第335話:【後】非合法の魔術師。

 平民の格好をしているが、纏っている布の質や抱えるオーラが平民のものではなく、貴族だと直ぐに分かった。何のつもりなのか無邪気に『とても素晴らしかった』と俺に声を掛けた青年は、先ほどまで公演されていた劇の内容を楽し気に語る。

 別に俺は餓鬼に興味もないし、誰かと語り合う趣味を持ち合わせていない。俺自身の中で消化できればそれで構わないし、誰かにこうして語って貰わなくとも劇の素晴らしさは十分に理解しているのだが。

 

 ただ俺の目の前で楽しげに話す世間知らずのお坊ちゃんに取り入り、何か旨い話を聞きだせないだろうかと考えた。仕事を斡旋してくれていた男はもう居ない。なら目の前のお坊ちゃんは良い情報源であり、獲物でもあろう。


 得しかないと判断すると人間とは現金なもので、笑みを簡単に浮かべられた。それを勘違いしたお坊ちゃんは更に話を加速させる。お気に入りの演者や演目に、人気の劇団。俺だって観劇好きの端くれである。ある程度の知識は既に身に付いていたし、お坊ちゃんには敵わない年季というものがある。

 

 ――また来られますか?


 そう問われ、ああまた来ると答えるとせっかくならまたご一緒しませんかと問われた。毎度一緒に来ていた女性が病に臥せり、一人で観るのは寂しいと笑みを陰らせる。

 観終わった後にこうしてだらだらと話すのも悪くないと考えた俺は、お坊ちゃんが都合の良い日を聞き出す。どうせ今は暇なのだから、時間の融通は俺の方が合わせやすい。


 それから何度か顔を合わせるうちに、お坊ちゃんの情報を得られることとなる。毎度一緒に観にきていたのは母親だそうだ。病に倒れ療養中で好きな劇場へ足を向けることが出来ないと。

 代わりにお坊ちゃんが劇を観て母親に語ると楽しそうな顔を浮かべてくれるし、暇だからお喋りをしてくれる息子が居て嬉しいと伝えてくれる。


 母親と一緒に居ることを拒否しそうな年頃だというのに、お坊ちゃんにはそれがない。他所さまの家庭に首を突っ込むのは無粋であるが、病気の種類が分かれば俺でも治癒できるかもしれない。魔術師だと名乗っておくべきと判断して、お坊ちゃんに『俺は魔術師だ』と告げる。

 お坊ちゃんは俺の言葉に目を丸くした後、もし母親の病気が治せるのならば当主である父を紹介したいと言った。


 だが次の瞬間ヴァンディリア王国特有の風土病と聞き、治癒は無理だと分かってしまった。


 落胆するお坊ちゃんの肩を何度か軽く叩く。そういえばアルバトロスには黒髪の聖女が居たな。まだ無名であるが、魔力保有量がとてつもなく多いと風の噂で聞いた。聖女なので魔術師として大成することはないが、あと数年も経てば表舞台へ立つだろうと。そんな聖女の助力が得られるならば、禁術である死者蘇生さえ可能だろうなと頭をよぎる。

 

 助けられなかったことの詫びとして『アルバトロスの聖女の質は高い。もしかすれば……』と神妙な顔でおぼっちゃんに告げる。魔力が高いものが治癒魔術を施せば、風土病であれ治るかもしれない。一縷の望みを掛けてみるのもアリだが、他国から聖女を呼ぶとなればかなり高額な金を支払わなければならない。

 お坊ちゃんの家がどの程度のものなのか知らないが、金の工面が出来るのか……分からないが、彼の家の当主が決めることか。

 

 ――少し時間が経ち。夏真っ盛りの頃だった。

 

 母が目を覚まさないとお坊ちゃんが項垂れながら俺に言ったが、いつもと様子が違う。少し前から疲れた雰囲気を醸し出していたが、今日は目の下に隈を作り少し頬がこけていた。

 目を覚まさないという言葉が衰弱して目を閉じたまま生命活動を維持しているのではなく、死んでしまっているとすれば……。弱っている人間に付け込むのは容易い。

 

 『……目を覚ます方法がある』


 下を向いていた顔が俺の方を向き、強く握っていた握り拳が解かれて俺の肩に置かれた。


 『本当ですか!!?』


 お坊ちゃんの耳元に顔を近づけて、小さく囁いた。この言葉を他の連中に聞かれる訳にはいかない。聞かれてしまえば、誰かが止めるだろう。


 『魔力を大量に注げば目が覚めるかもしれない。――今、この大陸で話題となっている黒髪の聖女のような者に頼めば……』


 嘘は吐いていない。過去、大量に魔力を注いで死者を生き返らせたという文献は残っている。秘術や禁術に分類されているが、魔術式は確かに存在した。

 魔術師として男の依頼を受けていたからか、眉唾ものの文献が男から俺に齎されていた。金持ち相手に商売するには必要だったのか、死者を生き返らせる魔術も男から情報を得ていた。記憶転写や寿命を延ばす魔術は実際に試して成功している。それらを応用して新たな魔術も生み出したこともある。


 金持ち相手に商売するには必要だったのか、死者を生き返らせる魔術も男から情報を得ていた。


 『本当にっ!?』


 『ああ。黒髪の聖女の魔力は一級品どころか、竜をも超える量らしい。もし俺の下に彼女を連れて来ることが出来れば、儀式魔術を執り行おう』


 『分かりました、必ず貴方の下へ連れて参りましょう』


 光が消えていいたお坊ちゃんの目にようやく、意思が宿る。明るい光などではなく、仄暗く淡い闇に魅了された者の目。

 俺の目と同じになったお坊ちゃんは正体を語った。ヴァンディリアの第四王子だと。長兄と次兄が優秀な為に民からの認知度が低く、街の中を勝手にウロウロすることが出来ると言い放ち、好きな観劇も気ままに観れるからこの方が良いのだそうだ。俺にとっては好都合だった。金はあればある程良いのだから。

 

 ただ死者を生き返らせる方法は、圧倒的な魔力の量が必要となり俺の魔力と所持している魔石では無理だ。実験として貧民街から死体を盗み出して儀式を執り行ったことがあるが、一瞬目を開いただけで終わってしまった。

 だが希望があった。これで十分な魔力さえ死体に補填出来れば……。だからこそお坊ちゃんを唆し、目を覚まさない人間へ魔力を注ぎ込めば可能性があるとこっそりと教え、準備の為にある程度の纏まった金が必要になると伝えた。


 お坊ちゃんは俺の言葉を真に受けて、私財を売り払ったのかある程度の金を工面した。依頼となるので金を袖の下にすることはなく、質の良い魔石を五個ほど用意し、更に上質な魔石を一個購入することが出来た。

 お坊ちゃんはアルバトロスへ向かい、二学期から王立学院へ通い黒髪聖女と接触する為に行動すると俺に告げてヴァンディリア王国を去った。俺の下へ連れて来るよりも、アルバトロスの王都に竜が再来したりリームの聖樹に関わり聖王国に乗り込んだと聞いた。お坊ちゃんが黒髪の聖女を連れて来ることはないだろうと諦めたが、本当にそれで良いのかと心の中の誰かが叫んだ。


 黒髪の聖女を手に入れることが出来れば、俺の名声が大陸中に広がるのではないか。俺を雇うことがなかったあの国の者たちを見返すことができるのではないか。金に困っていることを知って尚、安い金額で俺に魔術の行使を強要させた者たちにあっと言わせることが出来るのではないか。


 考え始めると止まらなかった。


 黒髪の聖女はまだ十五歳の子供と聞く。お坊ちゃんと同じ年齢で、アルバトロスで聖女を務めている。慈悲深く優しい聖女さまと噂だ。平民出身と聞いたが裕福な家庭出身なのであろう。

 孤児院へ寄付をしたり、貧しい者からは金を取らず代わりのもので対価を払わせていると聞く。治癒院が開かれればよく顔を出すようだし、典型的で見本的な聖女である。竜を従わせることが出来ると聞いたが、眉唾物の情報だ。本当に竜を従わせることが出来る人間が居るとは思えない。


 聖女がお坊ちゃんのように死者を生き返らせたいと願う心があるのなら、希望があるのかもしれない。


 禁術ではあるが教会の連中も奇跡を起こそうと、死者蘇生の魔術に手を出したことがある。まあ、そういう連中は俺と同じで真っ当な者ではないが。

 死者の復活を願う者が居てもおかしくはない。大事な人間が死に、生き返って欲しいと願う可能性もある。そこに付け込むことが出来れば。


 記憶転写の魔術を聖女に施すことが出来れば、俺は聖女となり替わることも可能だ。


 何、心配は要らない。記憶を転写させて人格を乗っ取ったことは何度かある。後ろ暗い事をして国から追われた犯罪者が俺を頼って大枚を払った。貧民街から適当な人間を選び、犯罪者から貧民街の人間へ記憶を転写してソイツになり替わったのである。

 記憶転写により犯罪者の身体は抜け殻となり朽ちていた。貧民街の人間の記憶は何処に行ったかは分からない。要望は叶えることは出来たし、貧民街暮らしの人間が一人いなくなった所で騒ぎにもならないから問題はなかろう。

 

 これを自分に施せば。魔石を触媒として術式を仕込み起動できる状態に持ち込み、聖女と接触を果たすだけで良い。厳重な警備が敷かれてあるだろうが、お坊ちゃんに囁いたように子供に金を握らせて馬車を止めれば可能だろう。

 

 最強の魔術師に至る為の道筋が見えた頃、お坊ちゃんがアルバトロスから戻った早々謹慎処分を受けたと噂を耳にした。気のない聖女を無理に口説こうとしたことや、勝手にヴァンディリアへ戻ってきたことを咎められたと。


 もうお坊ちゃんに構う必要もないだろう。母親が目覚めなくなったと聞いてから、幾分か時間が経つ故に死者蘇生の魔術の成功率はかなり低くなっている。俺自身が黒髪の聖女と接触して、上手く事を運べば俺の下へ就かせ、無理ならば入れ替わる。厳重な警備を抜けられるかどうかは賭けだが、これまで分の悪い賭けを何度かやって勝っているのだ。


 今回も上手くいくと言い聞かせるが、どうにも嫌な予感がする。


 ならば一つ保身を図っておくべきかと、お坊ちゃんの金で手に入れた良質の魔石を取り出して、俺の記憶の一部を転写した。そうして懐に入れて隠れ家を出る。嫌な予感がひしひしとする為にいそいでその場を後にした。証拠は残っているが俺という人間に辿り着けるかどうか。


 何度か転移魔術を行使して、森の中で野宿する。魔素量が多い場所だったので、俺の記憶を転写した魔石を仕込むのに丁度良い。この場所から少し遠くはあるが大木の下で何組かの竜の番が子育てを行っている時点で、この辺りの魔素量が多いことは確定である。


 上手くいけば何か月後か何年か何十年後か何百年後かに魔素を吸収した俺の記憶が精霊化するはずなのだ。

 死んでも俺の記憶があるのならば、それは俺だ。例え今の俺が死んでも魔石に残した分身の記憶が新たな俺となる。大木の洞に魔石を放り投げて、枯れ葉を大量に詰め込んだ。人里から離れた森の中だから、見つかる心配も盗まれる心配もないだろう。


 ――さあ、行くか。


 朝日が昇る。裏社会で生きる魔術師には不似合いすぎると苦笑いし、転移魔術を発動させる。そうしてアルバトロス王国の王都へ着いた俺は、聖女に一度も会うことはなくお縄につくのだった。

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