第326話:畑の妖精さん。

 子爵邸裏の家庭菜園畑からお芋さんを全て収穫しようと子供たちとみんなが集まっていたのだけれど……。お芋さんを全て収穫し終えた後に問題が起こった。何故か地面から光る何かが現れて暫くすると、人の形を成していた。


 『タネクレ!』


 『シゴトクレ!』


 そう繰り返す妖精さんを見ていると、ソフィーアさまとセレスティアさまが様子を見にこちらへと姿を見せ、お隣さんを呼べと乞われた。で、連絡を入れるなり直ぐに子爵邸へと顔を出してくれた。子供たちや庭師の小父さまにクレイグとサフィールはそれぞれの持ち場に戻っている。


 総登場した亜人連合国の皆さまが顔を揃えて、畑を見ている。代表さまは三人の見守り役らしい。何も口にすることはないまま、静かに佇んで……というよりは尺取虫相手にまだ格闘しているアクロアイトさまを愛おし気に見てる。

 可愛いですよねえアクロアイトさま。巨大ミミズに負け、尺取虫相手にも負けそうだけれど。まだ幼いし色んな事を経験して欲しいから、子爵邸の中は割と自由に過ごして貰ってる。


 「あら。畑の精霊じゃない」


 「魔素が濃いから現れたのかもね~」


 畑の上で何か植えろ、仕事くれと叫んでいる妖精さんを愉快そうに眺めているエルフのお姉さんズ。どうやらお芋さんに無意識で魔力を注いでいたことと、ジョセにも無意識で魔力を与えていたことが原因で魔素が濃くなって、それを取り込んで畑の妖精さんが姿を現したと教えてくれた。

 なんだか子爵邸が人外魔境と化している気がするけれど、外に迷惑を掛けなければ問題ないと割り切った方が気が楽だ。あれこれ悩んでも仕方ないし、漏れ出る魔力はシスター・リズに教えを乞うているのだからいずれどうにかなるだろう。


 『私たち妖精より格下の存在だから、放っておいても良いけれど……』


 この大合唱がずっと続くわねとお婆さま。

 

 「流石にこれがずっと続くのは……」


 ご近所迷惑とはならないが、屋敷で働くみなさまはびっくりするだろう。


 「なら妖精たちの訴えを聞くしかないわ」


 「うん。何かしら植えておくと勝手に育ててくれるから、楽だよ~」


 そんな事態になれば農家の皆さまのお仕事を奪ってしまうなと頭の片隅で考える。農業が全て機械化して人手を取らせないようになっている近未来みたい。ただやっているのは妖精さんなので、魔素濃度が維持できないと消えてしまうのだろうけど。


 『あ、なら適当な種を私が用意するわ。お芋以外に植えられる野菜ないんでしょ?』


 畑の精ということで花などの観賞用植物は彼らとの相性が悪いそうだ。お婆さまがぱっと消えて、暫く待っているとまた戻ってきた。小さな袋を持っているけれど、妖精さんサイズの小袋なのでかなり小さい。


 『エルフの街から種を拝借してきたわ!』


 小袋の口を開けて、私に手を広げるようにとお婆さまが告げた。言われるまま両手を差し出して手を広げると、袋の口から大量の種が私の手の上にこんもりと盛られた。


 「頂きすぎではないですか?」

 

 『いいの、いいの~。余っているものだし、私が勝手に拝借してきただけだから!』


 それは問題ではとお姉さんズへ顔を向けると、苦笑いを浮かべて何も言わない。妖精故の悪戯だから、エルフのお姉さんズ的に苦言をお婆さまへ伝えても仕方ないのだろう。後でお姉さんズに種を頂いたことにちゃんとお礼を述べなければ。おそらくエルフの街で大切にしていたものだろうし、対価が必要なら払わないと。

 

 「彼らに種を渡してあげて」


 「そのまま差し出せば良いよ~」


 言われるままに畑の隅でしゃがみ込み、いっぱいに種を抱えたままの両の手を地面すれすれに置くと、妖精さんたちが駆け寄って好きな種を選んで畑の真ん中へと走って行く。スコップで穴を掘り、抱えていた種を地面へ落としてまた土を掛けている。それを何度も繰り返して


 『ミズ!』


 『ミズクレ!』


 そう主張する妖精さんたちに、厩の近くにある井戸から水を桶に汲んだジークが戻ってきた。流石に深いので浅そうな園芸用の受け皿を見つけて、そっちに水を入れて地面へ置くと妖精さんたちが嬉しそうに水を汲んで畑に撒き始めた。


 「誰か居ると、そうやって要求してくるから放置が一番ね」


 「曲がりなりにも妖精だから、水やりも勝手にやってくれるよ~」


 本当に凄いな妖精さんと驚きつつ、子爵邸のみなさまにはどう説明したものか。私の祝福が掛かっていない人たちには見えないはずだから、畑の立ち入りは禁止にしてあまり近づかないようにと説明するしかないのか。

 子爵邸の魔素が濃い所為か、お婆さまのお仲間たちが屋敷の中を勝手にウロウロしている時が時折あるのだけれど、子爵邸で働いている人たちから『光る玉を見た』と報告される時がある。

 亜人連合国がお隣さんなので、妖精さんがこちらの屋敷にも遊びに来ていると伝えて納得して頂いたのが最近。不可思議現象が増えたと言われてしまう前にちゃんと伝えておかなければ、我が子爵邸は不思議の館と言われてしまいそう。


 変な噂が立って仕事を辞めたいと言い出す人や、子爵邸で雇用する際にこんな屋敷は嫌だと言われかねないので気を付けないと。 なんだかお貴族さまが噂に拘る気持ちが分かった気がする。噂の方向が超常現象っていう奇跡の代物だけれど。

 

 「え?」

 

 「嘘だろう……」


 「あら、凄いですわね」


 妖精さんたちが撒いた種が発芽している。私たちが植えたお芋さんでも二、三日発芽までには時間が掛かったのだけれど、これは一体。


 「そんなに驚かなくても~」

 

 「ええ。曲がりなりにも妖精なのだから魔法を使うことが出来るわ」


 周囲の魔素を利用してねと告げたお姉さんA。要するに育成促進系の魔法を使ったのだろう。しかしまあやりたい放題というかなんというか。任せておけば作物が育つ環境が出来上がってしまったことに、どうしたものかと頭を悩ませる。


 「この妖精さんたちをどこか別の場所へ移動させたりは出来ませんか?」


 エルフの街へ持ち帰って頂きたい……。


 『無理ね。それをやるとあの子たちは消えちゃうわ』


 なんだろう地縛霊とかそんな感じで土地に縛られて生まれた系なのだろうか。お婆さまが腕を組み私の真横で滞空したまま、土地や魔素に由縁して生まれたものだから違う場所だと魔素との相性や土地との相性が合わず、自然消滅するらしい。

 何とも儚い妖精さんであるが、そういうものなので納得して欲しいとのこと。害を齎すことはないので、そっとしておけば益にしかならないそうで、エルフの街でも畑の妖精さんを重宝しているそうだ。


 『タネクレ!』


 『シゴトクレ!』


 また同じ言葉を繰り返す妖精さんたちに、どこまで働く気なのかと苦笑い。お姉さんズ曰く、種じゃなくて苗でも大丈夫とのこと。こっそり畑の近くに置いておけば、一生懸命運んで植えて育ててくれる。何だか利用しているみたいで申し訳ないが、そういう性質なので変わることはないそうな。


 「彼らの望みを叶えてあげるのが一番ね」


 「うん。魔素さえあればずっと生きていられるから、時々魔力をこの辺りでばら撒いておくといいよ~」


 なんだかなあと目を細めつつ、小さな妖精さんが一生懸命働く姿には微笑ましいものがあるあ……畑の隅っこでアクロアイトさまが尺取虫に完敗してた。一匹だった尺取虫の数が増えて十匹くらい集まってしまい、どうにもならなかったらしい。本当に竜種なのだろうかと疑いたくなる一場面であった。

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