第331話:釣れるのか。

 副団長さまの提案は割と普通で地味だった。


 時間がある時に馬車に乗り込み王都をウロウロして下さいというもので、その際には騎士団の皆さまや魔術師団の方々に軍の皆さまが、私服で王都中を守るそうだ。第四王子殿下から聞き出した情報によると、件の魔術師は転移魔術も使えるとのこと。

 移動速度は通常よりもかなり早いと考えて良いので、もうアルバトロスの王都入りを果たしていても不思議はないそうだ。警備体制は強化されたまま、学院へ通いつつ週に一度のお城の魔力陣への魔力補填、礼拝参加等々、普通に日々の生活を送って欲しいと言われ。


 ――礼拝日。


 もし狙うならこの日が一番危ないかもと危険視されていた。なので教会の中は一般の人よりも、サクラで紛れ込んでいる騎士や軍に魔術師団の方々が私の周りを固めるそうで。

 外回りは疑われないようにいつもの子爵邸で警備を務める面々が担うけれど、その中から更に精鋭の方が務めることになっていた。

 

 「私は参加しないがセレスティアが共に行く。――頼んだぞ」


 ソフィーアさまは子爵邸で留守番となっている。子爵邸の馬車止まりでみんなが私たちを見送りに来ていた。

 あまり多くで参加しても目立つだけだし、警戒されて件の魔術師をおびき出せなければ意味がないとのこと。礼拝にはお二人も時折参加されているので、不自然さはないはずだ。ジークとリンもいつも通りだし大丈夫。


 「ええ、お任せください。ナイに危険が伴うならばわたくしが振り払ってみせましょう」


 大火力の魔術で相手を消し炭にしなきゃいいけれどと心配になる。ドワーフさんたちが打った業物の短剣を渡したので、魔術の行使は遠慮して欲しい所。ばんっと鉄扇を広げて口元を隠しつつ、自信満々で言い切ったセレスティアさまを見て頭を下げる。


 「よろしくお願いします」


 私よりも護衛役の人たちの方が心労度が高い筈だ。セレスティアさまも自信満々に言い切ったが、心の中ではどう考えているかは分からない。

 

 『気を付けて下さい。ジョセも聖女さまを心配しておりましたので』


 「ありがとう、エル。ジョセも大事な時期なんだから無理しないでねって伝えておいて」


 はいと頷いてくれたエル。彼もこの場に顔を出してくれていた。子爵邸の皆さまが気にした素振りを見せていないので、みんな慣れてしまったのだろう。

 まあジョセとエルは誰とでも話す上に腰が低い。重い物を持っている人を見ると、荷物持ちを願い出たり、背中に乗ってもらい正門から屋敷まで運んでいるものなあ。子爵邸のみなさんと打ち解けているようでなによりと、エルの顔を撫でる。


 ジョセのお腹は随分と膨らんでおり、厩の隣の小屋からあまり出て来なくなった。あと少しで仔馬が産まれるそうだ。何が起こるかわからないので現場に立ち会いたいが、外せない用があるので仕方ない。さっさと捕まえて戻ってくるのが良いのだろうと頭を切り替える。


 『私も行くわっ!』


 唐突に光って現れたお婆さまに少々驚いた。


 「お婆さま、良いのですか?」


 『良いもなにも死者蘇生なんて馬鹿な魔法を使おうとしている奴が居るんでしょう?』


 事実なので頷く私。お婆さまは腕を組んで、珍しく顔を怒らせていた。


 『自然に逆らっているじゃないのっ! そんなの絶対に見過ごせないんだから!』


 亡くなった人が生き返って欲しいという気持ちはなんとなく理解出来るらしい。人間は命が短いから余計よねと、お婆さま。

 死んだ者を供養して、心を前に向けるのが生き残った者や生きている者の役目であり、死んだ者の意思を継ぐことが出来るのも生きている者だけ。死者に囚われてずっと後ろを向いているのは駄目だとぷりぷり怒ってる。その言葉は件の魔術師よりも、第四王子殿下に聞いて欲しいものだ。お婆さまが見えるかどうか分からないけれど。


 「無茶はしないで下さいね」


 『任せてっ! 人混みの中でも怪しい奴を片っ端から見つけてあげるっ!』


 心配だから無茶は止めてと言ったのに……話を聞いて欲しい。だが相手はお婆さまであり妖精さんの長である。無理だと諦める方が早い。

 

 「では行って参ります」


 見送りの方たちに頭を下げて馬車へと乗り込み、私も遅れて馬車の中へと入ると遅れてセレスティアさまが乗り込む。馬車の中は二人のはずなのに、何故か先に乗り込んでいる人が居るという状況で。


 「シスター・リズ、お待たせして申し訳ありません」


 普段着を着込んだ彼女へ頭を下げる。


 「気にしないで下さい。ナイさんの身が危ないとなれば教会も黙っていられませんから」


 魔力探知に優れているシスター・リズ。変な魔術師に私が狙われているかもしれないから教会も気を配ってね、と王国から通達が出されていた。教会上層部が協議した結果、魔術師は警備が厳重に施されている私に接触は出来ないだろうが、何かあってからでは不味い。


 黒髪の聖女と接触を図りたいという下心がある魔術師ならば、魔力感知に長けているシスター・リズがいの一番に居場所を特定できるはずだから、暫くの間一緒に過ごすのは可能かと教会から私の下に打診がきた。


 子爵邸の中ならば安全だけれど、外となれば別の話である。学院に赴く際やお城へ出向く時、そして礼拝の時はこうしてシスター・リズが同乗していた。目が見えないので慣れない子爵邸だと苦労するかもと心配していたが、妖精さんの気配を感じ取れる上に妖精さんたちが好意的らしい。

 行きたい場所を問いかけられ、連れて行ってくれるそうだ。危ない物とかあると、先に教えてもくれるそうで。私も子爵邸で働く人たちに、気を配って欲しいと通達していたので、それも功を奏したようだ。教会よりも子爵邸の方が過ごしやすいかもしれないと、つい先日に彼女が零していた。

 

 「そろそろ出発ですわね」


 「ですね。――あと少しすれば正門に出ます」


 周りの景色が見えないシスターに状況を伝える為、セレスティアさまと私は普段よりも饒舌だった。魔力感知に長けているとはいえ、今馬車で通っている場所がどんな場所で、どんな人たちが行きかっているのかまでは分からないだろう。

 なるべく不自然にならないように馬車の窓から外を見る。時折、顔見知りの騎士さまや軍の方たちを見る。貴族街なので身綺麗なかっちりした服を着込んでいるが、装備や帯剣はしていない。

 

 暫くすると教会へと辿り着いた。ほっとしている辺り、知らぬうちに緊張していたのだろうか。お貴族さまである私が教会へと辿り着いた為、行きかう人々の足を護衛の方たちが止めて誘導を始めた。

 待っていると馬車のドアが開いてセレスティアさまが先に降り、次にシスター・リズ。最後に私。今日はリンがエスコートを務めているけれど、いつもご機嫌なリンが難しい顔をしている辺り少々嫌な予感がする。


 「聖女さま……よ、よく参られました」


 アウグストさまが現れて私に挨拶をしてくれたのだけれど、事情を知っているが故の緊張なのか言葉が上ずっている。来るか来ないか分からない魔術師を気にしてこの状態、王都のみなさんを扇動が良くできたな。必死だったのだろうけど。


 「またいつもの場所へ座ります。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 私が居ると彼がずっと緊張したままだろうから、やることをやってそそくさと席へと就く。即座に男性が私の横へ座ったので頭を下げようとしたら、変装した副団長さまだった。髪はいつもと違う結い方だし、分厚い眼鏡を掛けている。いつもの恰好が見慣れている所為か、違和感があるなあと苦笑い。


 そ知らぬふりをして前を見て開始時間まで待っていると、神父さまが現れて礼拝を始めた。あとは慣れたもので賛美歌に説法や教典の話。信者の皆さまとの交流会は参加せず、そそくさと馬車へ乗り込む。帰りも同じメンバー三人が乗ると、ゆっくりと進み始めた。

  

 「――ナイさん」


 『嫌な感じがするわね。この感じなにかしら……』


 何処を移動しているのか説明しながら帰路に付いていると、魔力に敏感なシスター・リズとお婆さまが何かを感じ取ったようだ。

 シスター・リズは表情を変えないまま私の名を呼び、お婆さまは椅子の背凭れに腰掛けたまま周りを見てる。私の肩に乗っていたアクロアイトさまもきょろきょろと周りを見たり、首を傾げているので何かを感じ取っている。


 「魔石……でしょうか?」


 『ああ、それだわ! でもこの反応って……術式か何か仕込んで……!』


 「感じる気配は動いておりませんが、魔力がどんどん膨れ上がっています」


 シスター・リズがいうやいなやお婆さまがぱっと消え、暫くすると戻ってきた。


 『子供が魔石を持っているじゃない! しかも後ろに居た奴は魔術師よっ! ソイツも魔石を沢山持っているわ』


 慌てた様子でお婆さまが叫ぶ。


 ――街を吹き飛ばすつもりなのっ!?


 お婆さまがさらに大きい声で叫んだ。一体どういうつもりなのだろうか。王都の街を吹き飛ばした所で、自分も死んでしまうのだから意味がない気がする。ただ私を誘い出す為の無茶であるならば……。理解出来てしまうことに静かに目を瞑って、今出来ることを考えるのだった。

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