第342話:【後】子爵邸の皆さまの反応。

 ――スライムさんを創造した夜。


創造したスライムさんにロゼさんと名付けたのは良いのだけれど、普通のスライムよりもかなり知能が高い上に影の中に潜れるというハイスペックスライムさんだった。

 恐らく、魔石に垂らした代表さまの血が影響してロゼさんは賢くなったのだろう。創造後に私の魔力をごっそり持っていったけれど、それはいつものことである。何かが起こる度に私の魔力がごっそりと減るのは定番化しているし、今更驚くことではない。

 

 学院から戻って部屋へ行き着替えを済ませた後、ご飯の前に幼馴染ズに事情説明をしないとなあ。明日の仕事始めのミーティングの時に報告されるだろうけれど、私の部屋に毎夜集まるのが定常化しているから、ロゼさんと面識があった方が良いだろう。

 みんなに周知して頂くため、玄関先から部屋までそのままロゼさんを連れて来た。ぴょんぴょん跳ねながら私の後ろを付いて来るロゼさんを見て、玄関先にこられなかった人がギョッとしたり、私の脇の下に顔を突っ込んだままのアクロアイトさまを見て疑問符を浮かべていたり。

 その内にロゼさんが屋敷の中を勝手に闊歩しても問題ないようになるだろう。後は警備の方々に倒しちゃ駄目だと周知しないと。


 ソフィーアさまとセレスティアさまは仕事部屋に行き、ジークとリンは着替えを済ませたら私の部屋に来る手筈になっている。

 

 で、件のロゼさんは私の部屋に入るなり、キョロキョロと身体を揺らして本を見つけた。興味深げにじっと見つめているので、ページを捲るとまたじっと見つめている。読み終わると身体を揺らしている。文字が読めるのか不思議だったけれど、喋ることが出来るのでおかしくはない……のだと思う。

 私がまたページを一枚捲りしばらく経つと身体を揺らし。ちょっと目を離していたら、既に読み終えていたようで自分でページを捲ることが出来たようだ。集中して一心にページを捲っている。ロゼさんが読んでいる本は、以前に副団長さまが私に贈ってくれた魔術関連のもの。

 私を守る宣言をしていたし、魔術を教えて欲しいと望んでいた。独学で魔術を習得したとすれば、本当に快挙だ。副団長さまが興味津々でロゼさんを眺めていた気持ちが少し理解出来る。どこまで賢くなって、どんな魔術を使えるようになるのだろう。


 必死に読んでいるロゼさんの邪魔をしても悪いなと、未だに不貞腐れている気がするアクロアイトさまの下へ行く。

 部屋に入るなり自分の寝床へ顔を突っ込んで身体を丸くして寝ている。人間ではなく竜なのだから好きに過ごせば良いのだけれど、こうもあからさまだと気になってしまうのが人間というもので。

 

 「怒ってるのかな?」


 私の声が聞こえているのか『フスー』と鼻を鳴らすアクロアイトさま。笑い声が漏れてアクロアイトさまがようやく顔を上げ、勢いよく胸元へと飛んで来る。

 落とさないようにと確り抱きかかえてベッドサイドへ移動して腰掛けた。ゆっくりとアクロアイトさまの背を撫でる。翼があるので上手く最後まで撫でられないのが残念だけれど。頭から翼の付け根までゆっくりと優しく撫でていた。


 「――どうぞ」

 

 部屋の扉を二度ノックする音が聞こえた。同じ二回のノックでも、聞きなれると誰か分かってしまう。今のノックはジークだなと確信しつつ、入室許可を出す。少ししてドアノブを回す音が響いた後、蝶番が軋む音も部屋に響く。


 「入るぞ」


 「うん。――お疲れさま、ジーク、リン」


 赤毛の双子であるジークとリンが私の部屋へと足を踏み入れる。いつものことだから今更何も言わない。護衛業務お疲れと簡単に声を掛けるだけである。

 ドアは閉めずにそのままだった。要らぬ噂が立つくらいなら、開放している方がマシである。大した内容は話さないから誰に聞かれても問題はないし、問題があるならばその前に話さないから。


 「ナイもな」


 「お疲れさま、ナイ」


 二人の言葉に頷く私。放課後の学院でスライムを創造したことは伝えたけれど、詳しいことは夜にと延ばしていた。ロゼさんが気になるのか二人して、必死で本を読んでいるスライムさんを同じ表情で見ている。

 

 「おーい、邪魔するぞ」


 開いたままの扉を雑に二度のノックと同時にクレイグの声が部屋に響く。彼の後ろにはサフィールも居るから、仕事を終えてこちらへ来たのだろう。

 

 「お邪魔します」


 「そんな遠慮しなくても。クレイグ、サフィール、お疲れさま」


 アクロアイトさまを撫でていた手を離して、片手を上げる。それに答えて二人も片手を上げた。


 「おう、お疲れさん」


 「今日も一日無事に終えたね。お疲れさま」


 五人揃ったので、アクロアイトさまを落とさないように片手で確り抱えて、ベッドサイドから立ち上がり部屋の真ん中へと集まる。拳を握った片腕を突き出し、拳面を合わせた。私だけちょっと上に上がっているのはご愛敬。だって身長足りてないから……。


 アクロアイトさまが私たちが拳面を合わせたことを、凄く確りと見つめていたけれど、やりたいのかな。机の上にアクロアイトさまを鎮座させて、拳を突き出してみる。そうするとアクロアイトさまが鼻先をちょこんと当てた。今度はジークとリンをじっと見て、それに気付いたジークが腕を出し拳をアクロアイトさまの鼻先へ持って行った。ちょこんと拳面に鼻先を当てるアクロアイトさま。リンも同じように拳を突き出すと、鼻先をちょこんと当てて。


 次にアクロアイトさまはクレイグとサフィールへ視線を向ける。


 「俺たちもか?」


 「みたいだね」


 クレイグとサフィールが驚いた顔をしているけれど、毎晩顔を突き合わせているからアクロアイトさまにとっても仲間意識が芽生えているのかも。言葉は通じないけれど、会話内容を何となく把握していると思う。私たちの話に時折首を傾げて考えている様子をみせるから。

 クレイグが先にアクロアイトさまの鼻先に拳を差し出し、ちょこん。次にサフィールが拳を突き出して、ちょこん。微笑ましいなあと見ていると、いつもと違う部屋の異変に気が付いたのかクレイグがロゼさんを見た。


 「……なあ、サフィール。アレを見て無事に終えたと言えるのか?」


 「え……。でもナイだから、きっとまた何かしたんだろうなーって」


 やらかすこと前提ですか、そうですか。でも確かに外に出れば何かしら事件に遭遇している気がする。クレイグが呆れ顔でサフィールに話しているけれど、既にサフィールは事実を受け止めているようで。


 「そりゃそうだが……酷くねえか、最近」


 「ナイだよ?」


 「……まあ、そうだがな。誰か突っ込んでやれよ。まだまだやらかすぞ、ナイは」


 最近は更に酷いとな。クレイグが好き放題言っているけれど、否定が出来ない。お芋さん事件や天馬さま襲来や畑の妖精さん。ジョセのお腹の赤ちゃんが産まれそうなので、更に天馬さまの子供生まれた事件も追加される。

 

 「ジークとリンは何も言わねえしなあ」


 私の護衛として一緒に居ることが多いから、経緯を把握していることが殆どだから、ジークとリンは私に対して基本は何も言わない。


 「言っても仕方ないだろう」


 「ナイに不利益になるなら止めるけど」


 ジークはもう私がやらかすことを認めているようで。リンは基本は受け入れているというか、図太い所があるからなあ。


 「はあ……お前らなあ。まあ良い。で、アレは何だ?」


 「何だって、スライム」


 それ以外になんと表現すれば良いのだろうか。


 「馬鹿野郎! スライムが何で本を読んでるんだ! スライムは其処に存在するだけなんだぞ!! しかも何か姿形が違うじゃねぇかっ!!」


 うん。普通のスライムならばその辺りを蠢いているだけで害はない。長く生きた個体や生まれた時からポテンシャルの高いスライムだけが、床をお掃除したりゴミを片付けたりしてくれる。

 八割くらいはその場所に存在しているだけ、残りの二割が何かしらの能力持ちという訳で。透明だったり色がついていたりするけれど、ロゼさんみたいにぷるんとしてない。


 一応、事の経緯を話すのだけれどクレイグはあまり納得していない様子。サフィールは私だからなあ見たいな顔を浮かべてる。


 『ますたー、ほんまだある?』


 あれ、ロゼさんの言葉がちょっと確りしているような。まさか本を読んだ効果なのだろうか。読んだ本を頭の上に乗せて、身体を上手く使って床を移動してきたみたい。無音だったからちょっと吃驚。


 「喋るのかよっ!!」


 凄い鋭い突っ込みを有難う、クレイグ。もうみんな感覚が麻痺しているようだから、クレイグの突込みが凄く新鮮だ。また黒髪の聖女がやらかしたぞ、みたいな感じで直ぐに受け入れてくれる。


 「なあ、誰か本気でコイツに突っ込んでやれっ!! 屋敷を化け物だらけにする気か!? というか簡単に受け入れすぎじゃねーか? この屋敷で雇われているヤツ!!」


 もしかすると精神の均衡を守る為に、受け入れやすいように感覚を鈍化させているのかも。それは私も同じだから、クレイグのように強く在ってなんて言えないけれど。

 採用試験の時に随分と振り落とされたみたいだから、その手のことにも精神が強い人が選ばれている可能性もあるんだよね。陛下に公爵さまや辺境伯さまがどこまで見越していたかは知らないけれど。

 

 取りあえず、スライムのロゼさんが今日から屋敷で一緒に過ごすことになったと、事情説明が無事に終わるのだった。

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