第347話:深夜。

 ジークとリンが孤児院へ向かい、保護した兄妹の様子を伺って戻ってきた。私も気になることなので、二人に声を掛けて私の部屋へ来てもらったのだ。


 「元気そうだった?」


 「ああ。妹の方はまだ少し時間が掛かるだろうが、兄の方……テオは元気そのものだ」


 とは言え貧民街暮らしで栄養不足は否めない。孤児院でちゃんと栄養のあるものを食べて、身体を作るのが先だろう。


 「そっか」


 二人の話を聞くと妹さんは順調に回復しているそうだ。まだベッドの上で生活しなければならないが、少しづつ身体を動かして筋肉を付けていく。それと共に食事量の調整、世間のお勉強に始まって文字の書き取りや簡単な計算の勉強。

 孤児院には同じような境遇の子が居るし、上の子が下の子の面倒をみるシステムが出来上がっている。そこで社交性を身に着け、社会へ出る準備をする。妹さんの治癒の対価として少年の未来を差し出して貰ったが、自分が進みたい道を選べば良い。治療費は少しづつ返して貰えば良いだけなのだから。


 ――夜。


 暗闇に星々といくつかの衛星が浮かんでいる。地球の月でいう所の満月だった。何故か寝付けなくてベッドの上で何度も寝返りを打っていた。お布団の中に潜れば割と直ぐ寝られる口なのだけれど。


 「起こして、ごめんね。眠れなくて」


 いつも一緒に寝ているアクロアイトさまが、私の様子が気になったのか起き上がって鼻先を顔に擦り付けた。お返しに、アクロアイトさまの頭や背中を撫でると、小さく鳴いた。


 ロゼさんはベッドの下で本を読んでいる。明るくても暗くても関係ないらしい。スタンドタイプの灯りをロゼさんの近くに置いて、私たちは寝たけれどいつの間にかロゼさんは灯りを消していた。

 本人曰く暗くても読めるそうだ。ちょっと羨ましいなと、ロゼさんの丸い身体を撫でていたのだけれど、それをやるとアクロアイトさまが怒る。どうしたものかと考えるけれど、どうにもならない。悩ましいけれど、なるようにしかならない訳で。


 ――嗚呼ああああああああああああああ!


 発情期を迎えた猫が喧嘩している時のような、赤ちゃんの泣き声のようなものが子爵邸内に響いた。一体何がと飛び起きて、灯りを付ける。アクロアイトさまもベッドの上で、首をキョロキョロと動かして部屋を見渡している。

 驚いて高鳴っていた心臓がフラットなものに戻る。寝巻では肌寒いのでベッドの側に置いていたストールを雑に羽織った。暫くまっていると、ドアから二度ノックの音が聞こえた。訪ねて来たのはジークだなと確信して、どうぞと声を掛けた。


 「寝ている時に済まない。――何もないか?」


 ジークとリンが同時に顔を出した。リンが慌てた様子でこちらへ駆け寄って、キョロキョロと部屋を見渡す。アクロアイトさまと同じだなとリンの腕を掴むと、風邪を引かないようにと羽織ったストールを直してくれた。


 「うん。私は大丈夫。外というよりもジョセの声かな……」


 産気づいたのだろう。痛みで物凄い声を上げたのだろう。念の為に様子を見に行きたい。


 「どうする?」


 「様子見に行くよ。ジークとリンは寝てて良いよ。お屋敷の中だし、私だけで大丈夫だから」


 天馬さまの生息数は減っているので、副団長さまも亜人連合国の皆さんも期待している。産まれたらおめでたいので、お祝いをしなければとエルやジョセよりも外野である私たちの方が盛り上がっていた。

 ジョセが産気づいたら時間を問わず連絡を頂戴とエルフのお姉さんズからお願いされているので、通信用の魔法具で呼び出すと直ぐに行くと伝えられ。

 

 「流石に一人で行かせる訳にはいかん」


 「うん。それに私たちも心配だから」


 「じゃあ、一緒に行こうか」


 私の言葉に同時にジークとリンが頷き、アクロアイトさまも私の肩に乗って一鳴き。ロゼさんも気になるのか、ぷるんと揺れた。どうやら一緒に来るらしい。


 部屋を出て一階に降りると、夜番の人たちが部屋から出てきており、何事だろうかと騒いでいた。ジョセが産気づいたようだと知らせると、何故かタオルやお湯を用意しておきますと伝えられ、危ないからと灯りを持たされた。

 余り沢山の人が見守ると邪魔にしかならないので、部屋でお祈りをしているからと言われた。子爵邸の人たちにこうして慕われているのはエルとジョセの人柄……馬柄故にだろう。誰とでも喋るし社交的。荷物を持っている人のお手伝いを申し出たり、馴染む努力をしていたから。有難うございますと伝えて彼ら彼女らの下から去る。


 「ナイ、この騒ぎは?」


 「一体どうしたんだ?」


 サフィールとクレイグも自室から顔をだし、こちらを伺う。ジョセが産気づいたみたいと伝えると納得してくれたようだ。

 様子を伺いたい所だけれど、亜人連合国の方々も居るだろうから任せると言って、部屋に戻って行く二人。クレイグとサフィールが居ても、向こうのみなさんは気にしないのに。まあ、向こうは気にしなくとも、二人が気になるというなら仕方ない。

 

 「…………」


 緊張が走る。無事に生まれてくるのか。障害を抱えていないのか。何か問題が起こらないか。考え始めるとキリがない。裏手から屋敷を出て厩の横を目指す。妖精さんが心配しているのか、所々で闇夜の中を照らしていた。


 『もう直ぐみたいね』


 「お婆さま」


 ぱっと姿を現したお婆さま。それと同時にまたジョセの声が屋敷の中に響く。


 『おめでたいことだもの、みんなでお祝いしなきゃ!』


 お姉さんズや代表さまたちもこちらへやって来るみたい。子爵邸へ来ることは私が許可をしたので問題はない。先程、夜番の方たちに亜人連合国の方も来るけれど、気にしないでと伝えておいた。

 お婆さまと一緒に歩きながら、厩の横へと辿り着いた。何故かエルが小屋の外でウロウロと落ち着きのない様子で、立ち止まり船ゆすりをしたりと忙しい。

 

 「エル」


 声を掛けると、こちらに顔を向けて何とも言えない顔をしている。

 

 『聖女さま……』


 「傍に居なくて良いの?」


 旦那さんは出産に立ち会うものじゃないのだろうか。まあ前世の日本の常識のようなものだから、適用されないかもしれないが。


 『出産のときはいつも追い出されておりまして……』


 落ち着きなさそうにぶるると鼻を鳴らし、私の下へとやってきたエル。


 「じゃあ私たちも行かない方が良いね」


 『どうでしょうか……聖女さまならジョセは許可をしそうですが』


 「エルも許されていないのに、私が行くわけにはいかないよ」


 行かない方が良いだろう。何かあるならこの辺りをフラフラ飛んでいる妖精さんたちが知らせてくれるはずだから。夜番の人たちがお湯やタオルに寒さ対策で毛布を用意してくれた後、私がお礼を伝えると屋敷へ戻って行った。


 「夜更けに済まないな」


 「ごめんなさいね」


 「ごめんね~」


 裏手から子爵邸の敷地内へ入ってきた、代表さまとエルフのお姉さんズも姿を見せた。大丈夫と首を左右にふる。

 

 「スライム?」


 私の足元でじっとしていたロゼさんに気が付いて、代表さまが不思議そうな顔を浮かべる。


 「学院の授業で……副団長さまが」


 そう言えば伝えていなかったなあと、亜人連合国のみなさまに説明にならない説明をすると、副団長さまと知り納得していた。

 ついでに魔石に代表さまの血を垂らして強化させてたようだと伝えると、何をやっているのだか見たいな顔を浮かべ。ロゼさん自身に問題はないようなので、良いんじゃないかという結論に至っていた。適当だなあと思うけれど、ロゼさんが危険だから殺せと今更言われなくて良かったと安堵する。


 「あの人ね」


 「あの人か~」


 お姉さんズも珍しいようで、屈んでロゼさんをつんつんしてた。


 『やめろ』

 

 「喋ったぁ~!」


 「吃驚したわ、喋るだなんて」


 本当に貴女は規格外ねえと言われるけれど、代表さまの血も関係しているのではと伝えると魔石を強化しただけで、創造の魔術に干渉は出来ないとかなんとか。

 代表さまの血があったから、ロゼさんが産まれたと心の平穏を保っていたのに否定されてしまった。私の魔力量の多さが特殊なスライムさんを創り出したみたい。可愛いから良いかと思ってしまうのは、親馬鹿なのだろうかと苦笑する。


 またジョセの叫び声が聞こえたけれど、大丈夫なのだろうか。待つこと数時間、空が白み始めた頃。漂っていた妖精さんたちが、私たちの周りにやって来る。


 『生まれたみたいね』


 お婆さまが妖精さん達を代表して、そう告げたのだった。

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