第345話:モブくんとスライム。

 俺が創造で生み出したスライムを見る。楕円形の丸い身体に頭の部分が少し山なりになっている、そのスライム。前世で、超有名ブランドが生み出した歴史あるゲームに登場するスライムの姿にそっくりだった。

 術者の性質や資質に影響を受けると、特別講師であるハインツ・ヴァレンシュタインが言っていたので、俺の記憶に引っ張られてしまったのだろう。ゲームはプレイしたことがないので、どんな特性や性能があるスライムが存在しているのかは知らない。

 

 創造で生み出したスライムは、収納タイプのスライムだと講師が教えてくれた。俺が乙女ゲームのヒーローと関わるとは考えていなかったが、平常心を保てていた。

 それもこれも黒髪の聖女がやらかして、ゲームのキャラクターが俺に話しかけたくらいでは何とも思わなくなっていた。入学初期の俺ならば、どもってまともに講師と喋ることが出来なかった可能性もある。

 ハインツは魔力量が多い故に、察知しようとすると威圧感が凄い。黒髪の聖女はハインツよりも更に多く底が見えないのだが、何故か威圧感や恐怖心は湧いてこない。何故なのかは分からない。単純に警戒心がない故か、そういう質の魔力なのか。


 俺の足元で大人しくしている創造したスライムを見る。早い奴は数分で消えていたし、長く保っても数時間だった。俺のスライムは授業が終わり下宿先に戻っても、消える気配がない。

 勉強机の椅子に腰を掛けていつまで顕現しているのだろうかと、目を細めるとスライムの身体がびくりと揺れた。


 「あ、済まない。脅すつもりじゃあ……」


 ……なかったんだがなあ。ふうと長い息を吐いて、考える。ゲームのシナリオではスライムを創造する授業なんてなかった。そりゃ一期のヒロインアリスも居ないし、二期のヒロインはアリアで彼女は特進科クラスではなく普通科に在籍している。

 ゲームのシナリオに関わる可能性を気にする必要はないが、現実で起こっていることは物凄いことになっていた。


 リームの聖樹は枯れてしまうし、それによって一時期母国へ帰ったギドは、特進科のクラスにまだ在籍している。

 あまり王子殿下らしくない気さくな方で、挨拶や短い言葉くらいなら男子連中と交わしている。彼にとっては他国なので好き勝手に振舞うことは難しいし、貴族や王族として利益があるなら親交を深めるのだろう。

 まあこのクラスで親交を深めるべきは、黒髪の聖女と公爵家と辺境伯家のご令嬢たちが一番であろうが女である。王子殿下ですら一線を越えようとしないのだから、この国において序列が下から数えた方が早い伯爵家の三男が彼女らと関わるのは至難の業。


 親父から命が下されているが、真っ当なルートで治癒依頼を指名で行えば黒髪の聖女と話す機会を設けることが出来るのに。

 指名依頼を出すと高額な寄付を求められると聞いたから、親父は俺に賭けたのだろうが……二学期初日から今日まで一言も言葉を交わす機会がない。

 挨拶くらいは出来るかとこっそり近寄ってみたが、高位貴族出身のご令嬢の圧に負けた。超怖かった。何アレ、ちびるかと思ったんだけれど。下心があるのが分かってしまったのか、一睨みされてすごすごと退却するしかなかった。


 「しかし……まあ」


 ヴァンディリア王国の第四王子であるアクセル・ディ・ヴァンディリアが唐突に帰国したのは予想外だった。

 風の噂では黒髪の聖女が靡かなかったので、傷心の為に母国に戻ったというのが一番有力な線らしい。らしいというのも、彼が国に帰ってからの情報が全く届かない。

 今どういう事になっているのか正しい事を掴むには、アルバトロスの貴族で知ることは難しいだろう。ヴァンディリアに赴けば、何かしら違う情報が掴めるのかも知れないが、そこまでする意味はない。


 ゲームのシナリオであれば、生みの親である側妃さまをどうにかして生き返らせようとアクセルは画策していた。

 ヴァンディリアの聖女ではどうにもならないと判断し、ヴァンディリア王には本心を偽ってアルバトロスにどうにか留学してきたらしい。そこで魔力が高く新人聖女として名前を売り始めたアリアに目を付ける。

 

 死者蘇生が攻略対象の目的と分かった途端、自然のルールに従わないのは……とドン引きするプレイヤーと、亡くなった人が生き返って欲しいという気持ちは理解できると擁護する者。マザコンは無理とぶった切るヤツと、ゲームのプレイ動画のチャット欄で意見が分かれていたことを思い出す。

 

 アクセルとアリアが初めて接触したのは偶然だが、無邪気で明るいアリアの行動にどことなく母親の面影を見つけた。そして魔力量も多いしアルバトロスの聖女である。アクセルにとって好都合だった。

 上手くヒロインを絆して、ヴァンディリアへ連れて行く。ある程度仲を深めると、アクセルから婚姻を望まれることになる。第四王子なのであまり高い爵位は賜れないが、どこかの領地貴族にはなれるはずだから婚姻して下さいと懇願されるのだ。

 

 求婚シーンを見て、演技染みた台詞と一枚絵が素敵とのたまうプレイヤーや無理と叫ぶヤツ。この時はアクセルの目的が何かはっきりしていなかったので、単純に惚れた女を口説いているだけだろうと考えていたが。その裏で死者蘇生を試みていたマザコンだなんて、誰が思うだろうか。


 『死者蘇生なんて、冒涜ですっ!!』


 アクセルの目的が露見し、男の頬を思いっきり平手打ちしたアリアに拍手喝采した瞬間だった。アクセルは王族ということは、その時ばかりはすっかり忘れていた。

 

 『母にも父にも殴られたことなんてないのに!』


 それからみるみるうちにアクセルはアリアにのめり込んでいった。ゲーム上では改心したということだが、あれは依存だ。物語なのだからアクセルのルートに入ってしまえば、終わらせなければいけない。

 共通ルートを終えた後の分岐でアクセルのルートへ入り、感情値稼ぎで恋仲となり、いくつかの山場を越え。アリアの視点でしか語られないゲームなので、アクセルの本心は分からず仕舞い。最大の山場は母親の死者蘇生を望んでいると暴露するシーン。

 

 どう乗り越えるのか興味があったが、あっさりとアクセルが改心して、アリアに本当の愛を抱いたと説明していた記憶があるが。


 もう一つの山場が、アクセルを唆した魔術師をヴァンディリアへ赴いて二人で協力し捕まえる所だろうか。物語はエンディングを迎える。二人幸せになりましたとさ、そう締めくくって。

 

 裏側――相手側の情報があまりにも少なくプレイヤーで考察するしかない状況だった。ありゃ依存だ、いやいや純愛だ。理由なんてなんでも良い、顔と声が良ければそれが全てだと言う猛者も居た。


 本当、いろんなヤツが居るものだ。俺は、アクセルのルートはヤンデレルートだろうと判断した。婚姻生活が始まれば、束縛が強いDV男になりそうというのが俺の意見。アクセルの行動は白馬に乗った王子さまではあったが、母親の死者蘇生が目的なのだから。

 本当なら身内の死は自分自身で乗り越えなきゃならないのにな。悲しむのも悼むのも生き残った者の権利だ。だが生きているのだから、自分や生きている人間を優先させなきゃならない。


 世の中アクセルのような人間ばかりになれば、ゾンビゲームのようになってしまうじゃないか。


 まあ、その本人であるアクセル・ディ・ヴァンディリアは国に戻ってしまったのだから、無用な心配だ。しかし彼の母親である側妃殿下が亡くなったと耳にしたことがない。アルバトロスとヴァンディリアは友好国なので、情報が上がってくるはずなのだが。

 

 あまり考えても禿るだけだなと、いつ消えるか分からない創造したスライムを見るのだった。

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