第330話:上手くいくのか。

 ――魔術師に逃げられた。


 幽閉処分を受けている第四王子殿下に、私がヴァンディリア王国へ入ったと吹き込むと、あっさりと魔術師の名を吐き容姿や特徴も告げたそうな。凄くあっさりとしている辺り、第四王子殿下の精神状態を疑ってしまうが、彼はもうヴァンディリア王国へと戻っているのだ。

 だから私がどうこうは出来ないし、考えても仕方ない。母親を生き返らせようと必死に足掻き続けていることに対して、諦めるなり目が覚めるなりして欲しいが。


 「聖女さま、申し訳ありません。件の魔術師に逃げられてしまいました」


 ヴァンディリア王がアルバトロスへお忍びでやって来た数日後。私の目の前で、珍しく眉を八の字にして困ったように口にした副団長さま。魔術の研究と称して子爵邸へ出入りをしているので、今日も天馬さまたちや屋敷の中に居る妖精さんに、畑の状態の確認に来たと思っていたのだけれど、家宰さんを通してお時間はありますかと問われたのである。

 学院も終わり戻っていたので、問題ないですよと家宰さんに返すと来客室へと連れていかれ。応接用のソファーに浅く座る副団長さまが開口一番に告げた言葉がソレだった。


 「逃げられた?」


 どういうことだろうか。アルバトロス王国の魔術師団副団長を務めている彼が、ヴァンディリア王国が血眼になって捕らえようとしている魔術師を何故捕まえるのか。はて、なにかあったかと考えていると副団長さまが更に言葉を続ける。


 「ええ。死者蘇生という禁術を発動させようと企んでいる無法な魔術師を捕り逃すなど、失態以外にありませんね」


 副団長さまは死者蘇生の禁術を使おうとしている魔術師が居ると聞き、陛下にヴァンディリア王国の協力をしたいと申し出たそうだ。直ぐに相手国へ副団長さまが魔術師の確保に協力したいと要請すると、彼の国も悪い話ではない為二つ返事で了承してくれたと。

 意気揚々と副団長さまと使節団数名はヴァンディリア王国へ向かい、相手国の騎士団や魔術師さまたちと協力し合い、第四王子殿下が齎した情報を元に居場所を特定。潜伏先へ突入を決め込んだが、そこはもぬけの殻。ただ急いで逃げたのか、いろいろと証拠品や置き土産があったそうで。

 

 「一つ、聖女さまに報告したいことがあります」


 そう言って副団長さまが数枚の紙を懐から取り出し、ゆっくりとした動作で机の上へ置く。見ていいものだろうけれど、念の為に確認を取ってから紙を手に取り目を通す。第四王子殿下が黒髪の聖女をおびき寄せることに失敗した。

 そう書かれてある。実際に彼のプロポーズ大作戦は失敗に終わっているのだから、紙が放置されていたことに不思議はない。


 問題はその次だった。


 どうやら件の魔術師は私と接触を図りたいらしい。第四王子殿下に近づいた目的が最初からソレだったのか、途中で何かを考えた末にそう決断したのかは分からないけれど。


 もし第四王子殿下が私との接触を失敗した場合には、直接アルバトロスに向かい機会を伺うと紙に書かれている。……いや、うん。こちらとしては有難い限りであるが、どうして証拠が残ってしまう紙に書いてしまうのだろうか。

 燃やすなり捨てるなり、自分の懐に隠すなりすれば良いのに、隠れ家がバレたから慌てて逃げ出したとはいえ、なんと間抜けな魔術師。

 けれどヴァンディリア王国の騎士さまたちや魔術師さま方に副団長さまを出し抜いている実力があるのは事実。警備がまた増えそうだし、私の下に何か厄介ごとが舞い込む気がひしひしと。


「他人の魔力を頼ろうとしている時点で魔術師としては小物でしょうが、陛下方やヴァンディリア王は貴女が狙われれば大事になると心配されております」


 子爵邸に暫く引き篭もっている方が安全かも。出入りは一定の人しか出来なく、屋敷の中へ入りたいならば正門を潜るしか方法がない。

 アポも必要で、一見さんはお断り状態。初見の方で子爵邸に入るなら、後ろ盾である公爵さまや辺境伯さまの許可がまずないと通れず。本当に鉄壁の布陣というか、王城よりも出入りがし辛いのかも。そういえば子爵邸への来客なんて、既知の方しか居ないよなあと。

 お城からお使いの使者の方も固定の人だし、違う人が来たとしても門前で書状を預けて帰るとか。副団長さまは事前にいついつ来ますが、研究の為なので対応は不要と書いてあるし。


 友人が遊びに来ることもない…………え、ぼっち? 私、ぼっちなの……。


 そういえば学院だと特進科クラスではソフィーアさまとセレスティアさまががっちり守ってくれているから、同じクラスの女性陣は近づけない状態。唯一話せる可能性があるのは、普通科クラスのアリアさまか。

 友達百人計画を立てるべきかと頭に過ぎるが、クラスや学院の生徒はお貴族さまばかりなので、出来たとしてもそれって真の意味で友達なのだろうか。学院ならばジークとリンが居るし、ソフィーアさまとセレスティアさまが居る。ギド殿下とも彼の性格のお陰で普通に喋っている。わざわざ作る必要もないかと結論付けるけれど、高位貴族と王子さまなんだよなあと遠い目になる。


 「有難い限りです」


 おそらく他の国から面倒な依頼や見合い話とか沢山舞い込んでいそうだけれど、そういう話は私の下に来ない。以前にギルド本部がある国へ赴いた際に、外務卿さまや陛下たちが釣書や依頼の書状を選り分けていた。時間が経っているので減ってはいるだろうけれど、しつこい相手はしつこそうである。


 「貴女を失えば大きな損失となりますからね。僕も貴女が齎す結果には毎回驚かされているのですから」


 楽しみを奪われる訳にはいきません、と副団長さま。彼の場合は研究や調べ物がはかどると言って、嬉々として私の下に飛び込む。その代わり便宜を図って貰っているけれど。

 竜騎兵隊のみなさまがどうなっているのか顔を出したついでに、魔術師団がある建屋に赴いて短い時間ではあるが、副団長さまや彼が推薦した魔術師の方に教えを乞うている最中。今は攻撃系の魔術を少しずつ習っているけれど、魔力量に任せた雑な術の構築をしないとか、魔力を無駄に込めすぎとかお叱りを受けている。

 私の後ろで見ているジークとリンは苦笑いを浮かべているし、ソフィーアさまやセレスティアさまも何とも言えない顔で眺めていた。

 

 「そこで相談です、聖女さま」


 にっこりと笑みを浮かべる副団長さまに、嫌な予感しかしない。兎に角は彼の話を聞くべきだろうと居住まいを正す私だった。

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