第348話:産まれた。

 ――生まれた。


 エルとジョセの仔馬が生まれたみたい。ジョセはまだ小屋の中に居るので、ちゃんと目で確かめた訳じゃないけれど。お婆さま曰くジョセも生まれてきた仔天馬さまも元気だそうだ。その言葉に一同安堵しつつ、エルの方へと顔を向ける。


 「様子を見に行かなくて良いの?」


 前足で地面を掻きながら首を左右に揺らしているエルは、ジョセの下へ行こうとしない。産まれた仔天馬さまが気にならないのかと、エルを急かしてみるけれどあまり気乗りしない様子で。


 『元気であれば、そろそろ小屋から出て来る頃かと』


 ジョセの番であるエルがそう言うのならば良いかと納得する。お産している所を見られたくないとか、産まれたての仔天馬さまを誰にも見せたくないとか、複雑な母親心を抱えているのかもしれないし。

 冷めないようにと状態維持の魔術を掛けておいたお湯にタオルを浸けて軽く絞る。みんな心配しつつも、生息数が少なくなった天馬さまの仔天馬が産まれたことを喜んでいる。

 

 フライハイト男爵領でも、他の天馬さまが番で様子を見に行っているようだし気に入れば男爵領でも新たな命が誕生するに違いない。めでたいなあと目を細めながら小屋の入り口を見ると、ジョセが産まれたばかりの仔天馬さまと一緒に姿を現した。


 ――あれ?


 ん、なにあれ。天馬ってペガサスだよね。普通、ペガサスの馬体って白いよね。というか白しか知らない。

 毛色は白、それが通常であり常識であり当たり前である。けれどジョセと一緒によたよたと歩いている仔馬は黒だった。凄く黒光りしている黒と言えば良いか。馬で表現するなら青鹿毛である。黒化個体……なのだろうか。


 私以外の方たちも驚いている。そして何故か私に視線を向けている。まって、私はなにもしていない。無事に生まれてくることを祈っていただけだ。――無罪である。


 「え?」

 

 生まれたばかりとはいえ天馬は天馬。翼が生えていた。まだ小さいその翼は一対のように見えた。計二枚に……見えた。目を凝らして確りと仔馬を見た。まだ翼は小さく分かり辛いが、主翼付け根の後ろに小さな翼が生えている。二対……要するに翼が四枚。黒化して翼が四枚。


 『素晴らしい! 素晴らしいです! ジョセ、よく頑張りました。このような強い仔を産んで下さりありがとうございます』


 まだ足が震えている仔天馬さまにエルが近づいて、口先を上手く使ってあむあむしてる。

 

 『エル。いいえ、大地がこの仔を強くしたのです。流石、魔素濃度が高い場所ですね』


 夫婦の会話を邪魔してはいけないと思いつつも、確認したいことがいくつかある。仔馬はよたよたと歩いているから取りあえずは問題なさそうだけれど、初乳とか済ませたのだろうか。ジョセは初産ではなく、何度か出産を経験しているそうなので大丈夫な筈だけれど。


 「ジョセ、お疲れさま。おめでとう」


 肩に乗っているアクロアイトさまが、私が言葉を言い終わると同時に一鳴きした。


 『聖女さま。――出産に適した場所を私たちにお与えくださり、ありがとうございます。幼竜さまもありがとうございます』


 お礼を言われる程のことをしたつもりはない。

 

 「エルとジョセの頑張りだよ。強い仔を望んでこの場所を見つけたんでしょう」


 偶然に男爵領で知り合って、偶然に子爵邸の魔素量が高かっただけ――私の所為だけれど――である。人の多い王都まで足を運び子爵邸を見つけ降り立ったエルとジョセが、私たちと交渉したことがここで産む決め手となった。王国上層部は竜の次は天馬かと、てんやわんやしていたようだけれど。


 『聖女さまが許可して下さらなければ、ここでの出産は叶いませんでした』


 『ええ。私たちを受け入れてくださり、本当にありがとうございます』


 ジョセとエルが揃って頭を下げる。本当に気配りばかりして。そんなエルとジョセだから、子爵邸を繁殖場所に選ぶことが出来たのだろう。勝手に居付いたとかなら、追い出す確率の方が高い。


 「お礼はいいよ。この仔が無事に大きく育ってくれれば」


 仔天馬さまの側にしゃがみ込む。まだ震えている脚に、身体は羊水で濡れている。ジョセが殆ど舐め取っただろうけれど、血が付いている所もあった。流石に生まれたばかりの仔天馬さまに水をぶっかける訳にはいかない。ジョセはあと少し時間が経ったら、馬体のお手入れをしないと。お尻の辺りに血が付いたままなので、気になるだろう。


 仔天馬さまは顔は小さいし、目はくりくりだ。脚の長さと胴体のバランスがちょっと歪だけれど、大きくなれば解消されるだろう。

 

 「可愛いなあ。――これから暫くの間、よろしくね」

 

 言葉はまだ分からないだろうけれど、挨拶をしておく。分からないようだけれど、私の顔をちゃんと見てくれた。濡れタオルを持っていたので、まだ汚れの酷い部分を軽くふき取る。

 力加減が良く分からなくて恐る恐るやっていると、エルがもう少し強くても大丈夫と教えてくれた。仔天馬さまが大きくなるまでは子爵邸で暮らす手筈となっている。空を飛ぶ訓練も行うそうで、飛行訓練は雄親の役目なのだそう。出産しても約半年くらいはここでお世話になりますと前々から告げられていた。


 「可愛いね~」


 「可愛いわねえ」


 「無事に生まれて良かった」


 エルとジョセと私の会話が一通り終わるのを待っていてくれたのか、エルフのお姉さんズと代表さまがやってきた。お婆さまの姿が見えないので、飽きてどこかに行ってしまったのかも。本当に神出鬼没だし気紛れな気分屋さんというか。

 

 『聖女さま、この仔の名前を決めて頂けませんか?』


 「私が?」


 『はい。私たちの名も頂きましたし、お願いできませんか?』


 エルが私にお願いし、ジョセが念押ししてきた。何だか名前を付ける機会が多くなってきたなあ。ネーミングセンスがないから、結構大変なんだけれど。


 ポチ、タマレベルで良いなら付けられるけれど、犬猫ではなく天馬さまだし。しかも黒毛の四枚翼である。特殊個体といっても良いくらいだ。エルフのお姉さんズや代表さまは、しげしげと仔天馬さまを観察しているし。日が昇れば副団長さまもスキップしながらやって来そうなんだよね。

 

 出産間近というのは分かっていたから、副団長さまが子爵邸で寝泊まりすることを望んだけれど、陛下や国の上層部に止められていた。これ以上、子爵邸に迷惑を掛けるなと。

 無慈悲に下された国からの命令に、副団長さまは凄くしょぼくれてエルとジョセに愚痴っていたのを聞いたのだ。本当にブレないなあと感心しつつ、副団長さまが非合法の魔術師のようにならなくて良かった。頭が切れる人だし、少し前に捕まった魔術師のようにはいかない気がする。


 「ちゃんと考えたいから時間を貰っても良いかな?」


 学院の図書棟に寄って調べてみよう。名前図鑑とか見つけられるかもしれないし。


 『それは勿論です』


 『この仔も喜びます』


 エルとジョセが私の顔に顔を寄せてくる。そんな彼らに私は手で顔を撫でて。仔天馬さまの名付け親を任されたけれど、ちゃんとした名前を付けることが出来るだろうか。

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