第334話:【前】非合法の魔術師。

――捕まってしまった。


 俺にとって魔術とは寝食を忘れて研究を行ってしまうような、広く深く……まるで世界の真理を覗き込むような気持にさせてくれるもの。神秘の再現。

 己の魔力を練り体の外へと放出させ、魔術式によって魔力を変化や変質させて起こす奇跡。幼い頃、偉大な魔術師として名を馳せていた男が魔術を行使する場面に出会い、それ以来俺は魔術の虜となったのだ。


 俺は平民出身であったが、生まれもった魔力の高さで国が運営する魔術師養成学校へ入学することが出来、その中で成績上位者と競い合っていた。

 貴族特有の魔力量の多さに私は及ばなかったが、ソレが強さに直結するとは限らない。詠唱速度や術式構築の改良、出来ることは沢山ある。切磋琢磨して偉大な魔術師のようになるのだと、純真な心をその時の俺は持っていた。


 だがやはり、生まれもった魔力量の多さに敵わないと悟る。


 継戦能力や魔術の威力にどうしても負けてしまう。どんな工夫を用いても、どんな奇策を考えて実行しても、魔力量の多い者には敵わない。

 どうすればいいかと頭を抱えた俺は、誰かと競うことよりも魔術の研究へ没頭していったのだ。学校を卒業する頃には、日陰者となっていたことはお笑い種だ。魔術師として実力を提示できない俺は国が抱える魔術師団に属することも出来ず、魔術師団の下に位置する研究職にすら就けなかった。


 居場所を失くした俺は国を捨てた。出身国よりも魔術が発展していない国へと赴き、仕事を探そうとしたのだ。冒険者として日銭を稼ぎつつ、大陸北部を中心に移動することになる。大陸南部よりも、北部方面は魔力量が乏しい者が多い。大陸南部に向かっても良かったが、魔術師団に所属するとなると身分がはっきりしていないと難しいと聞いたから止めた。


 ある程度の実力があれば貴族に召し抱えられる可能性もあれば、冒険者として名を上げることも出来る。職探しと同時に研究も怠らない。魔力量が多いとはいえ、貴族の連中を超えることは中々難しい。

 魔石で誤魔化すことも可能であるが、なにせマトモな魔石は貴重で値段が高い。冒険者として強い魔物を狩れば魔石を落とす時が稀にある。ただそういう魔物はパーティーを組み、複数人で倒すものだ。換金して分配するのが常で、個人が入手するには少々難しい。自分で買い取ることもできるが、市場に出されれば更に値が上がる。

 

 『なあアンタ……魔術師なんだろう?』


 とある国のとある場所の酒場で、くたびれた男が俺の目の前の席へと掛けた。一体どういうつもりかと睨み返しても、男がたじろぐことはなく。


 『この魔術、行使出来るか?』


 数枚の紙を俺の前に出し金なら払うと男が告げた。金、という言葉にピクリと片眉が動いたことを自覚しつつ、出された紙に目を通す。

 それは禁術と呼ばれている魔術で、執り行えば魔術師として名声も富も失ってしまうと学校で教諭から教わった。もちろん、学生であった我々に術式が提示されたのではなく、こういうものがあるが使ってはいけないと、魔術師としての在り方を説かれただけ。

 

 男が言うには、貴族のご令嬢が大切になさっていた愛犬が亡くなったそうだ。幼い頃から一緒に時間を過ごしながら成長してきた。当然ながら人間よりも犬の方が命は短い。嘆き悲しむ令嬢を哀れに感じた親がどうにか犬を生き返らせることが出来る魔術師が居ないかと探しているらしい。

 

 例え畜生であったとしても死者蘇生の魔術は禁術であるのだが、男が差し出した紙は死者蘇生ではなく魂の転写と言うべきか。だから俺の言葉は決まっていた。

 

 『無理な話だな』


 俺はこの紙が死者蘇生の魔術式を記したものではないと男に告げる。何故か男は口元を伸ばして片方を歪に押し上げた。

 

 『犬を生き返らせようなんて思っちゃいないさ。ただ、犬の記憶や魂を他のモノに移すことが出来りゃ、貴族のダンナも認めてくれるっつーことだ』


 死者蘇生の願いなど叶わないと知っているからか、譲歩案で犬の複製や魂の転写でも構わないと、裏界隈で噂が広がっているとのこと。男が提示した金額は俺にとって魅力的なものだった。

 冒険者として日銭を稼がなくとも良くなるうえに、定住できる金額であったのだから。失敗しても話を持ってきた男に被せれば良いだけだし、術式もあるならば可能だった。あとは魔力が足りるかどうかが一番の問題であるが、所持してある魔石で事足りる。


 『わかった。話を受けよう』


 俺の言葉に人好きのする笑みを浮かべる男は、裏社会の中では顔が利くようだった。こっそりと依頼主の貴族と会う手筈が整えられ、自身が持っていた魔石と男が念の為と用意した魔石に俺自身の魔力で術を成功させる。

 死んだ犬から生きている犬への記憶の転写は成功したのであろう。悲しみに暮れていた貴族の令嬢が笑みを浮かべ『あの子と仕草がそっくりよっ!』と涙を浮かべながら語ったのだから。

 

 本当かどうかは分からないが、金にはなる。


 令嬢のように望むものは多くいるだろうし、後ろ暗いことをしているから仮に失敗しても痛くはない。追っ手が掛かる可能性もあるが、国を捨てた俺が今居る場所を捨てることに躊躇いはないのだ。

 そして禁術やあまり勧められない魔術は金になると学んだ。しばらくは居付いた国の裏社会で顔の利く男の世話になった。男は魔術が使えない故に、俺を便利な者として扱ったし金払いも良かった。魔石の購入や魔術の研究費には困らなくなったし、自己流で新たに魔術を生み出し行使することは楽しい。


 研究に行き詰まり街をフラフラしていた時、たまたま入った劇場で初めてみた劇に魅入られた。あれは小さな世界だ。演者が舞台の上で世界を造って客を魅了する。世の中にはこんなものがあったのだなと、新鮮な気持ちを抱いた。

 家に戻り魔術の研究に取り掛かると、幾度もの失敗により鬱屈としていた気持ちは観劇のお陰で晴れており、新たな魔術を生み出すことが出来、気分転換も兼ねて時折劇場へと足を向けることになる。


 そうこうしているうちに十年が過ぎた頃、男が俺の下に現れなくなった。恐らく死んだか、何か失敗して逃げたのか。理由は定かではないが男の下で働いていた俺にも危険が及ぶ可能性があると判断して、十数年居付いていた国をまた捨てた。


 今度は南を目指してみよう。アルバトロスやヴァンディリアは魔力に優れているものが多いと聞く。魔術師や聖女を多く抱え、魔術の開発や発展に力を入れているらしい。逆を言えば、禁術に対しての制約が多い国ともいえよう。


 魔力量が多く備わっている、すなわち禁術の行使が簡単に出来てしまうということだ。禁術の殆どは魔力を大量に消費する為、複数人で執り行ったり、魔力量の多い者が行使する。魔石で代用することもできるが、あまりお勧めはしない。体内で循環している魔力が一番新しく、術式に馴染みやすい。あとは術者との相性となるが、魔力さえ多ければそれも関係なくなる。


 仲介役の男が居なくなったのだ。これから仕事は自力で仕入れなければならない。辿り着いたヴァンディリア王国の王都。大陸北部よりも温暖な気候で、街は活気に溢れていた。金持ちが多そうだし、どうにかして客を捕まえなければ。

 

 取りあえず観劇に行くかと慣れない土地を方々歩き、ようやく劇場を見つけ中へと入る。一般席の一番いい場所を陣取って暫くすると、随分と身形の良い少年が現れた。

 平民を装ってはいるが貴族のお坊ちゃんだろう。身に着けている布の質が平民が纏うものではない。やれやれ妙な奴が俺の隣に座ってしまったと溜め息を吐くが、五月蠅くしなければ問題はなかろう。暫く待っていると開演し、二時間ほどの公演であったが内容が面白く直ぐに終わってしまった。席を立たねばならぬことを残念に思いながら、腰を上げようと肘掛けに手を掛けたその時。

 

 『とても素晴らしいものでしたね』


 俺の隣に座っていた少年が声を掛けてきたのだった。

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