第333話:少年。

 捕らわれた魔術師は騎士団や軍の人たちの手により取り調べが行われている。あと副団長さまも嬉々として加わっているみたい。ヴァンディリア王国で逃がしてしまったことを、悔いていたそうな。向こうだと行動制限があるし、出しゃばる訳にもいかないから仕方ないという。


 捕まった魔術師の所属国はなく、野良魔術師だそうで。第四王子殿下に接触したのは、偶然だそうだ。魔術師も観劇好きで、そこにお忍びで訪れていた第四王子殿下と知り合いになり仲を深めていったそうだ。側妃さまに禁術を使おうとしたのは、私と接触したいが為に殿下を唆したとのこと。

 ただ死者蘇生の魔術式は手に入れていたので、魔術師として未知の領域に踏み込んでみたかった。深淵を覗いて魔術師としての格を上げて有名になれたらと欲が出たと。――副団長さまに魔術ではなく手刀で意識を落とされるという、運の無さが伺える。


 まだまだ取り調べを続けると意気込んでいたし、アルバトロス王国で調べ尽くせばヴァンディリアへ引き渡しだそうだ。第四王子殿下を誑かしたことを徹底的に追い込むだろう。魔術師の精神が壊れなきゃ良いけれど。


 ――魔術師が捕らえられた翌日。


 魔術師に利用され、護衛の方々が保護した子供は貧民街出身の子だった。次に通る馬車は黒髪の聖女が乗っていると言われ、袋の中に入れた魔石を持たせる。随分と簡単に魔術師の言葉に従ったと思う。貧民街で暮らしているならば、もう少し警戒心が強いはずだけれどと不思議になった。

 

 保護された子は自称十歳で、その子もまた私たちのように子供だけで徒党を組んで日々を送っていた。

 貧民街へと唐突に現れた魔術師が『黒髪の聖女さまに会いたくない?』と問いかけた。彼女と会えば竜が見れるよ、不思議なことが起こるかもしれないと子供が興味を惹かれることを囁いたが、その子の目的は別の所にあった。


 仲間内の一人が倒れてしまったので、私に診て欲しかったと報告を受けた。


 私に向けての願いだったので、報告した方が良いだろうと軍や騎士の方たちは判断したようだ。取り調べさえ終われば、保護された子は解放される。また貧民街へ戻るだけで、状況は改善されないまま過酷な日々を送ることになる。

 彼らの仕事は騎士として軍人として、街の治安維持や要人警護に魔物討伐であり、子供を保護することじゃない。その手の仕事は国や教会の仕事なので、私に託したともいえる。

 

 聞いてしまえば、放っておくことは出来ない。――でもタダで診るのも何か違う。


 保護された子と話がしたいと願い出て、許可が下りた。城へ向かって騎士団の隊舎や施設がある場所へと向かう。

 案内された部屋の前で二度ノックした後に、ゆっくりと扉が騎士の方の手によって開かれた。質素な部屋ではあったけれど、ソファーと机は立派なもの。服も着替えを与えられたのか、サイズがあっていないけれど身綺麗にしてある。


 「あ、アンタが黒髪の聖女なのかっ!」


 座っていたソファーから少年が勢いよく立ち上がって、確認を取る。痩せ細った体だったけれど、瞳に灯されている光は力強い物で。

 ああ、この子は生きることに絶望していない。それを捨ててしまうと本当に光の灯らない暗い瞳となる。貧民街で暮らしていた頃、幾度か見たことがある。大人だったこともあるし、子供だったことも。そんな人は、時期が経つと命を散らしていた。


 「こんにちは。巷ではそう呼ばれていますね。――ナイと申します。貴方のお名前をお聞きしても構いませんか?」


 「オレの名前なんてどうでも良いっ! 妹を……レナを助けてくれっ!!」


 私に近づこうとして、案内を担ってくれていた騎士に阻まれた。それでも少年は必死の訴えを止めることなく、騎士の腕にしがみついて懇願している。

 一緒に付いて来ていたジークとリンの気配が少し妙な感じだ。何か思うことがあるのだろうか。ソフィーアさまとセレスティアさまは、黙って状況を見守っている。私が何か不味い行動に出れば止めてくれるだろう。仲間内と聞いていたがどうやら彼の妹さんみたい。なら、取る行動は一択だ。

 

 「聖女の治癒を望むのであれば教会を通すか治癒院へ連れてきて下されば、病状を診て適切な治癒魔術を施して頂けるでしょう」


 「そんなこと出来る訳ねえだろうっ! 弱って歩けないんだぞ! 早くしねえと死んじまうじゃねーかっ!」


 一番穏便な方法でお金がなるべく掛からない方法だ。個別で呼ぶとなればそれなりの対価が必要となってくる。聖女さまによってタダで診てくれる方も居るけれど、まかり通ってしまえばこうして泣き落としされる羽目になるので、タダでやらない方が良い。

 

 「では貴方がわたくしに差し出せるものはありますか? お金でなくとも構いません。同じ価値があるものを頂ければ、貧民街へと赴き治癒を施しましょう」


 流石に十歳程度の子供、それも貧民街で暮らしている子にお金は無理なことは十分理解している。


 「……そんなモン、貧民街の餓鬼にある訳ねえだろうっ!! なんだよっ、アンタは聖女じゃねえのかよっ!! 慈悲深くて、弱い者を助けてくれるって聞いたんだっ!」


 慈悲深い、のかなあ。貰えるものは貰っているし、慈悲深いとか弱い者を助ける人ではない気がする。貧民街に住む人たちを救うことも出来る私が、それを行っていないのだから。


 「聖女といえど決められた定めがあります。それを簡単に破る訳にはまいりません。――貴方に差し出せるものがないというなら、この話はなかったということで」


 「…………オレの身体に価値はあるか?」


 何かを我慢するように少年がぼそりと呟いた。


 「今の貴方では価値が低いでしょうね。私が治癒を施す価値には程遠いでしょう」


 やせっぽっちの子供に出来ることは少ない。同年代の平民の子より、力は確実に劣っている。ちゃんとした食事を摂って適度な運動をして、ゆっくりと力を付けるのが一番だけれど。


 「なら、未来のオレはどうだっ!?」


 「そんなガリガリの身体のままでは仕事も碌にできないのでは?」


 煽って折れればそれまで、かなあ。慈善事業ではないので、病気を治してくれと言われてホイホイと彼に付いて行く訳にはいかない。

 

 「そうかもしれねえけど……でもっ! オレはちゃんとアンタの役に立ってみせるっ!」


 これ以上、責めても仕方ないか。切っ掛けは良い物ではなかったが、こうして縁を持つことが出来たのだし、彼のこれからに期待すれば良い。

 

 「分かりました。貴方のその言葉を信じます」


 私の言葉に少年が確りと頷いて、そのまま彼を連れて貧民街へと赴いた。久方振りに足を踏み入れたけれど、あの頃よりは綺麗になっただろうか。でも結局貧民街は貧民街。治安はよろしくないし、柄が悪い場所。少年に案内されたボロボロの小屋の中に、彼の妹さんが堅いベッドの上で寝ていた。


 「お兄ちゃん?」


 「すまん、戻った。聖女を連れて来たぞ。これでお前の病気も治るからな!!」


 妹さんが力なく伸ばした手を慌てて少年が握る。一昼夜拘束されていた後の感動の再会だが、あまり芳しくない様子なので話の途中ではあるが遮らせて頂く。


 「こんにちは。――調子はどんな感じかな?」


 怖がられないようになるべく優しく問いかけると妹さんはアクロアイトさまを見て、驚いた顔をした。私の肩に乗っていたアクロアイトさまは、妹さんの頭の近くへと飛び降りて小さく一鳴きする。何かを訴えているようだけれど、頑張れとでも言っているのか、もう大丈夫とでも言いたいのか。

 妹さんの症状を鑑みるに、単純に栄養不足からくるもの。病気ではないが、栄養不足による歩行障害なのでこれ以上放置するのは不味い。この場所に食事を届けるように手配しても構わないが、それだと貧民街に住む大人たちに狙われる。

 

 自然治癒を高める魔術を気休め程度に施した後、ちゃんとした施設に移動するべきだと判断。

 

 この手の幼い子を診る施設が教会内にあり、私が話を付ければ多少の優遇は受けられる。事情をきちんと少年に話して了解を得てから、妹さんにも同じことを話す。

 以前から寄付しておいて良かったと安堵しつつ、やせっぽちの兄妹を馬車へ乗せてぱかぱかと軽快な音を鳴らしながら教会へと向かうのだった。

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