第341話:【前】子爵邸の皆さまの反応。

 副団長さまによる特別講義でスライム創造を果たした訳だけれど、スライムさん、もといロゼさんは子爵邸で働く方々に受け入れられるのだろうか。学院の帰り道、子爵家の馬車に乗り込んでソフィーアさまとセレスティアさまに相談してみた。


 「今更だろう」


 「今更ですわね」


 ちなみにロゼさんは未だに私の影の中である。指示しないと出てこないつもりなのだろうか。他の人たちに迷惑を掛けないなら、自由にしてても大丈夫なのだが、後で伝えておかないと。影の中の環境がどんなものか分からないし、居心地が悪いというなら外で過ごす方が快適だろう。


 「ただいきなりでは驚く者が殆どだ。屋敷の中を自由に出来るのは明日からにした方が得策だ」


 「全員に通達が届くまではある程度時間が掛かりましょうし、家宰さまや侍従長に真っ先に伝えて情報を流して頂きましょう」


 ですよねえ、と微妙な顔になる。アクロアイトさまがなんだか不機嫌な気がするし、妙な事にならなければ良いけれどと願うしかない。未だに不貞寝を敢行しているアクロアイトさまの背中を撫でり撫でりしていると、ソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑していた。

 

 「どうしました?」


 一体何だろうと思い、お二人に声を掛けてみた。


 「いや、随分と懐かれたのだなと思ってな」


 「羨ましい限りです。ナイは幻想種と呼ばれる生き物に好かれやすい質のようなので」


 苦笑いを浮かべつつ、楽しそうな雰囲気のお二人。私の所為でソフィーアさまもセレスティアさまも振り回されている気がするけれど、良いのだろうか。益や利があるから私に付いていると以前に言われたけれど、今でも益があるのかどうか謎である。問題を起こし過ぎて、益よりも苦労が多い気がするし。


 「魔力で惹かれているだけですよ。私自身に惹かれている訳はないでしょうから」


 阿呆みたいな魔力量ってよく言われるものなあ。魔力が多く備わっていると、優遇されるし将来の選択の幅が広がる。もちろん使いこなせないと意味がないけれど、師事すればある程度使いこなすことが出来るものだ。

 センスのある人は、少ない魔力消費で術を行使できるみたいだけれど。私は雑な部類に入るので、もしかしてその辺りも関わっているのだろうか。真面目にシスター・リズに教えて貰っているのだけれど、魔力制御が上手くなっているのかどうか分かり辛い現状で。

 

「確かにそれもあるかも知れんが、それなら魔力だけを取って去ることが出来るだろう」

 

 「貴女の下を離れないのは、何かしらの魅力があるからではありませんこと?」


 邪な心であれば察知するでしょうと、セレスティアさまが言った。魅力ねえ……魅力かあ……。魔力よりも、この世界における平均身長と顔面偏差値が欲しかった。あと胸。同年代のみんなは、私より背が高いし顔が良いんだよ。こんな悲しいことがありますかいなと愚痴り倒したくなる。


 雑談を繰り広げながら、子爵邸へ戻って馬車から降りた。今日は登城する予定もないので、家庭菜園の様子やエルとジョセと話をして、課題をこなしたらご飯とお風呂の予定だったけれど、ロゼさんのことをみんなに説明しないと。

 まだ不貞寝を敢行しているアクロアイトさまを片腕で抱きかかえて、ジークのエスコートを受けながらゆっくりと降りる。腕の中でもぞもぞと動きながら、また私の脇の下へ顔を突っ込んだ。ジークとリンには事情説明は済ませてあるので、アクロアイトさまの様子を苦笑いを浮かべて見ているだけだった。


 「ロゼさん、ロゼさん」


 出てきてくださいなとは言わない。多分名前を呼んだ時点で影の中に居るロゼさんは理解している。馬車停まりなので、まだ人は少ない。御者の方が驚いているけれど、先手を打ってソフィーアさまが説明に赴いてくれていた。


 『マスター』


 「屋敷の皆さんに紹介したいので、私に付いて来て貰っても良いですか?」


 縦に身体を揺らしたので、了承の意と解釈した。私が歩き始めるとずるずると地面を這うように付いて来るのかと思えば、身体を上手く使ってポンポン跳ねて着いて来る。

 ちょっと可愛いかもと後ろを振り返りつつ玄関先を目指すと、使用人の皆さまが待っていてくれた。忙しいだろうからお迎えやお見送りは大丈夫と伝えてあるのだけれど、家宰さま曰く主人を迎えるのも送り出すのも使用人としての務めなのでご理解をと言われてしまった。

 

 「えっと……授業でスライムを創造することになりまして……」


 この場に騎士さまや軍の人が居なくて良かった。スライムは魔物に分類されるし、見たら問答無用でロゼさんが切り付けられそうだから。使用人の皆さまは驚いた顔をしつつ、私だから何が起こっても不思議じゃないなという顔を浮かべて、次の言葉を待っている。


 「何故か特殊な個体を作り出したみたいで……ロゼさん、皆さんに挨拶は出来ますか?」


 『? ――マスター、スライム、ヨロシク』


 私の言葉に対して少し考えた様子を見せた後、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。どうやら私のスライムだからよろしくねと言いたいらしい。喋ったことに対して使用人の皆さまが驚くけれど、天馬さまのエルとジョセ、畑の妖精さんも『タネクレ』『シゴトクレ』と大合唱している所為か、飲み込みが凄く早い。

 突っ込みが少なくて良かったけれど、クレイグには盛大に突っ込まれるんだろうなあ。夜にどう説明すべきだろうかと頭を悩ませるが、部屋に戻って着替えかな。

 

 「よろしくお願いいたします。この家の家宰を務めさせて頂いております、ギュンター・エーベルバッハと申します」


 胸に手を当てて家宰さまがお辞儀する。子爵邸の中では私の次に偉い人となるので、彼が認知したなら他の方たちへの通達をお任せしてしまおう。私が伝えるよりも穏便に済ませることが出来るし。


 『ヨロシク』


 家宰さまへ返事を返すロゼさん。へにょっと丸い形を崩してお辞儀をしていたような気がする。今日は部屋で無難に過ごして、通達されてから屋敷の中を案内かな。護衛を務めてくれている人たちにも紹介して、エルとジョセにも会って貰わないと。

 あとは畑の妖精さんたちやお隣さんにも紹介して、それから……やることは沢山あるけれど、一つ一つ地道にこなしていくしかないなと、挨拶を終えて部屋へと戻るのだった。

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