第336話:【前】特別授業。

 捕らえられた魔術師は多くのことを語らない。


 副団長さまが死なない程度の攻撃魔術を掛け、治癒を施せる魔術師に何度か施術して貰いながら尋問していたそうだが、引き出せる言葉は同じ。死者蘇生の魔術式は手に入れていたので、魔術師として未知の領域に踏み込んでみたかった、と。大量の魔力が必要となるから黒髪の聖女とどうにかして、接触したかったそうだ。


 まあ貧民街の子供を使ったあげくに、魔石を仕込んで何かやらかそうとしていたらしいから、あっさりと捕まってしまったけれど。

 魔石にどんな術を仕込んだのかはこれから副団長さまを筆頭に魔術師団の皆さまで解明していくそうだ。禁術であれば封印処置を施して、厳重管理すると聞いた。


 魔術師は私に会いたいと懇願しているそうだが、ガン無視されている。お前みたいなのがアルバトロスの聖女と接触出来るわけないだろうバーカ――意訳――ということらしい。

 残念ながらこれ以上調べても意味がないし、ヴァンディリア王国へ引き渡そうと議会決定がそろそろされるとか。副団長さまが小物と言い切っていたし、興味もなさそうなので価値のない魔術師ということだ。これで価値があるというなら副団長さまと魔術師は昼夜問わず魔術談義となっている筈である。魔術師には変態が多いという言葉は、副団長さまを見ている限りは真実だ。


 「なんでこうなるのかな……」


 独り言が零れ落ちる。以前にリーム王国で竜の意識を魔石から魔石へ移す時に、丁度良い魔石を所持しておらず副団長さまが持っている魔石を代表さまが譲り受けた。

 その際に報酬として竜の血を欲しがっており、最近契約が成された。副団長さまが近況報告と子爵邸内の摩訶不思議を確認する為に訪れた際、事のついでと代表さまの血液採取を行った。

 シリンジの容量が大きくないかなあと目を細めて見ていると、どんどんシリンジの中へ代表さまの血が貯まっていく。恍惚の表情で血を眺めている副団長さまと何も感じていない代表さまとの差が酷い事になっていた。

 

 あとアクロアイトさまが脱皮? 脱鱗? したものが気になるようで、お金は支払うので譲って頂いても構わないかと相談を受けている。おそらく代表さまが居る場で相談したのは副団長さまなりの気遣いだったのだろう。私が問題なければ好きにして良いそうだ。

 アクロアイトさまが脱鱗したものは全て取ってある。魔力の塊みたいなもので、しょぼい魔石よりも魔力が備わっているそうで。

 それを教えてくれたのは屋敷に滞在していたシスター・リズだ。目の見えない彼女は私の部屋の中にこんもりと積まれている正体不明の魔力の塊が不思議だったらしい。アクロアイトさまの脱鱗ですよと伝えると納得していた。見えないのに。


 「そろそろ喋ってくれても良いんじゃないかなあと思うのですよ……」


 ねえアクロアイトさまと声を掛け、私の膝上で大人しくしているアクロアイトさまの顔を撫でる。意味が分からなかったのか、私の目をじっと見て首を傾げた。

 言葉を理解しようとしている犬みたいで可愛いけれど、一方的に喋りかけるのは寂しいので答えて欲しい所である。学院に赴く際の馬車は私一人が基本であり、ソフィーアさまとセレスティアさまとは校門前で合流することになっているから、話し相手が欲しい。


 「無理か」


 苦笑してまたアクロアイトさまの頭を撫でると、今度は一鳴きする。喋ったら喋ったで楽しいだろうけれど、言葉は通じないけれどアクロアイトさまの行動で何となく察するのも楽しい。


 今日の授業では副団長さまによる特別講義が開催されるとのことで、数日前から特進科内は少々ざわついている。有名な魔術師である副団長さまの人気が高い所為なのか、講義や師事を受けることは滅多にないそうで、魔術を使う者ならば一度は教わってみたいらしい。

 陛下命令で副団長さまから魔術について教わっている私はかなりの贅沢者らしい。ソフィーアさまとセレスティアさまの幼い頃に、副団長さまの教えを受けられたのは単純に副団長さまの貧乏時代だったからだそうで。家の名声もあるが、運が良かったとお二人は零していた。


 で、いつものように合流して教室に赴き、副団長さまの特別授業の時間となる。


 取り調べや魔術師団の魔術師の方たちへの教育も担っているというのに、副団長さまはバイタリティーに溢れている。疲れた所をみた記憶がないし、いつも笑みを浮かべて『魔術! 不思議! サイコー!』みたいなテンションだ。


 もしかすればショートスリーパーなのかもしれないし、魔術でなにかしらの肉体強化を施しているのかもしれないが、副団長さまは以前攻撃一辺倒だと聞いている。だったら誰に強化魔術を施して頂いているのだろうか。まあ魔術師団の副団長さまなのだから、同僚や部下にお願いしているのだろう。深く考えない方が良さそうだった。


 「皆さん、本日の魔術の時間は僕が担当することになりました。特別講師のハインツ・ヴァレンシュタインと申します」


 学院の授業となるので身分や立場は気にせず生徒と先生の関係だと嬉しいですと、やんわりとした口調で告げた副団長さま。

 じゃあ副団長さまとは呼ばずに、先生と呼んだ方が良さそうだ。今日の副団長さまの雰囲気はいつもの副団長さまではなく、先生としての至極真面目なオーラ。副団長さまが子爵邸へ訪れた時に現れるハイなオーラは伺えないのだから。


 「ではこれを順番に回しつつ、興味の惹かれる物をひとつ選んで取って下さい」


 箱の中に入った何かを順繰りに回し始めた。最初に回った人が手にしたものは、小さな魔石。下級の魔物から落ちる程度、ようするに価値の低い魔石だ。お貴族さまには珍しいのか、手に取った方たちは光に透かして眺めていた。

 宝石のように綺麗にカットされている訳ではないが、魔石は綺麗に整った形で落ちることが多い。魔力を込められる量で価値が決まったり、落とした魔物が何になるかで価値が決まることもある。宝石として利用される魔石は大きさや色合いで値段が決まるのだとか。魔術師の方は指輪として加工し、身に着けていることもある。魔力が切れた際の予備タンクなのだそうだ。


 生憎と魔力切れを経験したことがなく、魔力を使い切る前に身体の方が音を上げる。良いのか悪いのかよく分からないが、アクロアイトさまやお婆さまに魔力が吸い取られている所為で総量が多くなった気がする。

 ただ多くなった代わりに、魔力制御が甘い故に駄々洩れしているそうな。シスター・リズに教えを乞うて少しずつは改善しているけれど、漏れ出る魔力が多いとか。

 自分じゃ分からないし、周りの人も感じていない。魔力に対して敏感な人が気付いている様で、そんな人たちは苦笑いを浮かべてる。お婆さまや天馬さまのエルやジョセ、そして子爵邸の畑の妖精さんたちには喜ばしいことなのだそうで。

 

 「ナイ、ほら」


 私の席の前になるソフィーアさまが箱を回してくれた。

 

 「ありがとうございます」


 受け取ってお礼を述べた後、箱の中へと視線を向ける。沢山魔石があって目移りするが迷っていても仕方ないと、真ん中に転がっていた魔石の内の一個を手に取り、後ろの席のセレスティアさまへと回す。順番に箱が回って行き最後の人にまで行き渡った。箱が副団長さまへと戻され、彼が口を開いた。


 「スライムを創造してみましょう」


 副団長さまの声が教室内に響くと、女子生徒の一部が『スライムなんて……』と拒否反応を示し、男子の皆さまは『スライムなんてなあ……』と微妙な雰囲気を浮かべ。

女子はスライム特有のあの粘着質な表面の特性が嫌で、男子はスライムという下級の魔物より更に下の扱いを受けているスライムに残念がっている。

 ギド殿下は楽しそうに笑いつつ、魔石を不思議そうに見ていたし、ソフィーアさまとセレスティアさまは副団長さまに慣れているのか、落ち着いたまま。私はスライムって創造できるんだ……とあっけに取られるのだった。

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