第338話:【後】特別授業。

 広いグラウンドに出る。いつもは誰かしら居るというのに、今日は人っ子一人いない。


 この場所は魔術科も使用するグラウンドなので、魔力壁を張ることが出来た。お城の魔術陣から魔力を引っ張ってきている為、私の魔力が多少ともあると思うと妙な気分だった。

 私が魔石へ魔力を込めることに興味がある人は付いて来ていたし、興味のない人は教室で留守番である。殆どの人がグラウンドに出ているし、魔術の授業を受け持つ講師が何故か外に出ているし、魔術科の生徒も見学に赴いていた。


 見世物扱いだなあと、ここ最近は人目に晒されることが多くなって気にならなくなっていた。感覚が鈍くなっているなあと苦笑いしつつ、討伐遠征時の感覚だけは鈍らないようにしないと。


 立場と爵位を手に入れて、やっかいな討伐遠征しか回ってこなさそう。楽……ではないけれど、普通の討伐遠征にも出張りたいなあ。知り合いになった人や仲良くなった軍の方が居るのだし。元気かどうか気になるし、治した怪我が妙なことになっていないか聞き出すのも仕事の内。

 時折、他の聖女さまがやり過ぎではと聞かれるけれど、自分が施した魔術が利かなくて困っているとか死んでしまったとなれば寝覚めが悪い。確かに気にしすぎなのかもしれないが、この辺りは性分だろう。細かい所が気になるのだ。


 「グラウンドに施されている防御壁を最大限に上げるよう学院側へ要請致しました」


 先生が遅れてこちらへとやって来た。私が魔術を使うと聞いた学院長が二つ返事で了承してくれたとのこと。

 城から魔力を引っ張ってきているのだから私の魔力で張っているようなものである。これなら自分で防御壁を張っても同じじゃないかと心の中で悪態をつくが、同時に複数の魔術を行使するのは頭に負担が掛かる。やっぱりグラウンドに施してある防御壁を頼った方が良いなと結論付けた。

 

 「さあ子爵さま。これで遠慮なく魔力を注ぎ込むことができますよ」 

 

 あれ、みんなの安全を考えるなら教室よりも断然グラウンドなのだろうけれど。先生、もとい副団長さまに妙なスイッチが入ってしまったのでは。

 グラウンドに出た方が良いと教えてくれたソフィーアさまとセレスティアさまに感謝しなければと、しみじみと副団長さまが語ってる。

 妙なスイッチの入った副団長さまを止める術は、陛下を呼んで止めて貰うしかない。流石に学院のことまで陛下を呼ぶわけにもいかないし、副団長さまの言いなりになるしかないのか。スライム創造の術式だし高価で上質な魔石を使用する訳ではないから、大丈夫だろう。

 

 やる前から心配するよりも、事を起こしてから考えよう。これまでもどうにかなっていたのだ。大丈夫だ問題ないと心の中で呟き、配られた紙を制服のポケットから取り出す。

 アクロアイトさまに何かあるといけないのでソフィーアさまに預けてある。今は彼女の腕の中で大人しくこちらを見ていた。副団長さまの顔を見て一度頷くと、頷き返されたので魔力を練る。


 「――"我が命の欠片を与えよう"」


 大袈裟な詠唱だなと頭の片隅で考える。魔石の質と魔術式次第でスライム以外の魔物や魔獣を創造出来るらしいから、仕方ないのかもしれないけれど。

 唱えている私は随分と恥ずかしい。グラウンドの中央部に一人佇んで、少し離れた所に副団長さまが立ち、他のみんなはかなり距離を取っている。危険人物扱いの気もするが、仕方ない対処だろう。何か起こって怪我人でも出れば副団長さまの責任となるけれど、私も関わっているのだから寝覚めが悪くなる。

 

 「――"服従せよ、我が命の欠片を得た者よ"」


 どえらい上から目線だ。まあ開発した人のセンスが大きくかかわるから、厨二病でも患っていた真っ最中だったのかもしれないから、何も言わないでおこう。黒歴史ノートは誰にでもあるはずである。


 「あ」


 続きを詠唱しようとして口を開くと魔石が割れた。私の様子を見ていた副団長さまがそっとこちらへやって来て、地面に魔石を再度置いて元の位置へと戻って行った。

 もう一度やれということらしい。先程よりも一回り大きくなっており、質も魔力の量もありふれた魔石、要するに普通の魔石である。なら大丈夫かなと、やり直しを試みた。


 「――"我が命の欠片を与えよう""服従せよ、我が命の欠片を得た者よ"""従属せよ、我が命の欠片を得た者よ"」


 語彙力、誰か開発者に語彙力をあげてと悲しくなってくる。殆ど変わらないじゃん! なんでこんな詠唱を当てたのだ。それでもちゃんと術式が発動されるあたり、術として成り立っているのだからなんも言えねえ……。

 

 「む」


 あれ、ごっそりと魔力が持っていかれた気がする。具体的に伝えるなら、アクロアイトさまが空腹時に私の魔力を搔っ攫う時と同じくらいかそれ以上。ちょっと尋常ではない魔力消費に目がチカチカするけれど、瞬きを何度かして元に戻す。


 ――ででーん!


 そんな擬音が耳に届きそうだった。スライム創造なのだからスライムさんが私の目の前に現れているのだが、クラスの皆さまが創造したスライムとは意匠が全く違うというか。スライムは粘性生物とも呼ばれている。

 教室で生まれたスライムさんはでろーんと伸びてハリ艶は殆どなかったが、私の目の前のスライムさんはぱんぱんに膨れ、艶もあるしハリもある。何でこんなことになっているんだろうと考えていると、スライムな身体を上手く動かして私の足元へやって来て、身体を私の足に擦り付けた。つるんとしてて、妙に冷たい。気持ち悪くはないけれど、不思議な肌触り。


 やたらと足元ですりすりしているので、なんだろうかとしゃがみ込むと、スライムさんは身体を縦に伸ばしてお辞儀のように体を折った。


 「流石聖女さまです。新たなスライムを生み出してしまうとは」


 「……副団長さま。あの新しい魔石は一体なんですか?」


 先生と呼ばず、副団長さまを見上げる。一見普通の魔石に見えたが、私の魔力をごっそりと持っていった。普通の魔石にみえるけれど、中身はなにか違う物ではないかと疑っている。


 「一般に普及している魔石ですよ。ある程度のお金を出せば誰でも手に入れられるものです」


 質が高い魔石や大きな魔石は市場に出回らない。危険だし、件の魔術師のように妙な人物に渡って危ない事をされては困る。国が管理し、適切な方法で保管されているのだ。アルバトロスにも国宝級の魔石がいくつかあると聞いた。

 

 「好奇心で代表殿の血を垂らしたので何かしらの変化はあるかもしれませんが。――至って普通の魔石ですね」


 なにしてるのこの人! 滅茶苦茶早い速度で言葉にしそうになったのを堪えた。いや、だって副団長さまだし。興味本位で垂らしてみましたテヘペロと言われれば、副団長さまだから仕方ないと納得しそうだ。私も周りも。


 代表さまの血を垂らしただなんて。魔力が高いし、元々は竜である。そんな方の血を魔石に垂らしたら、何か特殊なものに変化するに決まっているじゃないか。魔石は魔力に反応して、変質することがあるのだから。


 スライムさんが私の足に巻き付いて肩へ乗ろうとしている。創造されて間もないからか、動きが随分と緩慢だ。ぐるぐると足を這いずり、背中へ回り肩へ乗って本来の丸い形に戻ると、アクロアイトさまがかなりの速度でこちらへ飛んで来る。

 なんだろう、こんな早く飛んでるアクロアイトさまを見たことがない。いつもパタパタと羽を動かして、ゆっくり飛んでいるのだけれど。今回はピンと羽を広げたまま飛んでいる。竜の背中に何度か乗らせて頂いたけれど、その時の方たちの飛び方に似ていた。


 私の目の前で急停止して滞空したままのアクロアイトさまが、スライムさんへ向けてかなり大きな声で一鳴き、二鳴き、三鳴きする。珍しい。いつもは周りの迷惑にならないようにと、声を抑えているのだけれど、今回は何の遠慮もなく鳴いている様子。

 

 「おや、嫉妬でしょうかね。可愛らしいものです」


 副団長さまが呑気にそう言い切るやいなや、ソフィーアさまとセレスティアさまが急いでこちらへやって来た。どうやらアクロアイトさまが勝手に飛び立ったので、驚いてこちらへ来たようだ。


 「ナイ、すまない。勝手に飛び出して……」


 「ええ、本当に。貴女が待っていてと声を掛ければ、ソフィーアさんの腕の中で大人しくしているものとばかりに」


 「珍しいですよね。原因は……まあ……」

 

 私の肩で丸く光っているスライムさんへ顔を向ける。


 「……やはりそうなったか」


 「ナイですものね」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが呆れた視線をスライムさんへ向けている。アクロアイトさまはスライムさんが乗っている反対側の肩へ乗って、足踏みをしていた。何か伝えたいことがあるようだけれど、残念ながら言葉が通じない。


 『ゴシュジンサマ、ナマエ』


 スライムさんが私の耳元で声を出した。え、発声器官あるのと驚く。


 「おおっ!」


 「なっ!」


 「……!」


 副団長さまが歓喜の表情を浮かべ、ソフィーアさまは驚きの顔を、セレスティアさまは驚きと何かしらを孕んだ顔になるのだった。

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