第328話:目を覚まして下さい。

 ――どうして母上は目を覚まさないっ!!!


 真っ暗な城の中をひた走る。僕が目指す先は代々の王族が安置されている霊廟だ。魔術具によって光が灯されているが、ところどころでしかなく場所によっては本当に真暗。窓から脱出する際、大きな物音を立ててしまったことは失敗だった。

 部屋の扉の前に家具を置いたが、護衛の騎士たちにとっては些末な障害だろう。僕ひとりで重い物を動かすのは難しく、気休め程度のものにしかなっていなかったのだから。


 必死に走っていると、心の臓の音がやたらと五月蠅くなってくる。母上が亡くなったと聞き、心の中で必死で否定していた時のように。走って走って走って。王城から随分と離れた裏手、霊廟の前へと辿り着く。


 「母上、アルバトロスから戻ってまいりました」


 正面には警備に付いている騎士がいるが、裏手へ回ると隠れて中へと入れる場所がある。幼い頃、城の敷地内を興味本位でウロウロとしていた際に偶然に見つけた。子供の頃は簡単に入れた穴も成長した僕には小さいものとなっているが、どうにか出入りは出来る。

 見つからないように静かに穴の中へ身体を入れてゆっくりと進むと、中へと入ることが出来た。そうして母上がいらっしゃる場所を目指す。


 天井が高い所為か足音が響く音を耳にしながら歩いていると、目的の場所の前に辿り着く。硝子張りの棺の中で眠る母上に近づいて膝を付く。母上がこの場に来られて四か月以上経っているというのに、相変わらずお綺麗だ。目を閉じて物言わぬ母上は、今も昔も変わらない。

 

 「起きて下さい、母上。何故僕の名を呼んでくれないのですか」


 アクセル、と歌うように僕の名を呼ぶ母が大好きだった。


 母は父と政略結婚を果たした。


 貴族同士の謀りの果ての結果で、正妃が居ることを知った上で受け入れるしかなかったのだと零したことがある。権力に固執していた母上の父親が無理矢理に父王との婚姻を取り付けたそうだ。正妃の実家とは敵対関係にあり、これ以上国内で正妃の実家の勢力を広げさせない為だと祖父が語った。

 第三王子である兄上か僕に王太子の座に就かせたかったらしいが、第一王子殿下である長兄は僕たちよりも優秀で民からの人気もあった。僕も兄も王太子の座に興味はなかったので、祖父が語る夢物語は右から左に流しつつ聞いているフリをしていただけ。


 そんな祖父に母上は思う所があったのか、僕や兄上を甘やかす癖があった。母上が好きだった観劇に連れて行って頂いたし、劇や物語の魅力を話す母上は城の中に居る時よりも饒舌で楽しそうで。義務さえ果たしていれば、無理に頑張る必要もないと常々語っていた。


 だから僕はこの国の第四王子としてある程度貢献しつつ、母上が幸せであればそれでよかった。

 

 黒髪の聖女の噂を聞いたのは夏真っ盛りの頃。母上が目を覚まさなくなってしばらくしてのことだった。


 懇意にしている魔術師に母上の事を相談すると、魔力を多大に秘めている者ならば、母上を目覚めさせるための儀式も成功するかもしれないと教えてくれた。


 それからしばらくして噂で耳に入った、アルバトロスの黒髪の聖女の話。


 朽ちた竜の浄化儀式を執り行い亜人連合国へと事態報告を務め、彼の国とアルバトロスの橋渡し役となった黒髪の聖女。多大な魔力を有している上に、竜の浄化儀式を成功させた実績。彼女ならば魔術師が言った多大な魔力量を有している者に合致するのではないかと淡い期待を抱く。

 魔術師と連絡を取ると彼もその噂を聞いていたらしく、もし話を付けることが出来れば術式や魔術陣の用意は彼が行うと。少々金が掛かってしまうらしいが母上の目が覚めるのならばと、私物を売り払ってどうにか金を工面した。

 

 父王にもアルバトロスの黒髪の聖女へ取り入れば、ヴァンディリア王国へ益を齎せると説得し、見合いの釣書を送り付けるが返事がない為に留学という手段を取った。初めて目にした黒髪の聖女は僕の趣味ではない。僕の理想は母上のような優しく優雅な女性である。

 母上が至上の女性であるし、母上以上の女が居るなど考えたくはないが、第四王子としての立場を考えると好みでもない女と添い遂げるべきである。黒髪の聖女が母上の目を覚ましてくれるというのならば、そのくらい受け入れよう。


 ただ早くしなければ母上が目覚める可能性がどんどん下がっていくと魔術師から告げられていた。 


 母上から『女の子は白馬の王子さまが大好きなのよ』と教えてくれていたので、そうあるように黒髪の聖女にも接したが何故か何も得られない。どうしてなのか、母上の言うことが間違っている筈はないと何度か繰り返してみるが、効果が現れなかった。


 留学以前にヴァンディリア城で出会う貴族令嬢に試してみると、顔を赤らめ恥ずかし気に消え入りそうな声で僕と会話を交わしていたのに、黒髪の聖女の反応は理解が出来なかった。結局、婿入りも説得も失敗した。事情を話せば簡単に納得してくれるはずだった。

 黒髪の聖女は答えてくれず、頭の中がぐちゃぐちゃで母上の顔が見たくなり帰国の途についたのだ。今後のことを魔術師と相談しようと考えていたのだが、アルバトロスの連中に邪魔をされた。何故、黒髪の聖女を口説いたくらいで抗議をするのか。母上の目を覚ませることの方が重大だろうに……。

 

 「――こうなればこの場に黒髪の聖女を連れてきてみせましょう」


 そう、それしか方法がない。懇意の魔術師を頼り転移魔術でアルバトロスへ向かい、厳重な警備を出し抜き黒髪の聖女と接触する。お優しい聖女さまとの噂だ。貧民街の子供に金を握らせて、黒髪の聖女が乗る馬車を止めさせ『聖女さま助けて』と懇願させれば必ず現れるだろう。

 

 「そうはさせんぞ、アクセル」


 重く低い声に振り替えると、護衛の騎士を引き連れた父王が立っていた。


 「父上、どうしてここに……」


 自然に疑問が漏れていた。誰も見ていなかったはずだし、霊廟の警備に付いている騎士も気付いていなかったはずなのだ。それが何故。


 「お前が母親に拘っていたのは理解しておるし、アルバトロスでの行動を考えれば、逃げたお前がこの場に来るのは必然だろう。――捕らえろ」


 「はっ!」


 父王の言葉に何人もの騎士が僕の下へと駆け寄り、拘束しようと手を伸ばしてきた。


 「僕に触るなっ! 母上をっ! 母上を必ず目覚めさせると誓ったんだっ! それの邪魔をするなっ!!」


 抵抗するが、普段から鍛えている騎士たちに敵うはずもなく取り押さえられる。

 

 「気を持ち直し、国の為に動こうとするお前に期待したことが間違いだったか…………」


 父王はいつも王としての威厳を放っていた。誰の前であろうと気丈で確りとした一国の王たる態度で。だが今の父王はどうだろうか。少し背を屈めて騎士に捉えられた僕を見つめるその姿は、何故か疲れ果てている一人の男でしかなかった。


 そうして謁見場へと連れていかれた僕は、限られたヴァンディリア上層部と父王と正妃に第一王子と第二王子、第三王子が見守る中で今回の処分を受けることになる。

 もう既にこの場に居る者は事情を知っているようで、厳しい表情を浮かべていた。母上の父、要するに祖父もこの場へ呼び出されており、眉間に皺をよせてなんとも言えない表情で僕を見ている。


 「馬鹿なことを……」


 「黒髪の聖女に接触したのは、側妃さまを生き返らせる為だなど」


 「禁術を使うつもりだったのか」


 「確かに黒髪の聖女ならば可能かもしれんが」


 好き勝手を言っている者たちの言葉など無視していれば良い。僕は母上が目覚めればそれで良いのだから。


 「父上っ! いえ、陛下っ! 望みがあるならば黒髪の聖女に請い、妃殿下に魔力を注いで頂きたいっ!!」


 「無理を言うな。不可能だ」


 僕の言葉を一蹴する父王に周りも賛同している。どうして皆、僕の言葉を聞いてくれない。

 

 「皆の者、まだアクセルの背後関係が洗えていない。――処分はそれらがはっきりしてから下す。取りあえずは幽閉棟へ入れておけ」


 そう言って父王は玉座から立ち宰相へ声を掛け『騎士団長を呼べ。今回のことで相談すべきことがある』となるべく周囲に聞こえぬように口にした。

 何故、父王がそんなことを言ったのか分からない。ただ僕は母上が目覚める可能性が潰えてしまったことに、力なくその場に膝を付くと騎士に両脇を抱えられ幽閉棟へと連行されるのだった。


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