たりが強いような気がする。いや他の方にも変わらないけれど、特に強いような。

 ぴしゃりと放たれた一言は、アクロアイトさまの胸にずさりと刺さったようだ。ロゼさんの頭の上から私の膝の上に飛び乗って、腕と胴体の間に顔を挟み込んで『フスー』と大きく息を吐く。

 

 『おこるなら、ことば、おぼえろ』


 もしかしてアクロアイトさまの言葉をロゼさんは理解しているのだろうか。アクロアイトさまが今以上に不貞腐れる可能性もあるけれど、興味があるので聞いてみよう。


 「ロゼさんは、言っていることが分かるの?」


 『こいつのまりょくのながれで、なんとなくわかる』


 そうなのか。ロゼさんは魔力感知能力も高いようでなにより。アクロアイトさまは拗ねて、私の腕と胴体の間に顔を突っ込んだまま。この状態で学院へ着きそうだなあと窓の外を見ると、そろそろ学院へ到着しそうだった。

 

 「ナイ、着いたぞ。降りよう」


 ジークが馬車の扉を開いて顔を覗かせた。膝上に居るアクロアイトさまを抱え直して椅子から立ち上がると、ロゼさんがひゅばっと私の影の中に入った。

 じろじろ見られるのは嫌だから影の中に入ると、ロゼさんが事前に伝えてくれているので問題はない。


 「うん。――ありがとう、ジーク」


 ジークのエスコートを受けて馬車からおりて校門を目指そうと歩き始める。暫くすると、ソフィーアさまとセレスティアさまが現れて挨拶を交わすと同時、私の腕の中からアクロアイトさまがセレスティアさまへ飛んで行った。


 「!???」


 登校中は私の肩の上がデフォルトなアクロアイトさまが、突然セレスティアさまへと飛んで行ったので彼女は目を丸くして驚いている。


 「ナ、ナイっ!」


 「あー……拗ねてるみたいで。そのまま抱えて頂いても構いませんか?」


 「それはもちろんですが……」


 戸惑いつつも、セレスティアさまの顔がどんどん締まりのないものに変化している。これ以上は彼女の名誉に関わるので見ないでおこうと、視線を前へ向けた。


 「一体なにがあったんだ?」


 ソフィーアさまの言葉に馬車の中での出来事を伝えると、苦笑を浮かべる二人。セレスティアさまが鞄を抱えなおして、アクロアイトさまを抱き直す。


 「貴方さまには貴方さまの魅力がございます」


 セレスティアさまならこのままでも良いと言い出しそうだよなあ。私もアクロアイトさまがこのままでも問題ないけれど、ちゃんとした竜生を送って欲しいから、小さいままというのは不味い気もする。

 

 「なんとなくだけれど、気持ちは伝わっていますしね」


 本当に。何かあれば口で服を引っ張ったりして、アクロアイトさまが行きたい所に導いたり、鳴き方も違うから分かるのに。ロゼさんに影響されて無理に喋らなくとも良いし、アクロアイトさまが喋れるようになったら、その時にお喋りすれば良いだけ。

 

 「ええ。ゆっくりでいいのですよ」


 私たちはその時を楽しみに待っているんだ。いつになるか分からないけれど、知性が高いからその内に楽しく会話を楽しんでいることだろう。喋ることは出来ないけれど、こちらの言葉は理解しているようだから、それで十分。

 アクロアイトさまがセレスティアさまの腕の中から、こちらへと飛んできた。定位置になっている私の肩の上に乗って、何かを考えている様子。歩きながら様子を伺っていると、小さく甘い声を出して顔を擦り付けてきた。


 「やはりナイが一番ですのね」


 「それはそうだろう」


 お二人がアクロアイトさまと私を見ながら、笑みを浮かべる。あ、伝えなきゃいけないことがあった。


 「朝早くに、エルとジョセの仔馬が産まれました」


 「そうか。そろそろと聞いて心配していたが、無事に産まれたならなによりだ」


 「本当に。後で見に行っても宜しいかしら?」


 話ながら校門を抜けて、仔天馬さまの名前を決めなければならないので、昼休みに図書棟へ寄る約束を交わして、騎士科のジークとリンと別れる。特進科の教室へ辿り着くとギド殿下が元気に挨拶をくれた。眠気が酷くて、まともに挨拶を交わせたか覚えていない。

 

 ――昼休み。


 ご飯を済ませて、図書棟に寄る。ソフィーアさまとセレスティアさまにも話すと、協力すると申し出てくれた。

 名前図鑑を見つけたり、鉱石や宝石の図鑑を選んでみたり。肩に乗っているアクロアイトさまが、机に広げた本を興味深げに覗いてる。集まったみんなも、それぞれが考える仔天馬さまに似合う名前をチョイスして頂いている。既に書き出している人もいて、お名前捜索は順調。

 

 「あ」


 人名図鑑をぺらぺらと捲っていると、とある名前に目が留まった。私の声にこの場に集まっていた全員の視線が集まり、次に本へと移された。


 「良いのがあったのか?」


 「どれでしょう?」


 気になった名前を指さしすると、みんながそこの部分へと目を向けて文字を追う。


 「良いんじゃないか?」


 「ええ、とても」


 気に入ってくれたようで、異論はなさそう。ジークとリンにも問いかけると、問題はないみたい。じゃあこの名前に決定だと、名前と名前に込められている意味を覚える。短いし覚えやすい名前を選んだけれど、エルとジョセそして産まれた仔天馬さまが気に入ってくれると良いけれど。


 昼休みももう終わるからと、それぞれの教室へと戻った。


 子爵邸に戻った後、仔天馬さまに会ったソフィーアさまとセレスティアさまは『黒いだなんて聞いていないぞ!』『翼が二対あるだなんて聞いていませんわ!』と突っ込みを入れられ。そう言えば仔天馬さまが無事に産まれたとしか伝えてなかったなと、平謝りする私だった。

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