第346話:お休みの一幕
ジークとリンが孤児院を伺っているので、私は子爵邸の家庭菜園と天馬さまであるエルとジョセの下へ足を向けた。畑では妖精さんたちがせっせと種を育てて発芽させ、日々成長していくお野菜の面倒をみている。
以前、アクロアイトさまと戦っていた尺取虫は、妖精さん達の手によって直ぐに排除されていた。何故か庭師の小父さまに預けて、小父さまは足で踏みつけて処分しようとしていた為、私が預かり部屋のベランダに設置して鳥さんたちの餌となった。
収穫ペースが早いものは、凄いサイクルで植えて、育てて、収穫してが繰り返されていた。料理長さんを始めとした調理場担当の方々は嬉しいらしい。豊作な上に味が良いし、子爵邸で採れたものだから新鮮。欲しいお野菜があれば種や苗を渡せば、妖精さんが育ててくれる。畑のなかでちょこまかと動いて、間引きや草引きをし、肥料が必要となれば私たちに要求する。随分と働き者であった。
トウモロコシさんを妖精さんに育てて貰えば甘くなるかなと考えて、実を渡すと『カンソウ、サセロ』と突き返された。なのでただいま乾燥中。あと欲が凄く出て、甘いトウモロコシが食べたいと何度か妖精さんの隣で呟やくと、みんなが呆れていた。バターコーン食べたいし、ポップコーンも食べたいのだから仕方ない。
食用の品種を見つけられると良いのだけれど、探すとなれば大変だ。……こういうのって冒険者ギルドに依頼しちゃ駄目なのかな。人間が食べられる甘い品種を知っていれば、紹介してくださいって。アリかもしれないから、冒険者ギルドに立ち寄る機会を設けよう。
以前に収穫したお芋さんをいくらか種芋に残してあるので、また植えてみようと画策中である。蒸かしてバターを垂らして食べたけれど、ホクホクで程よい甘さ。味変で塩を少しかけてみたり、楽しみ方はいろいろ。
余ったり、消費しきれないと子爵邸で働く方々に、持って帰って頂いている。好評らしく野菜が余れば調理場横に設置される箱に、女性陣が群がっているそうだ。就業時間外に選んで持って帰ることや、必要分だけを持って帰ることを徹底して貰っている。
「おはよう、エル」
畑の様子を見ているとエルが私の下へやって来て横に並ぶ。挨拶をすると顔を近づけてくるので、手で撫でる。
『聖女さま、おはようございます』
撫でられながら言葉を発するエルは、目を細めて気持ちよさそう。私の肩に乗っているアクロアイトさまも私の顔に顔を擦り付けてきた。スライムのロゼさんを創造してから、アクロアイトさまのアピールが凄い。
エルから手を放してアクロアイトさまの頭を撫でると甘え鳴きをして、何故かエルの頭の上に移動して一鳴きする。
「どうしたんだろう…………」
今までこんなことは一度もなかったのだけれど。スライムのロゼさんと初対面の時にかなり煽られていたから、悔しかったのだろう。喋れなくとも意思はなんとなく分かる。そりゃ会話を交わせるなら楽しいけれど、今でも十分楽しいのだから。
『珍しいですね、可愛らしいですが。――ところで聖女さま、そちらの方は?』
エルの頭の上で鳴いて満足したのか、私の肩へと戻ってきたアクロアイトさまを撫でる。もっと撫でろと言わんばかりに頭を斜めに傾げたので、ぐりぐりと強めに撫でた。
「スライムのロゼさんです。学院の授業で副団長さまが……」
私の後ろに控えていたロゼさんにエルが顔を近づけた。
『あの方も愉快なことをされますね。しかし通常のスライムとは全く違う気がします』
副団長さまのことをエルは知っている。会話を交わすことが出来るので副団長さまが質問攻めして、エルとジョセが困っていることがあった。
副団長さまは単純に天馬さまたちの分布域や生息数を分析し、保護が出来るようなら大陸各国に通達するつもりだったらしい。魔術以外で、自然保護活動のようなこともやっているみたいで、本当に忙しい人である。
『おまえ、なんだ?』
何故か上から目線のロゼさんである。
『天馬のギャブリエルと申します。皆さんは私のことをエルと呼んで下さります』
ぎゃぶりえる、と呼んでいる人はついにセレスティアさまのみとなってしまった。他の人はみんな『エル』である。彼女には申し訳ない事をしたなあと思いつつ、舌が回らないので仕方ない。
『てんま? ろぜ、よろしく』
数日間一緒に過ごしているけれど、成長が早いなと実感している。見た目は変わっていないけれど、本を読んでいる所為か言葉の発達が早い。まだ語彙は少ないけれど、その内達者に言葉を使いこなしそう。ロゼさんの様子を見ているアクロアイトさまは、よく鳴くようになった。
『ますたー、てんまってなに?』
「説明は難しいね。後で専門書を取り寄せようか」
ロゼさんに苦笑いを浮かべて答えると、何だか残念そうな雰囲気を感じた。馬に翼が生えた馬、という説明では味気ないというか、きちんと説明が出来ていない。
こういう時は副団長さまを頼って文献や専門書を教えて貰う。ロゼさんは知らないことがあると、こうして質問攻めを行うが、分からない物は分からないと伝えると直ぐに引き下がる。
『ありがと』
「説明できなくてごめんね」
自分の無知を恥じなければならないが、知らないことを知った風に教えるのも駄目だしなあ。
『ますたー、わるくない。ほん、よういしてくれるから』
本があれば良いらしい。ロゼさんはどこまで知識を吸収するつもりなのだろう。
『知的好奇心が凄い子です。生まれてくる私たちの子供もロゼさんの様であれば良いのですが……』
エルとジョセの子供はもうすぐ生まれる。ジョセは小屋から出歩くことが少なくなってきており、見立てだとあと数日だとのこと。ちゃんと生まれてくるのか心配になるが、自然の野生生物である。死産の時もあれば、産まれて間もなく死ぬこともあるそうだ。
「ジョセの様子は?」
やっぱり心配だよなあと、エルの方を向く。
『小屋の中で大人しくしています。ジョセももう直ぐだと言っておりましたから』
「そっか。あまり邪魔してもいけないし……エルもジョセの側に居てあげてね」
『はい』
医療が発展していないこの世界。お産は命を掛けて挑まないといけない。新生児の生存率もよろしくないし、どうにかならないかと考えるが一人で悩んでも良いアイディアなんて浮かぶはずもなく。
どうか無事でと祈るしかないしジョセとお腹の中の子供の生命力に賭けるしかないと、空を見上げるのだった。
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