第332話:捕まえた。

 第四王子殿下をそそのかした魔術師が、アルバトロスの街を吹き飛ばす可能性が出て来たことに何故と心の中で問答する。

 どうしてそんな意味のない事をしてまで私と接触したいのか。どうして子供を使って、私の気を引こうとしているのか。どうして第四王子殿下のお母さまを生き返らせようなんて、彼に囁いたのか。


 膝に置いている手をぎゅっと握り込む。


 詮無い事を考えても仕方ないと前を向く。今の私が考えるべきことは、魔石を使って危ない事をしようと企んでいる魔術師への対処だ。

 何も私一人で立ち向かわなければならない、ということはない。馬車の中にはお婆さまとシスター・リズという魔術関連に対して詳しい人がいるのだから。彼女らに頼るのも一つの方法だと考えて、口を開こうとしたその時だった。


 「ナイ、いえ――ミナーヴァ子爵」


 セレスティアさまが真剣に私の目を覗き込みながら、呼び方を変えて名を呼んだ。これからの事を考えなければいけないのに、何故このタイミングで私を呼んだのだろうか。いつもならば黙って見守ってくれている。


 「少し落ち着きましょう。外には護衛の騎士や軍の方々に魔術師団の方がいらっしゃるのです。我が国の最高峰に位置する方々が、在野の魔術師に気が付かないとお考えで?」


 彼女の言葉に、少し平常心を取り戻す。嗚呼、そうだ。外にはかなりの数の方々が街の中に溶け込んでいるし、魔術師の方々も副団長さまが選んだ精鋭である。日々、訓練に明け暮れ非常時には身を挺して護衛対象を守ると誓っている人たちなのだ。それを疑うようなことをすべきではないと彼女は言いたいのだろう。


 「いえ、彼らが見逃すなんて思えません」


 首をゆっくりと振ってセレスティアさまと視線を合わすと、彼女がゆっくりとひとつ頷く。


 「ええ。――魔術師は貴女と接触出来るまで下手に動けません。恐らく傍に居る子供を使って貴女と接触を果たすつもりでしょうが、それで上手くいくとお思いになっている時点で小物だというのです」


 こくりと小さく頷いた私に、セレスティアさまは微笑みを浮かべ。

 

 「どっしりと構えていれば良いのですわ。貴女の出番は相手が捕まってからでしょう」


 余り落ち着かないが、お貴族さまの当主として下の者を信用しろということなのだろう。私があっさりと出て行けば護衛の人たちを信頼していないと言っているようなものだ。ジークとリンも鍛錬を欠かしていないのだから、私の命を、そして王都の方たちの命を預ける。背凭れに背を預けて、静かに息を吐く。


 『大丈夫なの?』


 「魔術師の興味が引けるはずなので、何かあれば私が出ます」


 『分かったわ。私、外の様子を見てくるわね!』


 いうやいなや、お婆さまが姿を消した。ジークとリンには祝福が掛かっているのでお婆さまと共闘出来るし、亜人連合国へ向かった護衛の方々が居るなら祝福の効果が消えていないかも知れない。

 私の肩に乗っているアクロアイトさまが私の顔に顔を擦り付けたあと、セレスティアさまの膝の上に乗って一鳴きした。でれでれな表情を浮かべている彼女に苦笑いをして、シスター・リズへ視線を向ける。


 「相手との距離はどれほどですか?」


 「まだ距離はありますが……時間だと五分ほど。あまり当てにはならないでしょう」


 そう言っているシスターではあるが、割と当たる。目が見えないけれど、場所と馬車の移動距離と時間を目算して、時間を割り出したのだろう。

 五分の間に護衛の人たちが捕まえてくれると良いのだけれど。座して待つしかない現状だ。今までなら一人で勝手に動いていたけれど、こうして立場を得ているが為に動けないことになるだなんて。

 

 「馬車が……」


 「止まりましたわね」


 進むこと暫く、ゆっくりと馬車が止まると御者の方が顔を覗かせた。


 「前で騒ぎが起こっていますので、巻き込まれないよう停車させました。――申し訳ありませんが、暫くお待ちを」


 御者の方にセレスティアさまが分かったと返事をして、言われた通りに暫く待っていると、ジークが顔を出した。


 「ナイ」


 「ジーク。捕らえたの?」


 魔術師に警戒していたのだし、シスター・ジルやお婆さまが異変に気が付いていた。だから聞くことはこれだけだ。


 「ああ。ヴァレンシュタイン卿が手刀で昏倒させた。このまま城に連行するが、お前はどうするのかと」


 手刀で相手を倒したって副団長さま……貴方は魔術師ですよねと問いたくなるけれど、派手な魔術が得意な方だ。街中だから魔術を使えず、魔術師らしくない手段を取ったのだろう。意外だなあと苦笑いをしつつ安堵する。

 アルバトロスの王都が火の海に包まれなくて本当に良かった。一応、今世の故郷となる街なのだから、思い入れはある。孤児として貧民街で過ごさなければ、ジークやリン、クレイグとサフィールに出会わなかっただろう。もし他の街で過ごしていれば、生きていない可能性だってあるのだ。


 「ううん。捕まえたっていうならそれで良いし私が出しゃばることじゃないから。魔術師の傍に居た子供はどうなったの?」 


 魔術師の目的やこれまでのことは取り調べを行う騎士や軍の方たちに任せればいい。要請があるなら赴かなければならないが、呼ばれない限りは関係ない。魔術師よりも気になるのは、利用されようとした子供たちのことだった。

  

 「お婆さまに言われて、子供も保護したし魔石も回収したぞ」


 『私、役に立ったでしょうっ!』


 ジークの言葉と同時にお婆さまが現れる。飛んだまま一か所にとどまり自信満々に胸を張る彼女。あとで魔力を要求されそうだと苦笑いを浮かべつつ、ジークへ視線を向ける。


 「そっか、よかった。――怪我を負った人は?」


 「いないな。ヴァレンシュタイン卿があっさりと見つけて昏倒させた。警備に就いていた俺たちは拍子抜けだ」


 片眉を少し上げて笑うジーク。怪我人も居ないなら外に出る必要はないし、魔術師を捕まえた場合や逃げた時のことを副団長さまから伝えられていた。

 魔術師に逃げられれば副団長さまは責任を取って、副団長の座から退くと言い切った。捕まえれば禁術を使おうとした魔術師の処遇を、ある程度彼に任せて貰うという確約を陛下から頂いていたとのこと。

 

 「そっか。状況が落ち着いたらそのまま屋敷に戻るね」


 外に出て余計な騒ぎになっても、護衛の人たちの苦労が増えるだけ。だったら大人しく戻るべきで。気になることがあるのならば情報を得ることもできるし、城に赴いて直接騎士団を訪ねれば良い。


 「ああ。他の方にも伝えておこう」

 

 「ん。お願いします」

 

 騒々しい外の様子を気にしつつ、馬車が動き出し屋敷に戻る。警戒態勢が敷かれていたので、これでようやく日常が戻るなと馬車を降りて空を見上げると、私の肩に乗っていたアクロアイトさまが一鳴きするのだった。

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