第327話:殿下の護衛の決意。

 一週間ほど前にアクセル殿下が突然『国へ戻る』と告げ、アルバトロスからヴァンディリア王国へ戻ったのだが、その後が大変だった。アクセル殿下はアルバトロス側に突然の帰国をただ一言『国へ戻ります』と伝えただけで済ませ、周囲の者にはアルバトロス側や学院には『きちんと説明したから問題ない』と嘘を吐いた。

 殿下と側近数名に護衛である我々はヴァンディリア王国へ戻ると、殿下は直ぐに陛下やヴァンディリア王国上層部の方々から呼び出された。アルバトロス側から『殿下が急に帰ったが、我々が彼に不愉快なことでもしてしまったのだろうか?』という問い合わせがあったらしい。

 

 『お前が熱を入れて希望したからアルバトロスの学院へ留学させたが、一体どういうことだ?』


 殿下の留学理由はアルバトロス王国の教会に所属する黒髪の聖女と懇意になりたいというものだった。


 側妃さま……殿下のお母上が病気を患ってから彼はみるみるうちに疲弊し、一時期は第四王子殿下としての職責を果たせるのかと疑問視されていたが、ある時期を境に持ち直した。我々も心配していたし、ご家族である陛下やご兄弟の皆さま、正妃さまもようやく安堵することが出来た。


 暫くしてアクセル殿下は『アルバトロスの黒髪の聖女に興味がある』と言い始めた後『彼女と婚姻できればヴァンディリアにとって大きな益となる』と主張し始めた。確かに大きな利益だろう。ただアルバトロスも黒髪の聖女を手放さない為に爵位を与え、平民から貴族へと籍を変えさせたのだから。

 その話があった時の殿下は『僕が婿入りすれば問題はありません』と良い顔で言い切った。陛下もこれは真剣に考えているのだろうと、聖女が『不快』を示さなければ友人関係となり可能性があるならば婚姻を望んでみろと命を下した。


 だが結果は、言わずもがなである。


 初手に友人関係を築くはずが、いきなりの告白だった。普通の貴族令嬢ならば、ヴァンディリア王国第四王子妃の地位は魅力的であろうが、成り上がりの黒髪の聖女だ。初対面で突然の告白など警戒しても仕方ないというのに、その後も執拗に声を掛けていた殿下を普通の態度でのらりくらりと躱していた。

 殿下をぞんざいに扱う彼女を見て憤る同僚も居たが、私が『もし黒髪の聖女殿の立場となって、一国の王子とはいえど他国の者からいきなり告白されれば警戒くらい当然だろう』と諭すとそれ以上何も言わなくなった。

 

 結局、劇場へのお誘いも不発に終わったあげく、黒髪の聖女から下心があるのではないかと問われて目的を語ることになる……。


 不敬となってしまうが心の中だから言わせて欲しい。――本当に馬鹿な方だ。


 アクセル殿下から齎された言葉はヴァンディリア王国の者にとって……いや、事実を知る者たちにとって荒唐無稽な話だった。

 

 『僕の母へ貴方の魔力を注いで頂きたかった』


 そう、本当に何を考えているのだろうか。事実を知らない黒髪の聖女さまは殿下の言葉の本当の意味を理解していない。後に交わされた言葉で側妃さまの病状を聞いていたのだから。

 何かの切っ掛けで気付くかもしれないが、殿下や我々が国へ戻った時点でもう彼女には関係ないことだ。むしろ知らないままで良いとさえ願ってしまう。だって、そうだろう?


 ――側妃さまはもうこの世には居られないのだから。


 一介の騎士に過ぎない私が側妃さまが既にお亡くなりになっている事実を知っているのは、第四王子殿下の護衛を務めていたからに限る。ヴァンディリア王国特有の風土病を患い、まだお若いというのに儚い命を散らせてしまった。それが今年の夏の初め頃。


 側妃さまがお亡くなりになり、少しばかり問題が起こる。


 立て続けに王族が身罷られていたのだ。王族でありながら独身を貫き聖女として務め上げた、現陛下の年の離れた姉君も春先に亡くなられ、前陛下の王弟殿下が亡くなられたのが、五月の下旬。

 お二人ともまだまだ長生きするぞと意気込んでいた最中だったというのに、天からの迎えがやって来た。死因は年齢によるものだそうだ。そして病気を理由に側妃さまもお隠れになった。余りにも立て続けに起こった訃報に、王家は呪われているのではないかと噂が立てば困る。

 

 『緘口令を敷く。皆、済まないが暫くは黙っていてくれ』


 王家の皆さまや国の重鎮が集まる会議室の中で、きちんと弔うべきだが王家や生きている者を優先させると苦悶の表情で陛下は重く低い言葉を呟かれた。側妃さまには状態維持の魔術を施し霊廟に安置され、亡くなられたことは来年公表される手筈となっている。

 

 第四王子殿下には甘い所があった所為なのか、彼は母親である側妃さまに凄く懐いていており親離れが出来ぬのではと周囲の者が心配していた程だ。十五歳となっても側妃さまが大好きだという空気を醸し出していたから、妃殿下が亡くなったことは殿下にとって受け入れがたい事実だったようで、暫くは食事もまともに取らず疲弊していた。

 第四王子として本当に大丈夫なのかと噂が立ち始めた頃に気を持ち直し始め、アルバトロスへ参りたいと強く願い出るようになり、その願いが叶う頃には落ちていた体重も元に戻り健康そのもの……に見えた。


 ……だが、あれは。


 黒髪の聖女へ語ったあの言葉は、事実を知っている殿下の側近や護衛である我々は驚いた。もう既に居ない側妃さまに魔力を注いでどうするのかと。

 私は騎士なので魔術について詳しくないが、死者蘇生という禁術があるらしいと眉唾物の噂を聞いたことがある。魔術師を何人も要し、何日間も儀式魔術を執り行うのだとか。真意は定かではないが、もし殿下がその知識や情報を手に入れていれば。

 

 危うさを覚えた我々は帰国して直ぐ陛下へ報告したと同時に、アルバトロスからも殿下が急に国へ戻った理由の問い合わせが舞い込んでいた。

 その知らせを受けた陛下は、アクセル殿下に激怒した。お前が望んだからアルバトロスの王立学院へ留学させたというのにどういうことだと。アルバトロスからの問い合わせに遅れて追加で、黒髪の聖女に無理な絡み方をしたことをどうしてくれようかと書状が届いたそうだ。


 アルバトロスの黒髪の聖女へは無茶なことはしないと約束していたことを破った上に、お亡くなりになられている側妃さまへ魔力を注いで欲しいと願い出たこと。

 少し考えればアクセル殿下は危ない橋を渡ろうとしているのは明白だ。だから陛下は殿下に謹慎処分を下し、落ち着いた頃に信頼たる貴族に願い出て、婿入りさせると告げたのだ。そうして殿下の謹慎が始まって一週間。


 「はあ」


 「疲れたのか?」


 「いや、すまん。少し考え事をしていた」


 勤務中であるが溜め息が出るのは仕方ない。立ち番をしている同僚へ届いてしまったのか小声で私に気を使ってくれる。殿下は大人しく自室で日々を過ごしている。入室できるのは限られた者だけなので、私が彼の様子を知ることはないが耳に届いた噂によると、真面目に大人しく過ごしているそうだ。

 時間が経てば彼も側妃さまの死を受け入れられる日がくるだろう。今の殿下はその余裕がなかったというだけで。王族としては駄目かもしれないが、人として誰かの死を悲しむのは当然で、ましてや母親である。

 

 ――ガタン。


 あり得ない大きな音が響き後ろを振り返るが、私の目にはこの国の第四王子であるアクセル殿下の部屋の扉しか映らない。一緒に立ち番をしていた同僚の顔を見て一度頷き、五回扉を強く叩く。これは何かあった時の為、騎士が許可を得ず部屋に入りますという合図だった。


 「殿下っ! どういたしましたっ!?」


 かなり大きな音だった。物が倒れたのか、それとも殿下自身が倒れてしまったのか。緊急事態故に扉を勢いよく開け部屋の中へと踏み入れた私たちが見た光景。


 「なっ、居ないっ! 殿下が居られない!!」


 何処にも殿下は居なかった。窓が開いているがかなり高い位置にある部屋で、抜け出るには覚悟が必要だ。


 「問答しても仕方ない、報告と他の者を呼ぼうっ!」

 

 誰かと大声で叫ぶと騎士が駆けつけてくる。そうして報告に向かう者に城中を走り回る者。暫くして部屋から逃げたアクセル殿下を王城内で確保したと知らせが入った際、私の騎士人生に終止符を打つ決意を抱かせるには十分な出来事だった。

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