第337話:【中】特別授業。

 ――スライムを創造してみましょう。


 副団長さまの言葉に――今日は先生と呼ぶ方が正しいか――スライムって創造できるものなんだとあっけに取られていた。討伐遠征に出ると必ず遭遇する魔物であり、魔物の中でも下級の更に下に位置する扱い。

 襲ってくることはないし、子供でも退治することが出来る為に脅威と捉えられていない。梅雨時期に湧くナメクジのような扱いだった。塩で溶けることはないが。


 スライムは街中に出現する場合もあるし、村や町にも湧くことがある。個体ごとに特性が違い床掃除を得意とするスライムが居たり、ゴミを食べるスライムが居たり。何もしないままその場に存在するだけのスライムも居る。掃除やゴミを片付けるスライムは重宝され、何もしない役立たずのスライムは子供の玩具である。


 棒切れを持ち出されて、スイカ割りのように上段に構えて振り下ろされる。


 スライムの核といわれている部分に当たれば、スライムは消滅する。もちろん死という意味合いで。そして核に当たらなければ、スライムが息絶えることはなく、ばらばらに散った肉体が意思のある生物のように集まって元の姿へと戻る。

 子供にとって遊び道具に適している。襲われたスライムは核に当たらない限りは死なないのだから、ある意味最強だ。災難だとは思うけど。生き物としてならば、種の存続が至上命題。スライムがどう繁殖しているのかわからないが、生きていれば個体数は増えるだろうし。


 「…………」


 手に取った魔石を顔の前に持ってきて観察する。うん、上質な魔石でも普通の魔石でもない、低質な魔石だった。おそらくゴブリン辺りから落ちる魔石だろう。討伐遠征でも高確率で遭遇する魔物で、討伐を終え魔石が落ちていると騎士団や軍の方は拾って同行している魔術師に渡す。


 自然に出来上がっていたルールらしく、質の悪い魔石でも数を集めれば価値が出る。魔術師の人は遠征でも重宝される。強い魔物が出てくれば高威力の魔術を発動させて、一瞬で倒したり致命傷を与えることが出来るし、治癒を施せる人も居るから。軍や騎士団の人たちにとって魔術師の方は、作戦の要になることが多い為、仲が良い方が都合が良い訳である。


 みんなその道のプロであり、命のやり取りの現場で、好き嫌いという個人的な感情は隠し通すけど、一瞬の判断で運命が決まることもある。下心と言えばそれまでだけれど、軍や騎士団の方たちには大事な行為なのである。

 

 「皆さんに行きわたりましたね」


 先生の声でハッとする。思考が逸れていたようだ。怒られなくて良かったと安堵しつつ、手の中にある魔石がキラリと光る。

 隣の席で眠っていたアクロアイトさまが起きて、私の肩の上に飛び乗った。興味があるのか魔石に顔を近づけて覗いている。魔石もアクロアイトさまのご飯となるので、食べちゃ駄目だよーと頭を撫でると小さく一鳴きした。授業中と理解しているのか、私語を飛ばしている生徒より認識力が高いというか、なんというか。

 

 「スライム創造の術式が書かれた紙を渡しますので、それに従って魔石に魔力を込めて下さいね」


 創造されたスライムは早くて数十分、長くて一週間の命と先生は仰ったが、嫌な予感しかしないのだけれど……。


 私が何かに魔力を込めると碌なことが……辺境伯領の巨木は無意識で注いでいただけだし、私たちが食べた最初のトウモロコシさんも不可抗力だ。リーム王国の聖樹は王さまに願われたことなのでノーカウント。

 後で精霊化していたことはリーム王国の極一部の方しか知らないし、黙っていれば私は聖樹を枯らしたアルバトロスの黒髪の聖女で済まされる。子爵邸の家庭菜園には魔力を込めていないけれど、私から漏れ出ている魔力で畑の妖精さんが産まれてしまったし……。


 魔力に関する不思議案件はもう勘弁してほしいなあと先生を見れば『なにを仕出かすか、楽しみにしています』と言わんばかりの顔で。

 にっこにこの先生に物申すことが出来ないし、配られた紙に書いてある術式を発動させ、仕出かした時は腹を括るしかないのではなかろうか。

 

 むうと考え込んでいるとアクロアイトさまが顔を擦り付けてきた後、私の頬を鼻先であむあむしている。

 牙が当たらないように口先を上手く使っているので痛くはない。器用だなあと、もういいよと言う思いを込めてアクロアイトさまの身体を何度か軽く叩く。意思が通じたのか、ゆっくりと鼻先を離して肩の上で大人しくなった。


 「魔力を込めつつ術式を発動させると、術者の性格や性質などが反映されたスライムが創造されます」


 注いだ魔力量に比例して強くなり、特徴も分かり易いものになるのだそうだ。魔力を外へ放出できないタイプの人は、副団長さまが補助をして魔術を発動させるらしい。

 そんな器用なことも出来るのかと感心しつつ、諦めて魔力を込めてみようかと魔石を配られた紙の上に置いた。何か起きれば責任は先生にいくだろうし。


 「ナイ、待て」


 「少々お待ち下さいませ、ナイ」


 ソフィーアさまは前の席から、セレスティアさまは後ろの席から私に小さく声を掛けた。お二人もこれから起こるであろうことを危惧している。やっぱり止めますよねえと、魔力を練るのを止める。


 「先生」


 「お師匠さま」


 今度は普通の音量の声で先生へと声を掛けるお二人。


 「どうしました、お二人共?」


 魔術が苦手な生徒の補助を行おうとしていた先生が、ソフィーアさまとセレスティアさまへと向き直る。


 「ミナーヴァ子爵の魔力は特殊で、何が起こるか分かりません」


 「ええ。魔術師団の皆さまが居る王城であれば緊急時でも対処出来ましょうがここは学院です」


 危なくないかと二人は言いたいのだろう。セレスティアさまは場所が場所ならば、スライム創造は構わないと言いたそうだけれど。ミナーヴァ子爵と呼ばれたことに違和感を覚えつつ、先生の顔を見る。先程までの先生としての顔ではなく、いつもの副団長さまのものへと変わっていた。

 

 「おや。高々スライムですし、仮に何か起こったとしても大丈夫……やはり、ミナーヴァ子爵さまは外に赴いて術式を発動させましょうか」


 何かあった場合は先生が全て責任を取るので皆さん構いませんねと問うと、クラスの殆どの方が大きく一つ頷いた。え、このクラスの中では私は危険人物扱いなのか。腑に落ちないと不満を抱えるけれど、これまでやっていることがアレだった。うん、王都を壊滅させるぞと竜の方々がお怒りになっていたんだ。

 丁度その日は雨で凄く良い演出効果だったしなあ。私、怖くないんだけれど。友達が出来ない原因はコレかと頭を抱えて、周りの人たちが術式を発動させるのを待っている。

 

 同じ魔術式だというのに発動させる人が違うと、机の上に浮かんでいる魔術陣の色が違うのは面白い。魔力の注ぎ込みが足りない人は、創造されたスライムが直ぐに消失しているし、ちゃんと出来た人は机の上にスライムが鎮座している。『うお』とか『きゃ』という声が教室中に溢れており、お貴族さまのお坊ちゃんお嬢さまが殆どの教室内はかなり騒がしい。スライムと不満を零しつつ、やはり不思議なことは面白いのか。楽しそうな顔をしている人も居れば、驚いている人も居る。


 楽しそうだなあとみんなの様子を見ていると、私の番となるのだった。

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